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2019年10月20日06:27

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Je suis Africain

ラシッド・タハの「Je suis Africain」を聴いた。
これは彼にとって通算10枚目のスタジオ録音作であり、残念ながら遺作となってしまったアルバムである。

ラシッド・タハはアルジェリア戦争(1954-1962)の真っ只中にアルジェリアで生まれた。
アルジェリア戦争とは、当時フランスの支配下にあったアルジェリアの独立戦争であり、アルジェリア内部のヨーロッパ系入植者(コロンと呼ばれている)とアラブ系先住民との民族紛争でもあった(以上、ウィキからの受け売り)。
ラシッド・タハが生まれたのが1958年、そして10歳の時にフランスに移住しており、「フランスの歌手」と見做されているようである。

1982年にアラブ・ロック・バンド「カルト・ド・セジュール」に参加、ニュー・ウェイヴやパンク・レゲエといった音楽をアラビア語で歌っていた。
1989年にバンドは解散し、1990年からソロで活動。
ソロではライの帝王といわれたハレドや、ライの小さな王子様と呼ばれたフォーデルと1万6千人を集めたライ・コンサートを行ったり、ナイジェリアの黒い大統領と言われたフェラ・クティと共演したりしている。
また、クラッシュの「ロック・ザ・カスバ」をカヴァーしたり、そのクラッシュのミック・ジョーンズやブライアン・イーノとの共演もある。
2018年9月12日、残念ながら睡眠中に心臓発作で死亡、享年59歳だった。

この「Je suis Africain」は彼が亡くなる前に録音が終わっていた作品とのこと。
音を聴くと、ロックは勿論、イスラム神秘主義とイスラム以前のアフリカ伝統音楽を掛け合わせたグナワ、フランスのシャンソンや同国に起源を持つといわれているジプシー・スウィング(ジプシー・ジャズ)、スペインのフラメンコやロマ、バルカン半島あたりのブラス、レゲエ、ラップ、エレクトロ、と様々な音楽要素がミックスされており、聴けば聴くほど、「あれ、これは」と新しい発見がある。

「Je suis Africain」は「私はアフリカン」という意味で、表題曲の中ではネルソン・マンデーラ、マルコムX、ジミ・ヘンドリックス、ボブ・マーリー等の名前を連呼、最後に自分の名前「ラシッド・タハ」を名乗ると「彼らはアフリカンだ!」と高らかに宣言している。
また、CDの内ジャケットにはこれらのアーティト以外にもマイルス・デイヴィスやボ・デイドリー、そしてジョン・レノンまでが描かれている。

今のところ、日本盤のリリースはなし。
多分リリースはされないと思う。
それにしても、彼の遺作である本作のラストの曲が「Happy End」というタイトルなのも、なにか因縁めいているというか、示唆的なイメージがある。
彼にとって自分の人生が本当に「Happy End」だったのかどうか、彼本人の口からはもう語られることはない。

R.I.P.

Je suis Africain/Rachid Taha

Like A Dervish/Rachid Taha

Happy End//Rachid Taha

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