最終話です。
『オレステイア』第5話
「シードラゴン!」
「シードラゴン!」
「ポセイドニア!」
元首公邸前の広場に集まった民衆が手を伸ばし、大合唱する。窓辺に姿を見せたカノンが人々に手を振ると、市民たちは彼の無事な姿を見て歓呼の声を上げた。カノンは何度も繰り返して民衆に呼ばれ、姿を見せては手を振るということを繰り返した。
ポセイドニアの市民たちにとって、カノンはやはり頼りにすべき指導者だったのだ。海皇不在の間に混乱していた海界に、新たに一定の秩序と平和を与えた。ポセイドニアを脅かしていた周辺諸国を平らげて統一し、ポセイドニアを海界随一の強国にした。社会を安定させ、経済を発展させ、人々の生活を豊かにした。市民たちにとってカノンは「第二の建国の父」だった。
無論、どんな統治者であれ、統治される者を百パーセント満足させることはできない。長い統治に少しばかり飽き飽きし、やり方が強引だ、独裁的だと批判する者もいる。だがそれでも民衆は、カノンを失うことで無政府状態と混乱に陥ることを恐れた。共和制の原理原則にこだわり、人々が無責任に気楽に口にする不平不満を真に受けてカノンの暗殺を企む過激派など、彼らが支持すべき理由は何もなかったのだ。
五度、民衆に応えたカノンが私室に引き上げると、犯人たちを捕まえて戻ってきていたラダマンティスが待っていた。
「犯人逮捕に協力してくれたそうだな。アルトゥールから聞いた。礼を言う」
「いや…」
短く答え、ラダマンティスはカノンを引き寄せて抱きしめた。
「ラダマンティス?」
「生きているのだな、カノン。間違いなく…」
「ああ」
そうしてラダマンティスは確かな呼吸を繰り返すカノンの口に、そっと口づけた。彼の息吹を、間違いなく生きている証を、感じ取るために。
「聞いたぞ。復讐の三女神を呼び出したそうだな。凄いな、お前」
からかうようにカノンがラダマンティスに笑いかける。
「もしお前が死んでいたら…」
と、ラダマンティスは言う。
「冥界に戻って、お前の魂を追い返してやるつもりでいた」
そしてラダマンティスは宣告した。
「おれ以外の者に殺されるなど、決して許さない、カノン」
「…ああ」
そうして今度はカノンからラダマンティスを抱きしめ返し、彼に口づけを贈った。
元首公邸前の広場に集まった民衆の熱狂はまだ冷めそうにない。公邸の奥まった場所にあるカノンの私室にも、未だ人々がカノンを呼んで唱和する声が届いてくる。
「もう一度、姿を出すか、カノン」
「いや…」
カノンがラダマンティスにそっとささやいた。
「来てくれ、ラダマンティス。お前が欲しい」
その言葉に、ラダマンティスの鼓動が高まった。だが理性がかろうじて彼を引きとめる。
「傷にさわる」
「構わない。おれが確かに生きているのだと、お前の体で実感させてくれ」
その誘いを、ラダマンティスはもう拒まなかった。
楽しさは、夏にのどの乾く人に雪の飲物。
楽しさは、冬の嵐を抜け出た船乗りに、春の微風がそよぐ有り様。
楽しさは、一つの衣が愛する人らを包むとき。
そして二人が、愛の女神を称えあうとき。
<FIN>
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