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2016年04月21日08:11

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お題『お茶』 タイトル『新茶と深煎り珈琲のラブ・ブレンド』

「ねえ、知ってる?ウーロン茶と緑茶って同じ葉っぱなんだよ」
「うそ、マジ?」
 彼女に向かって驚きの表情を見せる。実はウーロン茶も緑茶も、そして紅茶もまた同じ葉っぱだということは知っている。なぜなら家が御茶屋だからだ。
「そうなのよ。発酵の仕方によって味が変わるんだって」彼女は得意そうに答える。「不思議よねぇ、同じものでも色まで変わるなんて面白いね」
「そうだな」
 彼女の返事に合わせて相槌を打ちながら団扇を仰ぐ。こうやって知らないふりをするのは俺の日課だ。そうすれば彼女との会話を長く共有できるからだ。
 そう、俺は彼女のことが好きなのだ。
 彼女は真面目で、優しくて、人の話をきちんと聞く。リスのように目が大きく歯が出ているのが特徴的で愛らしい。彼女といると、ペットといるようで落ち着くのだ。
「なんだ、君は知ってるのかと思った。以外に知らないこともあるのね」
「御茶屋だからってお茶のことはわからないよ。うちの母ちゃんだって知らないと思うぜ」
 彼女にいいように答えてしまう。この癖は彼女を好きになって変えてしまった癖だ。今までなら相槌も打たず、返事も返さなかったのだが、彼女に興味を持つようになって以来、ピエロのように大げさなリアクションをするようになってしまった。
「俺はお茶よりも珈琲の方が好きだけどな。お前のとこの珈琲はブラックでも飲めるよ」
 もちろんブラックなど好き好んで飲めない。彼女に好かれたいがために、彼女のバイト先の喫茶店に通っているのだ。ブラックといいつつ、きちんと砂糖だけは溶かしている。
「私はまだ飲めないけどね、苦いしさ。何が美味しいの?」
「落ち着くんだ、あの雰囲気で飲む珈琲は。うるさくもないし静かでもない、あのちょうどいい浮力の中で飲む珈琲が好きなんだ」
 もちろん我慢して飲んでいる。まだ嫌いな抹茶を飲んでいる方がましだというくらいなのに、彼女のウエイトレス姿を見ていれば、味など気にならない。
「ふーん、そうなんだ」
 彼女の瞳に陰りを見つける。今の反応は気に入らなかったのだろうか。
「まあ、いいや。またいつでも来てよ」
「ああ、もちろん。バケツで用意して貰っても構わないぞ」
 放課後、彼女は何もいわずに家に帰る。もちろん今日はバイトの日だっていうことも知っている。
 俺の部活は茶道部だ。もちろん俺の意思ではなく、家族の意思で宣伝活動という名目で入っている。そっちの方が小遣いが3割増しになるからだ。
 俺はその宣伝活動をして得た金で彼女の珈琲を飲みに行く。珈琲部があれば、俺は迷わず入り、彼女の気を引こうとしているだろう。
 彼女の店が目に入った。背筋を正し、自分に暗示を掛ける。俺は珈琲が好きで、今が夏でもホットのブラックしか飲まない。彼女の店の珈琲は世界一美味しい。お冷は絶対に口にしない。
 店に入ると、彼女が目に入った。今日もきちんとしたウエイトレス姿だ、この姿を見るために俺はここにいる。
「いらっしゃい、今日もいつものでいいの?」
「ああ、もちろん」
 豆の種類などわかるはずがない。お茶の種類だってわかっていないのだ、彼女に出されたものをきちんと頂く。これが俺の流儀だ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
 まずは香りを嗅ぐ。もちろんわからない。どの珈琲だって同じだ、セブンの豆から挽いた珈琲も缶コーヒーの味もわからないのだから、意味はない。ただのスタンドプレーだ。
「ねえ、そういえば知ってる?」
 彼女の得意のフレーズだ。俺が一人寂しく珈琲だけを飲んでいると、必ず声を掛けてくれる。彼女の言葉を聞きたいがために、俺は本を持っていかないし、ただ一人でこの席に座る。
「お茶の中でもさ、花が開くお茶があるんだよ。工芸茶っていってさ……」

 次の日。
 彼女は突然いなくなった。厳密にいえば、彼女は留学することになったのだ。それは始めから決まっていて、俺が介入する余地のないものだった。
 悔しかった。彼女にはよき理解者であると自負していたからだ。彼女にとって俺はただのクラスメイトだったのだ。
 留学するといっても、半年間だ。彼女は父親のいる海外へ行くらしい。
 半年という期間は短いようで長い。俺達はその間、考え方も大きく変わるだろう。中学生が高校生に変わる速度は四季の変化よりも早いのだ。
 季節を越しても、俺はあの珈琲店に行くことはなかった。彼女のいない店に何の魅力も感じなかったし、彼女にとって俺はそれだけの人物だということも思い知らされた。これ以上、関わっては自分が傷つくだけだと思った。
 季節は夏から秋へ変わり、冬へと入った。あの頃は半袖で風を浴びながら話していたが、今はマフラーにコートまで掛けている。
 冬休みに入って部活動もなかった俺は仕方なく、家の手伝いをした。何も考えずに働くのは嫌いじゃない。単純な力仕事が以外にも頭を軽くしてくれる。
 10月に取り入れた四番茶を運んでいると、体が動かなくなった。うちの店の前に知っている人物が現れたからだ。そいつはマフラーと耳宛をつけたままじーっと看板を眺めている。
 どうして彼女が?
 半年といっていた期間よりも二ヶ月も早い。
「お、やっほー」
「どうしたんだ、いきなり」
 俺は茶葉を担いだまま答える。この重い袋がなければどこかに飛んでいきそうなくらい不安定になる。
「ん?新年はやっぱり日本で過ごしたいなと思ってさ」
「そっか。ってそうじゃない」
 俺は普通に会話していることに驚いた。彼女の自然な会話につられてしまったのだ。彼女にとって俺は本当に何でもない存在だったのだろう。だからこうやって時間が空いても店に気軽に来れるのだ。
「ねえ、知ってる?新茶ってさ……」
「知らないよ」俺は反射的に答えた。「お前が留学することも知らなかったし、お前がどこの国にいったのかも知らない。お前が……俺のことをどう思っているかも知らないよ」
 俺は答えながら泣いていた。ただ感情が溢れてきて、止めることはできないのだ。
「俺はお茶屋なのにお茶のことも、わからない。身近にあるものだってわかってないんだ、ましてやお前のことなんて……何もわからないよ……」
 どうしようもなかった。ただ彼女の顔を見た時に最初に感じたのは恐怖だった。俺は彼女のことを何も知らない、彼女も俺のことを知らない、どうして彼女のことを知ろうとしたのかもわからない。
「そっか……」
 彼女はそういって下を向いて黙り込んだ。その表情は初めて見るものだった。いつも明るい笑顔しか見たことがない俺にとっては複雑な心境だった。
「ごめんね、実はいいたいことがあったの」
 …知りたくない。
 心の声はそういっている。だが体が硬直して何もいえずにいる。
 俺が黙っていると、彼女は顔を上げた。
 その目元には微かにだが液体が帯びていた。
「私ね、実は深煎りコーヒーが好きなの」
「え?」
 俺は担いでいた茶葉を落とした。袋から葉が零れ柔らかい音が砂時計のように流れていく。
「飲めないって嘘ついてたけど、本当は好きなんだ。だからあなたがあの珈琲を好きっていってくれて嬉しかった。あなたにもっと美味しい珈琲をいれてあげたかったの」
 彼女は大きく吐息をついた。その手は大きく握られている。
「だからさ、あなたが好きっていった珈琲を実際に見てきたの。向こうでは季節が逆転するからさ、珈琲の出荷を見るためには今しかない、って思ったの」
「うそ、マジ?」
「おおマジよ」彼女は目を背けずにいう。「だからね、驚かそうと思って、黙っていったの。あなたを驚かせたくて色々な情報を仕入れにいってきたのよ」
「そうだったのか……」
 俺は申し訳なくなり目の前にある袋のように萎んでいった。
「すまん、俺が珈琲が好きだっていうのは嘘だ。一番好きなのは新茶だ」
 俺はきちんと彼女に伝えた。
「ブラックの珈琲は嫌いだ、砂糖なしじゃ飲めないし、抹茶の方がまだ飲める。俺があの店に通っていたのはお前がいたからだ」
 俺ははっきりと彼女の顔を見ていった。これ以上、隠し事はしたくない。
「だからお前が海外に行くって聞いてから、あの店には行ってない。いっつも我慢して飲んでたんだ」
「うそ、マジで?」
「おおマジだよっ」俺は思いっきり叫んだ。「ついでにいえば、ウーロン茶は緑茶と一緒の茶葉だってことも知ってた、さらにいえば、紅茶だって一緒だ」
「うそ、マジ?」
「ああ、マジだよっ」俺は空を見上げていった。「俺が好きなのはお前だけだ、お前のウエイトレス姿が好きで通ってたんだよ!」
 彼女の表情は変わらなかったが、瞳に陰りが見えた。ここまでいわなくてもよかった、という後悔を帯び始める。
「で、君はどうしたいの?」
「どうもしたくねえよ」俺は咄嗟に否定した。「もうお前に振り回されたくないんだ、だから……ここにはもう来ないでくれ」
「そっか、そうだよね……」
 彼女は踵を返した。
 だがそのまま彼女は口にした。
「ねえ、知ってる?お茶の葉は一年に四回も摘まれること」
「知ってるよ」
「ねえ、知ってる?新茶が飲めるのは短いけど、熟成すれば冬にでも飲めること」
「知ってるよ」
「ねえ、知ってる?私が好きなのはあなただけってこと」
「今、知ったよ」
 俺は答えた。
「……なあ、知ってるか?お茶にもカフェインが含まれていて、ウーロン茶や紅茶にも含まれていること」
「うんん、知らない」
「なあ、知ってるか?珈琲よりも玉露の方がカフェインが多いこと」
「…知らない」
「なあ、知ってるか?俺も好きなのはお前だけってこと」
「……うん、知ってる」
 そういって彼女は泣きながら笑顔を見せてくれた。
 気がつけば彼女を腕の中で抱きしめていた。彼女の耳宛が頬にあたり心まで緩くなっていく。
 どうして早く答えなかったのだろう。
 俺は彼女が好きで、彼女に会いたいがために喫茶店に通っていたのに。
「ねえ、知ってる?今の私の気持ち」
 彼女の瞳と唇に目を奪われる。これ以上は誰にでもわかることだ。だが敢えてここはこう、答えなければならない。
「知らないよ。俺はお前の気持ちなんてわからないから、教えてくれよ」









タイトルへ→http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1952136676&owner_id=64521149


※同じお題で『別の作者様』の作品です。よければよっていって下さい。


タイトル『短編小説「雁が音(かりがね)」』 作者:なやみムヨウ様  
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1952094683&owner_id=64385308
原付バイクで手に入れた小さな自由でお茶屋さんに通う女性の、ある日常を描いたもの。


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