マイミクsilver catさんが、いち早くつぶやきで取り上げておられましたが、このところ、随分これが流行っているようですね。
https://www.youtube.com/watch?v=0E00Zuayv9Q
私にとって、ネタ?自体は、へ〜こんなものが流行るのか、という程度のものなのですが、ネタ?をやってる人の名前=ピコ太郎が出てくると、無駄に反応してしまいます。というのは、亡父の名前が彦太郎だったからで、既にこの世を去っているとはいえ、「ピ」の゜が見にくかったり、聞き取りにくかったりすると、思わず「え、父のこと?」と無駄に振り返ったり、身を乗り出したりしてしまうのです。
もっとも、まったく無駄というわけでもありませんでした。
偶々父とともに観たTBSの昔のTV番組『8時だよ!全員集合』のドリフターズのネタを思い出し、なんとその時の映像がYou Tubeにアップされていることまで発見できたからです。
https://www.youtube.com/watch?v=Y2J2XyyDTgg
まぁ、今から見れば、会場がドッとわくほど面白いネタとも思えないかもしれませんが、実際、父にはウケました。普段は、ドリフのネタはくだらないとバカにしていた父だったのですが、この時は声をあげて爆笑してました。
丁度、時期的にアメリカから帰国したばかりの頃で、父にとってはまだ英語に対する親近感が最高にあった時であったためか、珍しくこの時は番組の画面に見入っていたことが幸いしたのかもしれません。あるいは、そもそも荒井注のこのネタを知らなかったから、余計に可笑しかったのかもしれません。
ところで、この荒井注が逝ったとき(2000年 2月9日)、弔辞を読んだのは、同じドリフターズのいかりや長介でしたが、なかなか感動的な弔辞なので、引用しておきます。
出発間際の忙しい時に、とあんたは大変怒るかもしれないけど、ちょっとお話しましょうや。
去年の暮れに会った時(フジカラーのCM→
https://www.youtube.com/watch?v=f5QDTNodEp4)、あれは良い仕事だったよね。あんたも現場に入った時より、帰る時の方が元気だったもん。みんなも喜んでた。本当に良い仕事だった。
あれ、覚えてるかな? あのときあんたがさ、「今度は医者の言うことをよく聞いて、早く飲んでも良いってお墨付きをもらってくるから、一緒に飲もう」って約束したこと。
結果的にあれが最期の言葉になっちゃったよね。
今日ねえ、みんな来たかったろうけど、そうもいかなくて。浮世のしがらみって奴で、高木と志村は仕事でね。加藤はさあ、これが笑っちゃうんだけど、渋滞にはまっちゃって。あいつらしいな。あんたが行っちまうのを遅らせようとしてねえ。いまハラハラ、ドキドキして向かっているとこだと思うよ。
あんたもあれでねえ、よっぽど偉い人というか、変な人というか…。カラッケツでドリフを始めて、飛行機で言えば離陸する大変な時に乗っていてくれて、それから何とか先が見えてきて、さあ、これから楽になるぞ、お金も儲かるぞという時にあんた、辞めちゃった。あの時はあんたの人生哲学が理解できなかった。
でも「極力みんなに迷惑かけないように、半年、お礼奉公する」って言って、辞めると言ってからも半年は続けてくれた。あの半年のあんたは凄かった。あれは凄かった。鬼気迫るというのかな、本当に面白かった。
あんまり面白かったから、気が変わって「残る」と言うかなとも思ったけれど、あんたとうとう言わなかったね。スパッと辞めちゃった。もうあんたは行くんだよな、止めても無駄だというのは分かってはいるけど、こっちはあの時と同じ立場にいるような気がするよ。
行くな、とは言わないぜ。
でも途中、気を付けてな。
飲もうぜ、絶対に飲むんだよ。
飲まなきゃ駄目だ。
飲むんだよ。
おい、飲むんだぞ!
長話すると嫌われるから、この辺でな。
飲む場所はあんたが決めといてくれ。
じゃあ、いずれ。
この弔辞を遺したいかりや長介も、すでに鬼籍に入ってしまいましたが、この人が旅立った日(2004年3月20日)は、奇しくも、父が旅立った日と同じ日でした。
不思議な縁を感じます。
ログインしてコメントを確認・投稿する