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2015年08月24日00:44

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『仙境の桃』第4話

最終話です。

『仙境の桃』第4話

 風呂から上がったカノンの体をふいてやり、再びカノンの体に衣服代わりのバスタオルを巻き付けていると、ミーノスがやって来た。
「パシパエと連絡を取りましたよ。あの桃花菓子、六時間もすれば効果はなくなるそうです。明日の朝までにはカノンは元に戻るでしょう」
「そうか。…で、こんな時間にそれを言いにわざわざ来たのか?」
「いえ」
 と言ったミーノスの手には、カメラがあった。
「…何だそれは、ミーノス?」
「ラダマンティス、カノンの子供のころの写真は一枚もないのでしょう?欲しいと思いませんか?執務机の上に飾りたくありませんか?撮るなら今のうちですよ」
「……」
 ラダマンティスは答えなかったが、カノンにカメラを向けるミーノスを制止もしなかった。
「カノン、こっちを向いてください」
「……?なにそれ」
「これはカメラと言って、あなたの姿を映すことが出来る機械です」
「ふ〜ん…」
 そうして何枚か写真を取り、ミーノスは再び帰っていった。「写真が出来たらあなたに贈りますよ」とラダマンティスに言い残して。
「…なんか変な人だねぇ」
 それがミーノスが去った後のカノンの感想だった。
「そうだな」
 と、ラダマンティスもそう答えるしかなかった。
 ふあああ〜とカノンがあくびをする。
「眠いのか?」
「…うん」
「子供はそろそろ寝る時間だな」
 ラダマンティスがカノンを寝室に連れていくと、カノンは天蓋付きの広い寝台に大はしゃぎした。
「大きい!広い!ここで寝るの!?」
 と、寝台の上にダイブして転げまわっている。
「ほら、カノン、寝るぞ」
「うん」
 布団の中に潜り込んだカノンは、隣に横になったラダマンティスにささやいた。
「ねぇ、おじさん」
「何だ?」
「おれ、おじさんとずっと一緒でもいいよ」
「…サガに会えなくてもいいのか?」
「いいよ!サガはキルケと仲良くすればいいんだ!おれはおじさんとずっと一緒にいる!」
「お前とずっと一緒か…。それもいいな」
 カノンと二人きりで暮らすこと。それは見果てぬラダマンティスの夢でもあった。
 だがな、と、ラダマンティスは続けた。
「カノン、お前がサガやキルケと仲良くしたいなら、お前がまず二人に優しくしてやらなければいけない。意地悪や悪戯をしてはいけない。そうすればサガやキルケも、お前に優しくしてくれる」
「仲良くなんかしなくていいもん!」
「サガに会いたいと泣いていたのにか?」
「……」
 むっつりと恥ずかしそうにカノンは黙り込んだ。
「心をごまかしたり偽ったりしてはだめだ。お前はもっと素直にならないとな」
 そう言ってラダマンティスはカノンの頬を撫でた。
「…おじさん」
「何だ?」
「おれ、またサガに会えるよね?」
 カノンは不安そうに尋ねた。
「キルケ…おれのことが嫌いになって捨てたんじゃないよね?またアイアイエに戻れるよね?」
 結局はそれがカノンの本心なのだと、ラダマンティスは微笑んだ。養母と兄が恋しくて仕方ないのだ。
「大丈夫だ。明日には戻れる」
「…うん」
「二人に会ったら、ちゃんと、寂しかった、会いたかった、愛してる、と言うんだぞ」
「言わないよ、そんなこと!」
 どこまでも意地を張るカノンに、ラダマンティスは笑いをもらした。
 やがて寝息をたてはじめたカノンの幼い横顔を見て、ラダマンティスは呟いた。
「大丈夫だ、カノン。お前はサガと仲良くなれる…」
「…サガァ〜…」
 夢の中でも兄の名を呼んでいるカノンに微笑し、ラダマンティスも眠りの国に旅だった。

 翌朝。
 カノンが目を覚ますと、広々としたカイーナの寝台に裸で横たわっていた。傍らにはラダマンティスが寝ている。
「え〜と…」
 カノンは記憶をたどった。
 昨夜はラダマンティスに会いに来て、一緒に酒を飲んで…その後の記憶がない。
『裸ってことは、昨日、したのか?でも全然覚えてない…。酒の飲み過ぎで記憶が飛んだか?何も覚えてないって、何かすごい損をしたような気分だぞ…』
 その時、ラダマンティスが身じろぎして目を開けた。
「う…ん…。おお、カノン、元に戻ったのか」
 寝る前は子供だったカノンが、成人男性の姿に戻っていた。
「元って…、何が?」
「覚えてないのか?」
「……?」
 首をかしげるカノンに、ラダマンティスはひっそりと笑った。
「…いや、いい。お前が無事ならそれでいいのだ、カノン」
 そうしてラダマンティスはカノンをじっと見つめた。
「何だ?」
「いや。お前はどんな姿でも可愛いな、カノン」
 率直なラダマンティスの告白に、カノンの頬にさあっと赤みが差した。
「バ、バカ!何を言ってる!」
 気恥ずかしさをごまかすためカノンはラダマンティスの頭をはたいた。やはりカノンは意地っ張りだ、とラダマンティスは思うのだった。

 それからしばらくの間、カイーナの執務室ではミーノスからもらった子供のカノンの写真を眺めて一人ほくそ笑むラダマンティスの姿があったという。

<FIN>

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