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2017年11月29日17:02

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3.街道

田舎道。一本の木の下でアンドレースとマリーが寄り添い眠っている。フランツはむしろのように二人にかぶさり夜風から護っている。海鳴り。

フランツ 見事な殺し…。正真正銘のまっとうな殺し…。長いことこんなのにはお目にかからなかったなあ…。

鼓手長、ふと目覚め、子守唄を歌う。フランツ、すっと消える。

鼓手長 荒くれたこころには 西風が吹くという
ものがたりの扉は  あおい鍵であく
山をはせたおとこは 旅人とらえあやめ
金と食いぶちおもう とぅとせにわたり
ふと 背すじを はやぶさ 切りとり 飛び過ぐ
(崖ぎわには おまえの 死に場所 ある)と
足ごしらえもどかし 山をすておとこは
真一文字 はやる息 ひた 西へゆく
あすに夢もたずば  石すら苔むさぬと
町場のざれ唄はいう 酒におぼれつつ
わらじ破りおとこは 潮のかおりかいで
ついに海をみおろす 崖のはたにでた
ふと みおろす 藍色 裂き飛ぶ はやぶさ
沖をすべる いかだは 夢か 笑いか
時すぎひとはかたる 荒くれたこころは
崖うえの木のまたに 西をみつめたと
マリー (起きていて)ずいぶん来たね…。
鼓手長 もう三つきだからな…。行こうか。
マリー もう少し、休ませておくれ。
鼓手長 きりがないじゃねえか。
マリー 歩いたってきりがないよ。
鼓手長 いや、生きている限り、歩くのさ。夜明けまでに次の関を抜けるんだ。
マリー おまいさん…。
鼓手長 どうしたえ。
マリー あたしら、どこで踏み間違ったんだろうねえ。
鼓手長 そりゃあお前が男ふたりに靡くからさ。
マリー そりゃそうさ。そりゃあそうなんだけど、そのことはこんなにいけないことかねえ。
鼓手長 いけなかねえよ。俺もヴォイツェクもお前に合わせてこの始末だあ。辛い境遇だが後悔しても仕方がねえ。お前はお前の思う通りに生きな。あいつはどうだ、いい男か。
マリー そう…。いい男よ…。一途で…。
鼓手長 俺は迷いがあるからな…。
マリー ううん、どんなに迷ってもあんたはあたしを選んでくれる…。あんたとしか生きてはいけないね…。
鼓手長 悪い女だなお前は…。
マリー そう…? 恋ってやつはあたしがするんじゃないんだよ。あたしの向こうの誰かがするんだ。あたしはその体なんだ…。分かる?
鼓手長 いや、男にゃそれは分からねえがそれでいい。さて、行こうぜ。
マリー あたしはもうここでいいよ。どこまで逃げても同じさ。
鼓手長 ブレーメンから密航してドイツを出ようって話したろう。港が凍っちまう前に。
マリー アフリカか…、途方もない気がするよ…。
鼓手長 途方もなくてもよ、じゃあどうするのかを考えるのが男の仕事だ。灼ける沙漠で暮らすのもまた人生さ…。
マリー 頼りになるわ…。――ああ、なんて紅い月…。まるで血のついたナイフだわ…。あんた、何考えてるの?
鼓手長 ――ゆうべ、旅籠の軒の下に影がいてさ。…遠目に、そいつがフランツの野郎そっくりだった…。
マリー (青くなり)なに、それ…。
鼓手長 なあ、やつは死んではいねえんだぜ。
マリー 死んでるよ。胸を突き通したじゃないかえ。
鼓手長 ああ、たしかにとどめを刺したと思った。思ったんだがそのあと息を吹き返したんだそうだ。思うに、奴は死なねえんだ。鏡沼でもたしかに息の根止めたのを、俺を追い越してライプツィヒにまで戻ってやがった。執念さ。
マリー 誰がそんなことを言うんだい。
鼓手長 こないだ寺に隠れてた晩さ、お前の寝てる間に町場へ様子を聞きに行ったんだ。評判になってたよ、死に損ないの噂で持ちきりだあ。奴は追ってくるぜ。だからドイツにいちゃあいつか追いつかれる。海の向こうに逃げるんだ。もう追いついてるかも知れねえ。ゆうべの影が奴でねえとは思えねえんだ。
マリー 生きている…、フランツがまだ生きている…、そんなことがあるかしら。
鼓手長 だから逃げるんだ、マリー!
マリー でももう歩けないよ…。
鼓手長 じゃあどうする。
マリー フランツが生きていればあたしらはお咎めを受けなくていい勘定じゃないか。よし受けてもずっとお仕置きは軽いはずだろう。
鼓手長 だが奴はそう思わねえだろう。追ってくるのは仕返しのためだ。俺はあいつが生きてるだけで恐ろしい。
マリー また殺してやればいいじゃないか。何度でも殺してやればいいんだよ。
鼓手長 (まじまじと見て)お前は変わったな…。
マリー あんた。フランツはあんたに仕返ししようと追ってくるのかしら。
鼓手長 え…。
マリー あたしが欲しいだけなんじゃないのかえ。
鼓手長 何を言う。
マリー よし追いつかれても、なんだかきっとうまくいく気がするよ…。
鼓手長 恐ろしい女だなお前は。あの時フランツを殺させたのはお前じゃねえか、手まで貸してさ。仕返しされねえで済むものかよ。
マリー あんたがあいつを殺そうとしたのはあれが最初じゃないだろう? 沼のことにゃあたしは関わってないよ。
鼓手長 その場にゃいなかったがお前という女を取り合ってのやり合いだったんだぜ。
マリー なんでもあたしのせいにするんだ…。
鼓手長 俺はなマリー、もしフランツが俺を殺ったら、俺の後釜にあいつがすっぽり収まるだろうって、それがたまらねえのだ。どうやらお前はそういう女だ。そんなくらいなら今お前とわかれて別の道を行く方がよっぽどいい…。
マリー おまいさん。一度あたしをぎゅッと抱いておくれな。ぎゅッと…。
鼓手長 …。
マリー そうして力をおくれ、元気をおくれな…。でないといつまでも立てないよ(口づける)。
鼓手長 (だがすぐ離れ)や! 今のはお前の口か?
マリー なんだえ?
鼓手長 俺とお前の間に、今もうひとりいやしなかったか。
マリー 気味の悪いことをお言いでないよ。こんなにきつく抱いてるじゃないか。抱いてくれないの。…じゃ、いいよ。あたしはここにいる。役人もフランツも怖かあないんだ。
鼓手長 居直りやがって伝法な。あの気の小せえ女がどう折れ曲がってこうなったかねえ。俺は分かった。お前の言う通りだ。フランツが追ってるのはお前だけだ。俺はひとりで行く。
マリー え? ちょっとお待ちよ。堪忍しておくれよそいつだけは。
鼓手長 おまえはライプツィヒに戻れ。大丈夫チェッコ野郎のヴォイチェック殿がプラーグ訛りで可愛がってくれらあ。
マリー 薄情を言わないで、連れて行っておくれよ。あたしにはあんたしかいないんだから。
鼓手長 今は、だろ。いずれいい道連れができるまでだろう。
マリー 拗ねたこと言わないでさ。
鼓手長 愛想が尽きた。
マリー ちょっと、待ってお願いだから。もう少しゆっくり歩いてくれたら着いていけるんだから。
鼓手長 急ぐんだ。俺は急ぐんだ…。
マリー あんたったら、お待ちよ!(追う)

空白…。暗い月光の中、むしろを被った人影がふたりを静かに追う…。

影 むごしとわれはいきどおれど…。


暗転


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