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2016年11月26日05:22

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『海皇様の海龍愛玩大作戦』第5話

『海皇様の海龍愛玩大作戦』第5話

『おい、アケローオス!』
 河底の館で、木の板に溝を引いて丸い石を並べた古代ギリシャ式のそろばんを弾いて天界にある己の荘園の収支計算をしていたアケローオス河神の頭に、ポセイドンからの浮つくような小宇宙が響いた。
「おや、海皇陛下。ご機嫌そうですね」
『うむ。シードラゴンを子供にして一日ともに過ごしてみたのだが、実に楽しかった!』
「それはよろしゅうございました」
 そろばんの石を動かしながら、誠意のかけらもない口調で河神が答える。
『はぁぁ、それにしても幼児の姿のシードラゴンの何という愛らしさよ…。おぬしがあやつを溺愛する理由が分かる気がするぞ。人間どもの言う「天使のような」無垢な容姿に小悪魔の魅力が同居しておる』
「そうなんですよ。可愛かったんですよ、子供のころは」
 あえて過去形で河神は答えた。カノンが聞けば
「何で過去形なんだよ!?今だって可愛いだろ!」
 とアケローオスに反論するに違いない。
 もっともカノンに
「今のおれだって充分に可愛いよな!?」
 と迫られても、アケローオスは「…うん、まあ、その、なんだ…」と目を泳がせるのが関の山だろうが。
「それで海皇陛下、カノンに懐かれる計画はどうなりましたか?」
『うむ、もうひと押しというところであるな』
「そうですか」
 前向きで楽観的なポセイドンの答えに対し、アケローオスは内心では
『…カノンはポセイドンのことがますます嫌いになったろうなぁ』
 と理解していた。だからと言ってそのことを海皇に指摘してやる義理も彼にはなかったが。かなり露骨にポセイドンをうざがっているカノンの態度を「もうひと押し」と感じるあたり、ポセイドンもたいがいにポジティブシンキングな男である。
『私はもっとシードラゴンとともに過ごして距離を縮めねばならぬな』
「頑張ってくださいませ」
 相変わらず誠意のこもらぬ口調で答えると、切りの良いところで計算を一時中止してそろばんの石を弾く手を止めたアケローオスがポセイドンに尋ねた。
「ところで海皇陛下…」
 改めてアケローオスが問う。
「あなたは、最終的にカノンがどうされればご満足なので?」
 河神の問いに海皇が答えた。
『うむ。あやつが自分から服を脱いで寝台に入って来て、「海皇様、今まで意地を張っておりましたが、本当はずっとお慕いしておりました。今夜は私めを可愛がってくださいませ。海皇様が愛おしくて体が疼いてたまりませぬ〜」と言ってくれるのが理想だな』
「……」
 それもうカノンじゃないよな、とアケローオスは思った。そんな形でポセイドンに媚びを売るようなカノンではない。そんな真似をすればカノンの「カノンらしさ」は失われるであろう。ポセイドンの目にはカノンは一体どのように映っているのであろう。そして彼は一体カノンを何だと思っているのであろう。少なくとも配下とか部下とか臣下であって、愛人扱いではなかったはずだが。
『はああ〜、次はシードラゴンをどのように可愛がってやればよいのか…』
 ポセイドンはため息混じりに悩んでいる。
 何しろアテナの壺に封じられて「地上を粛清してやるのだーっ!」などと派手なことが出来ない代わりに、余計なことを思い巡らせる時間だけは吐いて捨てるほどあるのが今のポセイドンだ。カノンをいじるのは、海皇にとっては最適の退屈しのぎであるらしかった。神話の時代から心服しないことに定評のある海龍をどうすれば懐かせることが出来るのか、手ごたえがあって駆け引きの相手にするのが楽しいのだろう。神話の時代に無理やりに相手を手籠めにするとかはやり尽して飽きており、その結果、一周回って高度な変態紳士になっているのが今のポセイドンだ。標的にされたカノンには迷惑極まりない話であろうが。
 まあいいか、と、アケローオスは思った。聖戦を再開しようなどとポセイドンに企まれるよりは、カノンを構って暇つぶしをしてもらっているほうが、地上の平穏のためである。カノンの心の安寧を生贄にして平和を担保できるなら安いものだ、と、河神は結論付けたのだった。
 所詮は他人事である。

 カノンの受難はまだまだ続きそうである。
 
<FIN>

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