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2019年10月28日20:07

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音信不通の姫 1場

音信不通の姫

これは連作戯曲「風土と存在」第三〇番目の試みである





時 2012年ごろ
場 南緯11度4分東経180度95分トケラウ諸島オロヘーガ島
人 タンギモージア
  さかいはるか
  酒井春夏





祝詞(ほぎうた) 月舟

蟹の唄う汐ひけば 月の目が浮かぶ
何ごとも起こらぬ 静かにお眠りよ

東シナのまどろみは やがて割れ揺れて
つらい別れふえる どうして堪えられよう

 穴あきシャツ まとう子ら
 リアカーには 鍋釜と
 さいころふたつ 漫画本
 トンビの口笛と 抜けた歯と

楠の穂花かおりたち 午後の蔭おちた
うたと劇のうたげ 宵までつづきたまえ


1.アロファ・モ・タガタ

はるか (あざやかな花柄のロングスカートとアロハ風のビキニにサンダル、DJ用の大きなヘッドホン)

はい、はるか、始めます。こちらN8S(エヌ・エイト・エス)、オロヘーガ・サテライトです。来ちゃったー。遠かった。トケラウだとばっかり思ってたら、パゴパゴ回りで来るんだねここ。まさかホノルル通ってくるとは思わなかったー。え、似合う、ハワイにいそう、うちが、そうかな? 貨物船を沖に碇(と)めて、艀(はしけ)で環礁(ラグーン)に乗り入れるのね。いやあ、港なんかないから、ざぶざぶ歩いて上陸と思ったら、黒人の船員さんにお姫さま抱っこされたー。え、羨ましくない、微妙、あっそ。村は意外と新しかった。フィジー海台のプレートの角のとこからすぐ北なんで、三年前の津波でいったん流されたばっかで、みんな建てなおしたって。この局も、椰子材の、高床の、涼しいテラスですー。島は真っ平らで丘ひとつないの、ドーナツみたいで真ん中は塩湖で。一番高いのが椰子の木、津波は2メートル、波が引くまで木の上で過ごしたって。そのための専用の木がいつも用意されてるから、こないだの地震でもタンディンの集落ではひとりも亡くならなかった。すごいねー。でも、施設はみんな作りなおしだし、なにしろ情報が遅いのが危ないっていうんでこの局をオープンすることにしたの。ジェニングさんがスポンサーで、アメリカとニュージーランドとあと有志を集めて。みんな若いよ。うちもたまたま院で募集してて、ラッキーだった! でもここ、産業なんてコプラだけだし、もともと人口なんてないようなもんだし、正直、番組作るほどのネタがないのね。それで、例の私設天文台計画――トゥインズ計画――この経過報告をメインコンテンツにしようってわけ。

うち、福井の生まれじゃん? 大きくなってからも群馬の吉井っていうさっむいところで育ったからさ、熱帯病があるんよね。熱帯病分かる? 雪国とか北国とかの人って熱帯免疫ないもんだから、南太平洋、とかポリネシア、とか単語聞くだけでフラフラとあーいいところなんだろうなーって引きずられんの。いや本当だって。抵抗できないんだって病気だから。いや、マジあるって。前に「悪魔の歌」読んだん、サルマン・ラシュディの。主人公のインド人がロンドンを逃げだすときにこう言うの――「ヘイ、ロンドン! アイ・トロピカライズ・ユー!」――ずきゅーん、フラフラッ、あたしを撃って。え、分かんない。分かんないかー、あっそ。でもそういう感じ。もとは環境学部だったのね。1年の時に中央アジアの沙漠化のことやりかけたんだけど、行った人の話とか聞くと、なんせ寒そうでさー、二十何年生きてきて、まーた専門で雪もちぎれ飛ぶようなところのことやれないよって思ってさー。だって一生ですよ一生。もっと…なんていうか、トロピカルなところをフィールドになんかやれないかなーって思って。

あと、うち基本バカなんで、国際政治とか絡んでくるとものっそいめんどくなんのね。環境って哲学だと思んだけど、政治も哲学でしょー、でも政治の哲学って勝つための哲学で、厳密には倫理学だと思うのね。環境学っていうのは――大きくいえば功利的っちゃ功利的だけど――基本的には自分の小ささをなるべく正確に自然の中に置いてみようってところから始まるわけ。勝つためにやってないんだよね。中央アジアはさー、もとソ連じゃん、あんまり政治の手あかにまみれてるっていうか、川が涸れて湖が涸れるのも雨が降らないからとかじゃなくて農業用水で使い果たすからなのね。沙漠でなんでそんな農業してるかっていうと単純に移民なのね。それって人為的にもほどがあるっていうか、環境学の出番じゃないなって。そこへいくとここはさー、人の価値、低いよー。なにせ人口37人! 37万人じゃないよ。笑っちゃうよ。バチカン市国の20分の1! 国連に入ってないから国として認知されてないけど、だからってどこの国にも属してないジェニングさんの個人国家! そんなんアリですか、アロファ(ようこそ)・モッタガタ(みなさん)・オロヘーガ! タンディンのサモア人たちはまぁ昔の農場奴隷みたいです。白人農園主はムチ持ってたりします。輸出品は椰子の実だけです。オアフのマーガリン工場に売るんだって。ここはどこ、ブラジルの奥地ですか。でも政治性だけはない。てんでない。みんなラグーンの岸から葦みたいの刈ってきて笛つくって、手投げでツナ釣ってタロイモ焼いて、堅(か)ったい玉ねぎツマに食べちゃー歌って昼寝して。そんなです。なんせコプラ船は2ヶ月に1便しかないからほとんど遊んで暮らしてるのね。やばいこれ。ハマったら帰れないよ。若い男いなくてよかったー!

津波の話もあれだけど、ここ、海面上昇が進んだら水没するっていわれてるのね。ツバルやクックには援助が行くけど、ここは国連未承認だからねー、放っておいたら沈むだけ。ジェニングさんにも聞いたらその時はツツイラに移住するさって言うんだけど、やっぱもう5代も住んでると――うん、初代ジェニングさんは、えーと、1856年に入植してるからもう150年以上この島から出てないの!――見てて淋しいんだよねえ、その諦めが。だから天文台計画も、産業のないこの国にベンチャー的に付加価値をつけようっていうことなんだと思う。どう、ちょっと環境学っぽいでしょ、違うかな…まぁ温暖化と海面上昇って起きるかどうかも分かんないって言っちゃったら身も蓋もないんだけど、澄んだ空気と何にも縛られない元気と、それから果てしもないこの広さと、活き活きした森とラグーン…。こういう、あるものだけで何かすっごい説得力のあることをしようってこと。これが環境学の基本だと思うんだよね。

天文台計画はNASAの方と着かず離れずで進んでます。電子望遠鏡チームの進捗にかんしてはうちらの出る幕じゃない。うちらアマチュアだからとにかく「目で見たい」わけですわ。だからアホみたいなんだけど今どきパラボラすらありません。いやマジですって。人工衛星「つくよみ」から9分に一度、光学的に送られてくる映像を光学的に受像して拡大する。それだけの手作り感、アナログ感満載の素人テクでお送りしたいと思います。台風さえなければここは南太平洋でもっとも観測条件のいいところだと言われてます。ベテルギウスの表面の凸凹まで解像できます。南十字星にもポーラースターがあるのを見つけたのはじつにここ、オロヘーガ天文台ですよ。椰子の木で建てた天文台で! ヂーゼルと風力発電、ビーサンにアロハでこれだけのことがやれるんだってこと、みんなに知ってほしいなあ。それも観光旅行程度の経費でね。ハロー、みなさん、こちらN8S(エヌ・エイト・エス)、オロヘーガ・サテライトです!

ここでいちおう太陽系外惑星グリーゼ581gについて説明します。600光年離れたベテルギウスを点でなく立体面として光学的に観測できたうちらの技術を応用して、わずか20光年先にあるてんびん座の恒星グリーゼ581の地球型第7惑星の海を望遠鏡で覗き、大型生物の有無と生態を観察しようというのが「兄弟惑星トゥインズ計画」です。――正直、人類の繁栄も頭打ちになってきてるし、宇宙への進出にも1960―70年代のような潤沢な予算は米中ロ欧どこからも出せません、そういう時代になっちゃいました。火星や金星まで行ったとして、そこからの着陸船の再離陸はいつかは人類にはできるんでしょうか? それができないようなら、隣り以上遠方の恒星系への進出などとうてい絵空事です。1977年に打ち上げられたボイジャーが何年か前に太陽系の外に出ましたけど、地球から海王星まで35年とかかかってるのに、光の速さにしたらじつにわずか13光時。30年以上かけて飛ばした距離を光はたったの13時間で来ちゃう。こんなんじゃあ人類が隣の恒星系に行くなんてことは現実的には無理ですねー。でも…望遠鏡で見るだけなら――。アポロ11号の着陸船跡がこの地上から目視確認できたのはわずか数年前のことです。そののち、いまや人工衛星から地上の新聞が読めるまでに光学技術は上がってきてます。宇宙船を飛ばす力量はなくとも、勝手に地球に届いているデータを拾い集めて解析することくらいならできるだろう、少なくとも宇宙船を飛ばすことに較べたら数万分の1の予算と技術力でできるだろうというのがこの計画の動機と概要です。お隣の星にどんな生き物が泳いでいるか――。これを知ることの切なさと希望。みんな、これ、分かるよねー?

特徴的なのは、この計画に出資しているのがごくわずかの企業と教団だけで、NASAを初めとする各国宇宙開発機構からは事実上ガン無視されてるということです。表面上は、どうせアマチュアのやることだから大した成果はあがるまいと高をくくられてるように見えますけど――、果たしてそうでしょうか。サウスカロライナの二人の中学生が無許可で揚げたゾンデが、アマチュアとして歴史上初めて成層圏に達したのはついこの1月のことです。彼らはアイフォンを改造した発信器を太陽光発電塗料を塗った風船に搭載して米大陸上空のジェット気流に乗せ、ラジコンの受信機を改造したありもののAV機器で、いつどの空をたゆたっているか本人たち以外誰にも分からない、米中ロのいかなる通信網にも傍受されないスパイ衛星を存在させたことになりました。エシュロンですら把握できないこのメディアを開発するのにかれらがかけた経費は、彼ら自身もペンタゴンも秘密にしてますけど子どものお小遣い程度で賄える額、おそらく5万円前後でそれだけの成果を上げてるわけ。電波法、国家機密保持法、その他いかなる法規にも抵触しない、つまり工作マニアの電子ブロック遊びでできる範囲で人工衛星すら稼働させられるところまでアマチュアの技術はもう進んでんのよ。米検察庁がこの子たちを告発しようとした法的根拠が「通信機器の違法改造」でしかなかったのが、笑えるというかなんというか。結局この子らの受信機は押収されましたけど、以後半年を待たずにすでにネット上で確認できるだけでアメリカで50数件、ヨーロッパ圏でも同等、中国で200件以上の民間ゾンデ発信が報告されています。この半年でもう宇宙情報の独占ということは国家にはできなくなったわけ。国家主導よりアマチュアのホビーの助けを借りる方がずっと効率がいいという時代がまさに今年うまれつつあるのだと思います。――ってこれはすみません、サテライト局のポリシーを読んでるだけなんですが。

うち自身は――、お恥ずかしい、ただのチャラいねーちゃんだと思います。特に優れた才能もないのにこの計画に乗っかっちゃったのはノリがよくて南洋で遊びたかったからなだけ。いやー、正直この発信作業ていちにち4時間もあれば済むんで、すんませんあとはハンモックで寝てますー。今日もさっき2時間くらい、ハンモックから木の上の椰子ガニ見てました。急に椰子ガニ落ちてきてむっちゃビビリました。ほんなんでなんか成し遂げられるのか…、分かんないけど無理かもですね。無理としても、でも、ここで、日陰摂氏45度のこの浜でうちらがやってるバカみたいな努力って、やっぱり最先端のなんかだと思うの。たぶんね。こうしてる間にどんどん婚期のがしてるリスクとか、え、あるよそれ、それと引き比べてもまータイかなあと…違うかな…。婚期に関しては言いたいことはありますが、ぶっちゃけ、つきあってくれる男子募集中です、カッコわらい。え、顔? あたしの顔はN8SのHPで見てください。オロヘーガの湖(ラグーン)でボートに乗って撮りましたー。島内湖って外敵がいないんで稚魚のいい繁殖池になってるのね。2センチくらいのシマシマの魚や青い魚がザザッて群れてる。それ見てると今まだあたしは…この稚魚の段階なんだなあって思いました。いやおまえハタチすぎて少女みたいなこと言うなって? まぁそれはそうなんですけど、でもやっぱまだ狭い世界にいるんだろうなうち、って。絶海の孤島まで来てみて、ほんとよかったー。

はるかねえ、もとは哲学をやろうとしてたんです。高校生のとき。でも哲学には「哲学学」と自分のこと考えるだけのこととふたつあって、学部選ぶときに「学」の方しかなかったんでやめちゃったのね。他人がどんな哲学で生きてるか、てことは最終的には自分の哲学とは関係ねーよ、ていうのが哲学の基礎だと思うんです。世界はこうこうこういうふうにできているように「俺には」思えてしょうがない、それを言葉や図式で表そうとすることが哲学の元の元で、でもそれで他人を説得したりしちゃいけないんだなーって思うのね。なので――、なんだかなあ、うちはうちをプリンシプルにするためにオロヘーガに来たんです。隣りあった世界があっちの星にたぶんある、そこには人類はいないだろうけどなんかいるかも知れなくて、魚とかイクシオサウルスとか、そういうのに近いのはいるかも知れない。いるなら、それらの人生や悩みはうちと同じだ。言葉は通じないけど地球の魚とだって言葉は通じないなりに何考えてるんだかは大体分かる。それと同じことがお隣の惑星の生き物とももし共有できたら、それは哲学的に、すっごい進歩できることだと思うのね。

どういうことなんだろう。この、胸にね、なんていうか、すっごい憧れがあるんです。ズキズキする。恋、みたい。たぶん欲張りなのかな。たぶんそうなんだけど、なんてか、今の自分なんてすっごい制限された自分じゃん? 今の自分なんて、空から見たら、ちんまりした東京の、荒川区のアパートの1階の、苔の生えたような畳に住んでるちゃっぴぃ小娘っすよ。そこにいて、漫然と憧れてるだけの存在。自分はまるで世界の真ん中にあるぽっかりした穴で、外の輝く世界を見たくて出ていきたくて、でも仕事も家事も彼氏もあるしさー、ただアパートにいるだけの小娘ですよ。ドラえもんにさ、黒い光が出る電球って出てくるじゃん。なんだっけブラックライト。それだわ。うちの半径1メートルくらいが、黒い明かりで照らされてるんだわ。なぜだか分からないけど、そこから踏み出して明るい世界に出ていくのが怖いんだなあ…。うちからなにかに…なにかからまた次のなにかに…関係っていうのはどんどんつながっていって、それらをたばねる駅みたいなののひとつにうちがなってる。それが世界の摑み方だよね。自分のありかたっていうか。でも、うちさ、どうやってその関係に踏み込んだらいいんだろ、って、思ってた。1年の頃はほんとにそう思ってた。でね、じゃあほんとうに、憧れることだけやったらいいじゃんって、彼氏が言ったのよ。当時の彼氏ね。で、いまうち、ここにいる。

そうだ。ちょっと関係あるのか分かんないけど、島に上がった時ね、なんか部落がざわざわしてるの。なんだろうなー、って、最初は分からなかったんだけど、どうやらだんだん、迷子が出て探してるんだってことが分かってきた。こんな人口37人とかの島で、歩いて1時間でひと回りできる島で迷子?て思ったんだけど、どうやら、カヌーで漕ぎだしたんだって! 東へ。東にはプカプカ島っていう島が800キロ先にあるんだって。そっちへ行ったらしいんだけどってみんな言うんだけど、それ、ありなの?!て思った! 南洋の感覚わっかんないわー! 行方不明になったのはここのサモア人じゃなくてトケラウの現地人の酋長の娘さんで、タンギモージアっていう花の名前の女の子。成人の儀式があるんだってけど、それを待たないで消えた。誰にもなんにも告げずに。音信不通の姫ですね。でも、満月の晩だったっていうから、たぶん、昇る月に向かって漕ぎだしたんだろうってみんな言うの。男たちが何艘ものアウトリガーカヌーで姫を追いかけていった。まだ1週間も経たないんで誰も帰ってきません。見つかったかどうか誰も知りません。こちらN8S、オロヘーガ・サテライトです。みなさん! 島は、こんなところです。たどり着くところ、逃げ出すところ、遠い遠い星に憧れ、海鳴りを枕に眠るところ。トロピカル・フィーバーの福井人がお届けしますカッコわらい、こんな幻想の現実の島から人類と世界の希望のためにお届けします。こちらN8Sですよー! 以上(オーヴァ)!







2・3場へ→https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1973470159&owner_id=4324612

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