怪獣使いと少年

怪獣使いと少年



時　１９７１年
場　川崎工業地帯に近い多摩川河川敷
人　ムルチ（巨大魚怪獣）
　　佐久間良（少年）
　　金山十郎（メイツ星人）
　　坂田次郎（12）
　　四郎（次郎の友達）
　　タツ（番長、中学生）
　　シン（同）
　　ケン（同）
　　郷秀樹（ＭＡＴ隊員、ウルトラマン）
　　ジョン（シェパード）
　　虚無僧（キリヤマ元ウルトラ警備隊隊長）
　　息吹竜（ＭＡＴ隊長）
　　女主人（パン屋）
　　洋子（その娘）
　　警官
　　料理人
　　その他暴徒、町の人
　　ナレーション（名古屋章）



１．

雨の河川敷。高速道路の高架。ムルチが暴れている。逃げてくる良。

良 わあーっ！　助けてくれ！　父ちゃん！　助けて！

良、気絶。メイツ星人、良に気づき、念動力でムルチを地面に埋める。


２．

コンビナートのパン。
川原を良がスコップで掘っている。廃屋から覗き見る金山。別の物陰から小学生。

次郎 あれが宇宙人なのかな。
四郎 子どもに化けてるんだって。超能力使うらしいぜ。
次郎 超能力？　おい！

不良たち、自転車で来る。

タツ おい、お前どっから来たんだよ。
シン おい、お前つんぼかよ。
ケン おい、何とか言えよ。
タツ 何で毎日毎日穴ばかり掘ってんだ？
良 仕事の邪魔なんだ、帰ってくれよ。
シン なんだとう？
ケン おい、こいつの持ち物調べりゃ、正体が分かるかもしれねえぜ。
タツ よし行こう、おい。
ケン 二階へ上がっちゃおうぜ。
良 やめろ！　二階へ行くな！　やめろ！
タツ 二階へ昇られると困んのかよ！
良 やめろ！　二階へ行くな！
タツ うるせえ、どけ。
シン この野郎。
ケン 二階へ行っちゃおうぜ。
良 エイ、ヤア！

念動力でタツが浮く。シンとケンは逃げる。

タツ あーっ、助けてくれ！　おおい助けてくれ、おおい！…おおい、痛った！（落ちる）

良、去ろうと。

タツ （仲間に）おおい、待てよ！　あいつが宇宙人なら、もっと色んなことができるはずだよ！


３．

コンビナートのパン。
川原に首まで埋められてる良。頭から泥かけられる。

シン へっへっへ。
ケン やれやれ。
良 うう…。
タツ おい、早く変身しろよ。
次郎 可哀相だよ、ひどいよ。
タツ 馬鹿野郎、宇宙人なんだぞこいつは。お前頭からガリガリ食われてもいいのかよ！　お前たちもやれよ！　こいつを放っとくとな、今に俺たちがやられてしまうんだぞ。

タツ、埋めた良を自転車で轢こうとする。止めに入る郷。

郷 こらっ。
タツ あっ。（転倒）
次郎 郷さん！
郷 どうしてこんなひどいことをするんだ。
タツ こいつ宇宙人なんだよ。だからやっつけてるのさ。（Ｍ）
郷 この少年が宇宙人だっていうのは、噂なんだろう。
タツ 違う。超能力持ってんだよ。間違いなく宇宙人だよ。
次郎 真空投げ使ったよ？
タツ あんたＭＡＴだろ。早くやっつけてくれよな。
郷 彼のことは俺に任せてくれ。責任持って解決する。それでいいだろう。
タツ 帰ろう、へっ、畜生。
ケン この野郎。
シン 覚えてやがれ畜生。ふん、宇宙人がよ。
タツ ばっきゃろう、また来るからな。
ケン 覚えてろ。
郷 いま出してやるからな。ずいぶん掘ったなあ。一体なんに使うんだいこの穴。
良 そんなこと訊くために助けるのなら、放っといてくれ。
郷 君は答えなくても、よいしょ、調査は続けるよ。よし。
良 ありがとう。僕は宇宙人なんかじゃない。僕の生まれた所は、北海道の江差だ。僕は日本人さ。
郷 北海道の江差か。それにしても、あの少年は何か隠している。


４．

引き込み線。町角の公園。

四郎 連れてきたよ。
タツ ＭＡＴはなんてった？
次郎 ＭＡＴって郷さんのこと。
シン そうだよ。宇宙人野郎のこと、何か言ってたろう。
次郎 宇宙人じゃないかも知れないって。れっきとした日本人らしいよ。北海道まで調査に行ったよ郷さん。
ケン 我々人間様には、あの手の顔はねえよな。
シン あんな顔はな。
タツ どうやらＭＡＴも頼りにならねえな。
四郎 よし、来いよ。


５．

川原の廃屋。良が薪で煮炊きしている。むせる。犬を連れた不良たち。

タツ なんだあ？　宇宙人もメシ食うのかよ。
シン 宇宙人野郎。
ケン へへ、なーんだなんだ、おかゆか。
良 何をするんだ、あっちへいけ。
ケン この野郎！（鍋を蹴り倒す）

良、ぶちまかったお粥を手ですくう。

ケン 拾って食うのかよ。
シン そのメシうめえかよ、え？　宇宙人野郎めがよう。
タツ （下駄で踏みにじって）悔しいか。
ケン へえ、宇宙人が泣いてらあ。
シン 悔しいかよう。
ケン 宇宙人野郎、何とか言えよ。
シン ハハハ。
ケン どうだ。
良 ちきしょう！（火のついた薪を振り回す）
タツ うわっ。
良 馬鹿野郎！
タツ ジョン、あいつやっつけろ。（逃げる）
ジョン グワッ。
良 やめろ、助けて、うう、助けてくれ！…
ジョン クウーン、クウ…（爆発する）
ケン おい、帰ろうよ！

虚無僧が鉦を鳴らして通る――。


６．

郷 少年の名は佐久間良。昭和33年４月５日、父徳三母よねの長男として江差に生まれ、昭和37年９月、良が４歳の時に一家で美山鉱山に移っています。昭和38年、不運にも炭坑が閉鎖されて徳三は職を失い、東京へ出稼ぎに出たまま蒸発、昭和40年、母よね死亡。その直後佐久間良行方不明、となってますが、父親を追って東京へ出てきたんでしょうねえ。
息吹 天涯孤独となった良君は、どんなに父を憎み、また慕ったことか。郷、確か君も。
郷 はい。でも私には、ＭＡＴという家(うち)があり、隊長という父があります。
息吹 うん。良君はあの廃墟の中に、父親に似た愛の温もりを発見したんではないだろうか。もしその父が宇宙人で、そのために良君が宇宙人呼ばわりされて乱暴されて、情愛の絆を断たねばならないとしたら、それは絶対に許されん。日本人は美しい花を作る手を持ちながら、いったんその手にやいばを握るとどんな残忍きわまりない行為をすることか。郷、良君に関しては君に任せる。早く宇宙人説から解放してやりたまえ。
郷 分かりました。
Ｎ 少年が宇宙人でないことは分かった。しかし、この穴は何の目的で掘られたのか。真空投げとはなにか。
郷 良くーん！　良君、良くーん！

廃墟にぶら下がる首吊りの縄。


７．

小田急線沿いの商店街。（Ｍ）

―― もし奥さん、あれ宇宙人の子どもですよ。
―― 宇宙人が来たぞ。
良 食パン下さい。
女主人 悪いけどよそのお店行ってよ。
洋子 （雨の中帰ってくる）ああ冷たい。
主人 あとで色々言われんのやなのよ。早く帰ってちょうだい。（良帰りかける）
洋子 ぼく！
主人 あ、洋子！
洋子 待って！　はい。（パン渡す）
良 同情なんてしてもらいたくないな。
洋子 待ってよ。同情なんかしてないわ、売ってあげるだけよ。だってうちパン屋だもん。はい、１２０円。
良 ありがとう。ありがとう。
洋子 気をつけてね。
良 どうもありがとう！
主人 あの子超能力使うんだってよ？　タッちゃんひどい目にあったんだって。
洋子 宇宙人なのかしら。
主人 そうだよ。まいんち買いに来るよこれから。
洋子 でもいいじゃない。うちパン屋だもん。アハハハ。


８．

線路を歩いて帰る良。（Ｍ）

良 おじさん。
郷 （いる）
良 どうして勝手に上がったんだ。出ていけ、出ていけ。
金山 やめなさい。郷隊員は知っている、私がメイツ星から来た宇宙人であることもね。
良 えっ。
郷 だが、すべて疑問が解けたわけではない。良君、表の穴は何のために掘ってるんだい？　正直に言ってごらん？　良君。
金山 私から話そう。
良 おじさん、やめた方がいい。ＭＡＴに話すと宇宙に帰れなくなるよ。
金山 どうせ、長くはない命だ。
良 おじさん…。
金山 あれは、一年前の、雨の強い日だった。私は、地球の風土気候を調べるために、表の川原に着陸した。

回想。念動力で宇宙船を川原に埋めるメイツ星人。倒れている良に気づく。

金山 その地球人の少年は、恐怖と寒さと飢えのために、ほとんど死にかけていた。それ以来、良とはまるで、親子のように暮らした。（Ｍ）私はこのまま地球に住みついても、いいとさえ思えました。しかし、秋が来て、枯れ葉が散るように、私の肉体も汚れた空気に蝕まれて、朽ち果てていく。あの車も、あの煙突も、シロアリのように私の肉体を。
良 早くしないと、おじさんは死んでしまうんだ。
郷 分かった。宇宙船はあの一帯に隠したんですね？

良と一緒に川原を掘る郷。

郷 お父さんは見つかったのかい？
良 父ちゃんなんか要らないよ。僕、おじさんと行くんだ、メイツ星へ。
郷 地球を捨てるつもりかい。
良 地球はいまに、人間が住めなくなるんだ。その前にさよならをするのさ。

コンビナートのパン。

良 あの高速道路の向こうに、怪獣が閉じ込められているんだよ。
郷 怪獣？
良 おじさんが念動力でやったんだ。すごいだろ！

暴徒が来る。

―― 呆れたもんだ、宇宙人を退治すべきもんが宇宙人と仲良くするなんてな。
―― お前のために町が大騒ぎになったんだぞ！
郷 大勢でなんかしようっていうんですか。
警官 その子は宇宙人だということが分かった。ＭＡＴが手を下さないんなら、警察がやる。
郷 やめろ！
良 何をするんだ！　僕が何をしたっていうんだ！
警官 君、連行したまえ！
郷 これにはちゃんと種も仕掛けもあるんですよ！
警官 君はそれでもＭＡＴなのか。
良 おじさん！　助けてくれ！
金山 待ってくれ。（出てくる）
良 おじさん、おじさん、助けて！
金山 宇宙人は私だ！（倒れる）
良 あっ、おじさん！
金山 良君はただ私を守っていてくれただけだ、宇宙人じゃない。
良 おじさん、おじさん、…
金山 さ、良君を自由にしてやってくれ。
良 おじさん、どうして出て来ちゃったんだよ。
金山 もういいんだよ。
料理人 みんな、こいつを生かしとくと何をしでかすか分かんねえぞ。（投石）何しろ宇宙人だ！　やっちまえ。
郷 やめろ、この人は宇宙に帰りたがってるんだ。帰してあげなさい！
良 おじさんにひどいことをすると、今に大変なことになるよ！

警官、金山を撃つ。

金山 殺すなら、私を殺せ。

警官、連射。（Ｍ）

良 おじさん！　おじさん、うわああん。

金山死ぬ。川原からムルチ出現。（Ｍ）暴徒逃げる。

―― 頼む、早く怪獣を退治してくれよ！
郷 勝手なことを言うな。怪獣をおびき出したのはあんたたちだ。まるで金山さんの怒りが乗り移ったようだ。
虚無僧 郷。町が大変なことになってるんだぞ。郷、分からんのか。

郷、変身する。闘う。ムルチ爆発。


９．

雨上がりの川原。

良 おじさんは死んだんじゃないんだ。メイツ星へ帰ったんだ。おじさん、僕が着いたら迎えてくれよ？　きっとだよ！
ＭＡＴ隊員 いったいいつまで掘り続けるつもりだろう。
郷 宇宙船を見つけるまではやめないだろうな。彼は地球にさよならが言いたいんだ。