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2016年04月27日23:25

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お題8『魚』 タイトル『おサメさんとダイビングゥ〜☆』

「今日、潜りに行っとく?」
 地球よってく? みたいな軽いノリで渚はいった。
「行かねーよ」
 俺は寝巻きに使っているジャージについた布団の毛を取りながら答えた。俺の家の食卓にすでに渚が座っている。台所でお袋が珈琲を沸かすためお湯を準備している。
「大体なんでお前が家にいるんだよ。彼氏と旅行じゃなかったのか」
「んふふ、そんなこといっていいのかな?」彼女は遠慮なく俺の朝食を食べながら続ける。すでにソーセージが載っているエッグマフィンを半分以上食べている、それは俺の好物でありエネルギー源だ。「この間、テスト受けたじゃない。潜水検定のやつ」
「ああ」俺はまだ起きていない頭を掻きながらいう。「確かに受けたよ。でもまだ空きがないだろう、三ヶ月は潜れないっていわれたじゃないか」
「んふ、聞いて驚くなかれ」彼女は俺のりんごジュースをぐいっと飲み干してコップをトンっと鳴らして置いた。「マリンワールドの空き、できたんだって」
「え? マジ?」俺の頭が急激に冴えていく。「この忙しい時に潜れるのか?」
「うん、さっき空きができたって連絡がきたよん」
 ……起きてみる夢は久しぶりかもしれない。
 俺はそう思いながら、これは現実なのかどうかまだわからないでいた。日付を確認すると、今日は五月三日となっている。間違いなく現実だ。
 今日からGW(ゴールデンウィーク)が始まる。俺の工場も彼女の役所も休みで連休だ。
 渚は中学時代からの幼馴染で、一つ下の後輩にあたる。ほとんど交流はなかったのだが、彼女がスキューバダイビング経験者ということで久しぶりに話が盛り上がり、俺は彼女のつてで免許を取ったのだ。
 春から夏に掛けて彼女は俺の家に遊びに来る。もちろんスキューバができるのは水の底なので暖かくないとできない。
「うし、目が覚めたよ」俺は急いで顔を洗い目やにをとった。急いで準備をしなければならない。潜るためには体調管理が重要だからだ。「でもお前は……確か丸尾と北海道旅行じゃなかったっけ?」
 渚の彼氏は東京で料理人として働いている。彼女と彼氏の出会いは俺が作ったのだ。
「……それがさ、休みなくなったんだって」彼女は目を伏せていう。
「そっか……それはしょうがないな」
 もちろんそんなこと、俺には関係ない。ようやく念願のパノラマダイビングができるのだ。俺はこれを目標にしてスキューバの免許を取ったといっても過言ではない。マリンワールドでは生きたサメがいる水槽の中を潜れる、もちろん状況がよければ直接触ることだってできるのだ。
 3ヶ月以上空きがないといっていたが、今はGWだ。待っている客自体、どこかに出掛けてしまって俺たちの所にまで話がきたのだろう。
「よし、決めた。行こう。でもあずあずととし兄はどうするんだ?」
「あずあずは家族と旅行、とし兄はもう長崎に潜りに行ってるんだってさ」
 あずあずとは渚の友人で同じ役所で働いている事務員だ。とし兄は公立中学の理科の教師をしており、ダイビングに置いても先生なのだ。とし兄はあずあず経由で知り合った。
「ってことは……」
「そう、今日は私達しかいないのよ」
 俺は急に不安になった。俺たちはまだライセンスを取ってまもない初心者だ。あずあずは中級クラスのライセンスを所持しており、とし兄に至ってはインストラクターといわれるプロレベルのライセンスを取得している。
「そっか、残念だなぁ」
「あずあずがいないこと?」
 渚はにやにやしながら俺の顔を見る。俺はこいつに対してあずあずが好きだといっているのだ。
「まあ、それもあるけど……」
 このダイビングというスポーツはライセンスも必要だが、何よりも経験がものをいう。俺と渚はまだ30本ほどしか潜っていない。あずあずは100本以上潜っているので一人前、とし兄に至っては700本以上潜っているプロ中のプロだ。
 この二人がいないとなると、非常に不安だ。
「で、どうするの?行くの?」
 渚が俺の空腹であるわき腹を摘まむ。
「行くに決まってるじゃねえか」俺は気合を入れるようにいった。「だけど、どうやって行くんだ?」
 いつもはとし兄の車で向かっているが、今日はいない。俺の車は今修理に出している。レンタカーで行くのはしのびない。
「私のもあるじゃん」渚は俺の食事を全て平らげてからいった。「いいよ、ガソリン代はこの食事ってことで! 後は運転よろしく!」
 しょうがない、乗りかかった船だ。こいつの車じゃ不安だが、ここはなんとしてでもマリンワールドに向かわなければならない。彼女の車は助手席が壊れているほど年配なのだ。
「BCとかの装備は?」
「もちろん借りれるよ。だからスーツとゴーグル、後はいつも通り水着くらいかな」
「オッケー、早速準備するわ」
 俺は二階に上がりながら急いでダイビングスーツを引っ張り出す。
「替えのパンツ忘れんなよ、それと出発は…8時20分だから」
「後一分しかねえじゃねえか」
「40秒で支度しなっ」そういって渚はなぜか満足げな顔を見せた。 
 俺は怒る間もなく準備を終え、彼女の車に荷物を詰め込みマリンワールドに向かった。
 
「お、ついたついた」
 マリンワールドを中心から眺める。いつもより建物が大きく見える、それは内心の緊張から来るのかもしれない。ここの水族館は観覧料だけでも2000円する立派な建物だ。ダイビングコースに実はその金額も含まれているらしい。
「潜り終わったら、中も覗こうよ」
「当たり前だ」
 俺は答えながら内心ではびびっていた。泳ぐのは得意だが潜るのは勝手が違ってあまりうまい方ではない。バランス感覚が重要なのだ。代わって渚は泳ぐのは不得意なのだが、ダイビングに関しては才能がある。
 俺たちは水の奥深くに入ると性別が入れ替わってしまうのだ。
「本当にサメがいる水槽に潜れるのか?」
「うん、そうだよ。イルカとは潜れないけどね」
「なんで?イルカの方が大丈夫そうだけど」
「イルカは好奇心が強いからレギュレーターをとろうとするんだって。ゴーグルもそうだし、遊んで遊んでって近寄ってくるみたい」
 なるほど、そいつは危険だ。試験でゴーグルを外す作業はあったが、それだけでも動揺した。水中で空気を吸うためのマスク・レギュレーターが外れるよりも怖いものだ。
「こんにちは、今日はお世話になります」
「お、こんにちは。今日はよろしく」
 先日、潜水検定をしてくれたインストラクターと握手をする。俺たちは彼に挨拶した後、申込書を提出した。
 ここマリンワールドに潜るためにはライセンスを取るだけでなく、きちんと技術試験を受けないと潜れない。その試験に先日合格した。だから俺たちは今からサメがいる水槽の中で潜ることができる。
「あれ、今日は二人だけ?」
「そうなんです。二人とも旅行にいっちゃって」
「そうなんだ。残念だね」
 そうはいうが、インストラクターの顔はにやついている。きっと俺達が付き合っていると思っているのだろう。
 他にダイビングする人と軽く会釈を交わし、彼らの装備に目を見張る。どうやらプロ使用のようだ。彼らの装備を見て自然と緊張が高まっていく。
 今から潜るのはサメがいる水槽なのだ。今までのダイビングで一番大きかったのはタイくらいだ、今日はその10倍以上でかい生き物が近くにいることになる。
 今日潜る全員でビデオを眺めながら説明に入る。手はスキンの状態で入らなければならない、魚が傷つくのを防ぐためだ。
 早速ダイビングスーツを着込む、これだけですでに息苦しい。水中は温度が低いためきっちりとしたものを着用しなければいけないのだ。普段の仕事でスーツを着ないため、今になってサラリーマンの気分を味わう。
 背中にタンクを備え付けたBCという浮力制御装置を背負う。後はインストラクターの指示に従って潜るだけだ。
「それでは私の後についてきて下さい。時間は40分です。30分過ぎたら私が合図しますので、35分以内には上がって下さい」
 順番は基本準備を終えた人からだが、俺達は初心者のため最後だ。渚の方が潜った本数が多いため、必然的に俺が最後尾になる。
 水の中を見ると、二万匹といわれる大量のイワシが円を作り浅い海の中で泳いでいた。すでにこれだけで幻想的な風景だ。
「じゃあ君も」
 イワシに見とれていると、すでに渚が入っていた。彼に従い、俺も水中に入る。
 いよいよ、ダイビング開始だ。
 体温が急激に下がっていく。足につけるフィンを装着すると自分まで魚になったように感じる。俺は今からえら呼吸ができる魚になるのだ。
 そのままBCの空気を抜いて海底へ向かう。一番のコツは肺に溜まっている空気を抜くことだ。とし兄にいわれた言葉を思い出しながら俺は海の底へと潜っていった。
 イワシの大群を通り抜けると、大きなサメが3、4匹ぐるぐると回っていた。シロワニと呼ばれる3mもあるサメだ。俺の体は震え上がった、きっとこれは水温が低いからだけではない。
 ……大丈夫、サメの進路を邪魔しなければいい。
 俺は十字架を祈るようにして潜った。サメはすでに食事を終えていて満腹だ。野生のサメは空腹だから人を襲う。ここで飼われているものはただ大きいというだけで、逆に人間に対して好意的でさえある。エサをくれるものに対しては誰しも危害は加えないのだ、それはサメも例外じゃない。
 俺はサメに視線を送りながらも耳抜きをしながらさらに奥へと進んだ。水中では耳に圧力が掛かるため定期的に耳抜きをしなければならない。これをしなければ地上に出た時に聞き取りにくくなってしまうのだ。サメが頭上に来た時には俺の体は海底へと辿り着いていた。
 俺はそこで目一杯空気を吸った。水深8mまで俺の体は来たと実感する。今まで最大で水深20mほど潜っているので、今回はそれより浅いから気分的には楽だ。だがそこにはサメなどいなかった。
 二酸化炭素を吐き出すことを忘れて酸素を吸っていると、俺のタンクから鈍い音がした。インストラクターが大丈夫か、と合図をくれたようだ。
 俺は人差し指と親指で合図した。それを見て彼も安心したのか、参加者全員を中心に集めだした。
 インストラクターは全員の安全を確認すると、両手でわっかを作った。これは自由行動をしていいという合図だ。
 俺はその時、初めて渚を確認した。自分自身に手一杯で彼女の存在を確認できていなかったのだ。
 渚を見る。彼女はすでに慣れていて、水族館を見ている者に手を振っている。それに小さい子供が両手で満面の笑みで応えている。
 ……凄い。
 俺は素直に関心した。彼女は普段落ち着きがなく、暴れ回っているのだが、こういう時は冷静に判断できるのだと羨ましく思った。
 俺も自分でちょっと探検してみよう。
 小さいサメが砂地に寝ている。俺は苦労しながら中性浮力を取り彼らに触ろうとした。一匹は嫌がって逃げていったが、もう一匹はしょうがねえなという顔で嫌そうに寝そべっていた。
 俺はそのまま子サメの肌を触った。思ったよりもざらざらしていない。自分が思った鮫肌よりは柔らかかった。
 それはかまぼこのような感触だった。水の中にずっと浸したかまぼこに俺は触り続けている。そう思うと緊張がすーっと抜けていった。
 俺のエアタンクを叩く音が聞こえた。後ろを振り返ると渚がいた。
 どうやら一人に飽きたらしい。俺はこのまま30分間、サメを触っていてもよかったのだが、彼女の後ろをついていくことにした。
 彼女は写真をとりながら嬉しそうに体を回転させながら泳いでいった。まるでリトルマーメイドのようだ。
 俺はというと、ファイティングできないニモのような状況で周りを分析しながら水槽全体を眺めている。
 俺は渚を見て改めて変な気持ちになる。彼女は俺が紹介した男と付き合っていて、俺と一緒に潜りに行く。俺たちの関係は夏の暖かい時期にだけ加速し、冬になれば収縮する。
 俺たちは渡り鳥のような関係にあるのに地元で共に過ごしているのだ。その要因はやはり俺の心にある。
 彼女が地面に光るものを見つけた。サメの歯だ。サメは歯が生え変わるため、海底には何個も落ちているみたいだ。
 俺たちは潮干狩りのように歯を取っていく。お互いに写真を取り合いながら恋人のように海底を満喫する。
 ……彼女は俺のことをどう思っているのだろうか?
 俺は水族館を眺めている観客を見ながら想像する。俺たちは付き合っている恋人だと思われるのだろうか、それとも仲のいい兄妹のように思われているのだろうか。
 彼女の動きに翻弄されながら俺は残圧ゲージを見た。数値は70を指している、これが50を切ったら浮上するのが鉄則だ。
 ……残圧が減るのが早い。
 俺は唐突に不安になった。最初に緊張していたため、酸素を吸いすぎたのだ。このままでは途中で浮上しなければならなくなる。
 彼女に合図を送るか迷った。これだけ楽しんでいる彼女に心配を掛けたくない。次に来れるのは3ヶ月以上先だ。
 俺はなるべく動かないようにして酸素を温存した。その俺の心とは裏腹にどんどんゲージの数値は下がっていく。
 彼女は俺の顔を見て、異変に気づいたのかゲージを持って指差した。
 ……私のがあるから大丈夫。
 彼女は補助のレギュレーターを差し出して任せろ、と胸を叩いて見せた。俺のタンクが無くなったとしても、私の酸素を吸えばいい、そういっているのだ。
 スキューバは必ず二人で一組だ。いくら気をつけていても不備はある。その時に助け合えるバディがいるから、安心して海の底まで潜れるのだ。それは心の底まで信頼できている証だ。
 ……お前は本当は俺の気持ちをわかってるんだな。
 その時、俺はそう確信した。魚のようにえら呼吸になって俺はやっと本性を曝け出せたのだ。
 ……俺はやっぱりお前が好きだ。
 俺はレギュレーターをくわえたままいった。ここでは本心は隠せない。
 ……俺は、お前が好きだからこそ、丸尾を紹介した。
 あいつなら俺よりも彼女のことを幸せにできると思ったからだ。要するに俺は自分に自信がなかったのだ。彼女を幸せにしてやろうという自信が。こんな所にきてようやく素直になれた自分が情けなかった。
 俺は渡り鳥になるしかなかったのだ。丸尾がいない中、俺が彼女を守るという使命を持つことが、唯一俺にできることだと思っていた。
 気づけば30分を回っていた。インストラクターが上昇を促す合図を取る。
 俺は彼女に合図した。彼女は名残惜しそうにサメを見ながら上がっていく。きっと俺のタンクよりも空気は残っているのだろう。
 俺は最後に残圧をチェックした、そこには20を切っている数字が述べられていた。
 
「凄かったねー、サメ。それにイルカショーも」
 俺たちは浮上した後、水族館を巡り一日満喫した後、車で帰っていた。彼女はもちろん化粧などせずすっぴんだったが、小麦色の肌が健康的で似合っていた。
 お互いの窓を全快に開けて浴びる風は最高に気持ちがいい。
「そうだな」俺は無表情のまま告げた。後はこのまま家に帰るだけだ。
「どうしたの?」
「……お前さ、何でいわなかったの?」俺は彼女に強くいった。「浮上してお前のタンクみたけどさ、ほとんど残ってなかったぞ」
「……ばれたか」
 彼女は照れ笑いして顔を隠そうとした。
「どうして黙ってたんだ?」
「いったら浮上しないといけないでしょ。悪いなって思ったの」
「悪いことねーよ、俺だって20しか残ってなかったんだから」
 そういうと、渚は笑い転げた。
「やっぱり。君も大丈夫っていってたじゃん」
「それは……お前が楽しそうにしてたからで……」
 彼女と一緒にいる時間を大事にしたかったなんていえない。俺はもう自分の恋心を水族館に封印することにしたのだ。俺の本心はあの海底においてきたのだ。
「甘いな、私のは10切ってたよ」そういって渚は笑った。「何でかわかる?」
 彼女の瞳が大きく揺らめく。自分の体が急に海の底に入ったような感覚にさえなる。
「その前に聞きたいことがあるんだけど……」渚は悩みながらいった。「君はあずあずのことが好きなの?」
「ああ、好きだよ」
 俺は目を背けていった。この気持ちは隠し通すと決めたのだ。こいつとの距離はこれでいいと思っている。
「そっか……」渚は助手席から窓を眺めながらいった。夕日が彼女の素肌に当たってセンチメンタルな気分になる。
「私さ、ずっと黙ってたんだけど……丸ちゃんと別れたんだ」
「は?」
「今まで黙っててごめんね」渚は両手をつけて謝る素振りを見せる。だが顔は明るい。
「なんでだ。あいつでもダメだっていうのか。あいつはお前のことを……どうして別れたんだ?」
「……それ、君がきく?」
 俺は動揺して何もいえなかった。再び自分の体が海へと向かっていく。魚のようにえら呼吸になり、地上で息ができなくなる。
「……そんなの、いえるわけないじゃない」渚はにやにやと笑った。「君がいいから別れたなんて、いえるはずがない」
「おい、心の声が漏れてるぞ」俺は彼女の冗談に付き合い笑った。「まあ、いいじゃないか。一人身は楽でいいぞ、自由だし」
「私は一人は寂しいから嫌」渚は急に真面目な顔になっていった。「今日潜りに来て、やっとわかった。ダイビングは……やっぱり一人じゃできないよ」
 彼女が次の一言を言う前に彼女の家に辿り着いてしまった。車が停止すると共に俺達の距離もそのまま立ち止まる。
「君の家まで送るよ」
「いいよ、近いし」
 俺は運転席から降りて彼女へと道を譲った。この車は助手席が開かないからだ。彼女は必然的に運転席から出なければならない。
 俺は途中でドアを押して渚を閉じ込めた。いわゆるドアドンというやつである。
「渚」俺は窓が開いている中の彼女の顔を掴んでいった。「俺、やっぱりお前のこと、好きみたいだ」
「え?」渚の表情が固まる。「何?聞こえない?」
「俺はお前のことが好きだ」
「え?水が入っていて聞こえない」渚は笑いながら某議員のように耳に手をやる。その合図は誰よりも聞こえているという証明にしかならない。
「……そうか、わかったよ」
 俺は小さく呟いき、一言いおうとしている彼女の唇を俺のもので塞いだ。
「ん……」渚は恥ずかしそうに顔を背ける。出られる扉が塞がれているのだからどうしようもない。だが助手席に非難するよう様子も見えない。
「……今頃?遅いよ」
 渚は小さく溜息をついて、自分の家を親指で指して続けた。
「ねえ、わたしんち、よってく?」
 アスパラドリンク一本いっとく? みたいな軽いノリで彼女はいった。
 だがその扉の奥を潜るのはきっと水中よりも深いだろう。その先は目で確認できない、終わりのないダイビングが待っているからだ。
 だがこいつとならそれでも構わないと思った。俺は自分の酸素を捨ててまでも彼女と一緒にダイビングをしたいと考えたからだ。あの気持ちは嘘じゃない。
 そして彼女もきっとそうなのだ。
 俺たちは人間として潜って、海の底で再び魚となってお互いに恋をした。これはもう理論なんかでは証明できない心の絆だ。この気持ちを知ってしまったら、後には戻れない。
「ああ、当たり前だろう。ファイティングしてやろうじゃねえか」
 俺は意味もなくそう呟いた。
 俺たちは酸素なしでどこまで潜れるのだろう。そう思いながら俺は彼女の家のドアノブを捻った。






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