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2018年10月14日12:15

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『花婿にウェディングドレスを』

 2018年のラダ誕作品です。
 ラダマンティスへの誕生祝いと称してカノンがウェディングドレスを着せられる話です。ロス誕とネタが被ってしまいますが、他に思いつかなくて…orz
 ラダカノを書くならシリアスでクールでハードボイルドな話を書きたいと思っているのですが、こんなイロモノな話になってしまったのは、だいたいミーノスのせいです。
 サッフォーの詩は沓掛良彦『サッフォー 詩と生涯』を参照。まあ、彼女が恋愛の対象にして詩で歌ってるのは「女性」なんすけどね。
 ラダマンティスの神話上の妻アルクメーネーが登場する話はこちら。『絆』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4442159
 ミーノスとラダマンティスの神話時代の話はこちら。『クレタから吹く風』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4144377
 去年のラダ誕作品はこちら。『口づけは密やかに』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8803435


『花婿にウェディングドレスを』

 10月30日。それは冥界三巨頭の一人、天猛星ワイバーンのラダマンティスの今生での肉体が生誕した日であった。
 神話の時代から冥府の判官として冥界で存在し続けるラダマンティスだが、一応、当代ではこの日を誕生日として祝うのが習いになっている。「祝う」と言っても盛大なパーティーを開くとかではなく、具体的には恋人である双子座の黄金聖闘士にして海将軍筆頭・海龍であるカノンと二人きりで甘い時間を過ごすのである。
 片方は冥界で裁判官として、片方は海界で最高統治者として、ともに多忙な日々を送る二人には、貴重な逢瀬の機会であった。
 そんなわけで、今年の10月30日も、夕方ごろにカノンが冥界のカイーナにあるラダマンティスの居城を訪ねてきてくれる約束になっていた。だが約束の時間が来てもカノンは姿を見せず、ラダマンティスは
「…まぁ、あいつのことだからな。急用でもあって遅れているのだろう」
 と、さして不思議にも思わず、私室の居間でじっとカノンを待っていた。
 その時、部屋の扉がノックされた。
「ラダマンティス様」
 副官であるバレンタインの声だった。
「入れ」
 扉を開けたバレンタインに、カノンを心待ちにしていたラダマンティスは思わず浮ついた声で尋ねてしまった。
「カノンが来たのか?」
「いえ。ミーノス様がいらっしゃいまして…」
「ミーノスが?」
 途端にラダマンティスの顔が険しくなった。同じ冥界三巨頭の一人である天貴星グリフォンのミーノスは、「私はあなたの兄ですからね」と、神話の時代にともに大神ゼウスとテュロスの王女エウロペの間に生まれた同母兄弟だったという縁を持ち出して何かとラダマンティスに絡んでくるのだ。だが彼がラダマンティスのために何かしようとすると、ろくでもない結果につながることが多いのだ。本人としては好意でやっているらしいのだが、なぜかその好意とは裏腹に、ミーノスの行いはラダマンティスを困らせる羽目になるのである。神話の時代の記憶など、今となっては冥衣からインストールされた無味乾燥な「データ」でしかないラダマンティスにとっては、いい迷惑である。
 あのサド傀儡師め、今度はどんな面倒な厄介事を持ち込んできたのか、とラダマンティスは警戒した。
「お誕生日おめでとうございます、ラダマンティス」
 だが当のミーノスはそんなラダマンティスの不信など素知らぬ顔で部屋に入って来ると、ぬけぬけと誕生祝いの言葉を述べた。
「…どうも」
 短く答えたラダマンティスに、ミーノスはにこやかに告げた。
「嫌ですねぇ。そんな厳しい顔をしないでくださいよ。あなたのためにとっておきの誕生日プレゼントを用意したんですよ」
「……」
 嘘くさいミーノスの笑顔にも、ラダマンティスの警戒の念は一向に晴れなかった。
 ミーノスが配下の雑兵たちに運ばせてきたのは、漆塗りの大きな黒い木箱だった。形状からすると、棺、と言ったほうがいいかもしれない。
「…なんだ、これは?」
「あなたへのプレゼントです。開けてみてください」
「……」
 警戒したまま、ラダマンティスは箱のふたを取り除いた。そして中に入っていたのは…。
 純白のロングドレスを着たカノンだった。
「…は?」
 思わず、ラダマンティスの目が点になる。
 箱の中に横たわるカノンは、目を閉じて安らかに眠っていた。その身には処女雪を織り上げたような真っ白のドレス、おそらくはウェディングドレスであろう、をまとっている。
 ハイネックの首周りに、デコルテと肩の部分をシースルーにしたウェディングドレスは、カノンの引き締まった胸周りをぴったりと包んでさらに細身に見せていた。絞った腰から下のスカートは足元まで覆うマーメイドラインで、長身であるカノンのスレンダーな姿態を引き立たせている。袖は膨らみのついた半袖で、腕は二の腕まで長い白手袋で包まれ、胸の前で組まれた手には白薔薇のブーケが握られていた。頭からは透ける長いベールがかけられ、愛の女神アフロディテの聖花、花嫁にはふさわしい祝いの花だが、季節外れの銀梅花(ミルテ)の花冠が頭上を飾っている。ごてごてとしたレース飾りや模様の一切ないシンプルな白いドレスは、カノンによく似合っていた。
 よく似合ってはいたが…。
「な、な、な…」
 予想もしなかった箱の中身にラダマンティスは言葉を失い、カタカタと震えた。
「なんだ、これはーっ!?」
「だからあなたへの誕生日プレゼントですよ」
 叫んだラダマンティスに、ミーノスが朗らかに笑いながら答える。
「だから…!なんでカノンが…!?ウェディングドレスで…!?」
 にんまりとミーノスが意味深な上目遣いでラダマンティスを見やった。
「ラダマンティス、あなた…『カノンと結婚したい』『神の前で永遠の愛を誓いたい』、そんな風に思ったことがありませんか?」
「うっ…!?」
 言葉に詰まったラダマンティスだが、慌てて否定した。
「そ、そんな馬鹿なことを…おれが思うわけ…」
「本当に?一瞬たりとも思ったことがなかったと、断言できますか?」
「う、う、う…」
 嘘のつけないラダマンティスであった。
「ですから〜」
 と、ミーノスが再びにこやかに言う。
「この際、あなたの願いをかなえて差し上げようと思ったんですよ。花嫁衣裳姿のカノンと結婚式!最高の誕生日プレゼントでしょう!?」
 もちろん結婚指輪も用意してますよ、と、ミーノスがリングケースを懐から取り出す。中にはシンプルな形の黄金の指輪が二つ、入っていた。
「いや…しかし…」
 予想もせぬ状況に戸惑うラダマンティスは、すーすーと寝息を立てているカノンを改めて見た。
「そもそも…どうしてカノンは眠って…」
「ああ。最初は起きたままウェディングドレス姿であなたのもとに運んで来ようと思ったんですけどね。カノンが『ふざけるなー!』と怒って、暴れて、コズミック・マリオネーションで捕らえたんですけど、どうしても大人しく着替えさせることができなかったので、催眠香で眠ってもらったんですよ」
 しれっとミーノスがおそらくは修羅場であったろう裏事情を暴露する。
「ミーノス、お前…!」
「大丈夫ですよ。すぐに起きますから」
 ミーノスは懐から小さなガラス瓶を取り出してふたを開け、気付け薬をカノンの鼻に嗅がせた。
「…う…」
 強い匂いにカノンは眉をゆがませ、まぶたを開いた。
「カ、カノン…」
「……」
 顔をゆがませたまま、目を覚ましたカノンは上半身を起こした。そして立ち上がり、箱の外に出ると。
 容赦なくラダマンティスの腹に白いサンダルを履いた足で蹴りを入れた。
「ぐおっ…!」
 ラダマンティスが衝撃で後ろに吹っ飛ぶ。
「ラ〜ダ〜マンティス〜、貴様〜」
 怒りのオーラを全身にみなぎらせたカノンが、ラダマンティスに迫る。迫るのだが、鬼のような恐ろしい形相に対して着ているのがウェディングドレス、つまり女装なものだから、どうにも格好がつかなかった。
「よくもおれに…こんな無様な格好を…!」
 頭上で両腕を組み合わせたポーズを取るカノンにラダマンティスが必死に弁明する。
「違う!誤解だ、カノン!ミーノスが勝手にやったことだ!おれは何も知らなか…」
「やかましいわ!ミーノスともども、銀河の星屑となれ!」
「うわあああーっ!」
「はいはい、痴話喧嘩はそこまでにして」
 二人の争いにミーノスが介入した。コズミック・マリオネーションでカノンを捕らえ、動きを封じる。
「…くっ!放せ、ミーノス!」
「嫌ですよ。あなた、私にもギャラクシアン・エクスプロージョンを食らわせる気でしょう?」
「当然だ!」
「まあまあ、そう腹を立てず」
 この状況を作った張本人でありながら、まるで罪のない顔をしたミーノスは、リングケースをカノンに示した。
「ラダマンティスの誕生祝いの、ちょっとした余興だと思えばいいんですよ。どうせ法的には何の意味もないんです。ただのお遊びですよ」
「『ただのお遊び』でこんな姿にされてたまるかーっ!だいたい、なんでおれがウェディングドレスなんだ!?」
「え?じゃあ、あなたはラダマンティスのウェディングドレス姿を見たいんですか?」
「見てたまるかー!そうじゃくてな、おれも男なんだからタキシードとか…」
「ああ、では、結婚式をやることには異論はないんですね」
「そういう問題じゃねぇぇぇーっ!」
「カノン…」
 カノンとミーノスがやり取りをしている間、完全に疎外されていたラダマンティスが口を挟んだ。
「なんだ、ラダマンティス!?」
「その…綺麗だ」
「は?」
 ラダマンティスの賞賛に、ぽかーんとカノンが口を開く。
「こういうことを言ったらお前は怒るかもしれないが…でもそのドレス、よく似合っている…」
 伏し目がちにラダマンティスがぼそぼそと語る。どうやら照れているらしい彼の様子に、カノンの怒気はすっかりそがれてしまった。
「ああ、もう…この…馬鹿が…っ!」
 とうとう、カノンは折れた。
「やりゃあいいんだろうが!結婚式!」
 だん!と床を足で蹴り、やけくそのように叫ぶ。
「でもこの部屋の中だけだからな!ハーデス神殿まで出向いて愛の宣誓とか祝福とか、絶対にやらねぇぞ!だいたい、そんな真似はアテナに不敬だ!」
「も、もちろんだ!ここで誓ってくれるだけで十分だ!」
 前向きになったカノンの返答に、ラダマンティスの気分も浮きたった。
『カノンと結婚式。カノンがおれに永遠の愛を誓ってくれる。ああ、夢ではないか…』
 まだ怒りの収まらないカノンとは対照的に、ラダマンティスは頭の中に花畑を咲かせて、虹色のオーラを体の周囲に発していた。
「では、あとはお二人でやって下さい。私はラダマンティスの寝室を新婚にふさわしく飾っておきますからね」
 こうして終始楽しそうに上機嫌なまま、ミーノスはカノンにかけたコズミック・マリオネーションを解除して、リングケースをラダマンティスに手渡すと、彼の部屋を出て行ったのだった。
「……」
 ぶすっと不貞腐れた顔のカノンに、ラダマンティスが語りかける。
「『私の目には、あの人は神にも等しいと見えた。あなたの向かいに座り、いと近くより、愛らしく語るあなたの声に聞き入って』」
「…サッフォーの詩だな」
 紀元前6世紀のギリシャの女流詩人、「愛の発見者」「十番目の芸術の女神(ムーサ)」と呼ばれたサッフォーが、愛しい人から受けた愛の衝撃を歌った詩句の一部を、ラダマンティスは吟じてみせた。
「おれの目にも、お前はそのように映った。神とも、女神とも見まがうようだ。見とれて声を失い、心臓は早鐘を打ち、ただ冷や汗を流し、あとはこの肌を炎に焼かれるだけ…」
「大げさだな」
 カノンの手を取って、甲に接吻して愛を語るラダマンティスに、カノンは苦笑した。
「本当は…心の奥底ではずっと願っていた。お前と永遠の愛の誓いを立てられればどんなに良いかとも…」
「ふんっ」
 だがカノンはラダマンティスの鼻を軽く指ではじいて彼の睦言を一蹴した。
「そんなことを言って、お前には神話の時代の妻がいるだろうが」
 神話では、ラダマンティスはヘラクレスの母アルクメーネーを妻に迎えたとされていた。それはゼウスの意志だったとも、神となった息子ヘラクレスの意向だったとも言われている。
「いや、だがそれは…神話の時代のことで…」
「でも、まだいるんだろ?」
「う…、その…すまん…」
 申し訳なさそうにラダマンティスはうなずいた。
 今でもアルクメーネーは「幸福の島」と呼ばれる浄土に住んでいる。離婚した覚えもないが、だからといって神話の時代のその婚姻が今でも有効かと言われると、ラダマンティスは「おれも生まれ変わっているのだし、さすがに時効では…」という感じがするのであった。
「まあ、いい。どうせお遊びだ。結婚するなら女性関係を身綺麗にして来いとか、いちいち要求するのもあほらしいな」
 自分で難癖をつけておいて、勝手に考えを翻したカノンに、今度はラダマンティスが渋い顔になった。
「そういうお前のほうはどうなのだ?女性関係は…お前の場合、女だけとも限らんが…、お前は身綺麗なのか?」
「おれ?」
 片眉を上げて、カノンが挑発的な笑みを見せる。
「おれは結婚歴なんかないぞ。お前と違って」
 懸念を嘲られたようで、ラダマンティスは声を荒げた。
「独身なら『身綺麗』というものでもないだろうが!だいたいお前は…!」
 食い下がるラダマンティスに、カノンは
「あははは」
 と、軽やかな笑い声を立てた。
「笑ってごまかすな、カノン!」
「くどいぞ、ラダマンティス。いいじゃないか。おれがこんなふざけた茶番に付き合う相手はお前だけだ。それで満足しろ」
 そう言うとカノンはラダマンティスの手にしたリングケースから結婚指輪を取り出した。裏面を見ると、一つには「R to K」とあり、もう一方には「K to R」とある。
 「ラダマンティスからカノンへ」。そう刻まれた指輪を、カノンはラダマンティスに差し出した。
「ほら、はめてくれ」
 手袋を脱ぎ、自分の左の薬指をカノンが示す。
「いつも共にいられるわけじゃないし、病める時も、貧しい時も、困難な時も、お前の側にいてやれるとは限らんが、それでもいいなら、この一生はお前に愛を誓ってやる」
「もちろんだ、カノン」
 そしてラダマンティスはカノンの左の薬指に指輪をはめた。ミーノスはいつの間にカノンの指のサイズを図ったのやら、その指輪はカノンの薬指にぴったりだった。
「おれも…今生では、お前だけを愛し、お前だけを思うと誓おう。死が二人を分かつまで…」
 誓いとともに、ラダマンティスは自分の左の薬指に指輪をはめた。不変の愛を示すように、永の歳月にも錆びることも朽ちることもない、黄金製の指輪を。
 ラダマンティスは微かに笑い、カノンにささやいた。
「本当はお前にずっと指輪を贈りたかった。お前の指にはめてほしかった。おれからの結婚指輪を…」
 そして、声を低くして続けた。
「お前を…おれに縛ってしまいたかった。ゼウスが鉄と岩の指輪でプロメテウスを縛ったように…」
 結婚指輪の起源はギリシャ神話のゼウスとプロメテウスの逸話に由来するという話がある。かつて大神ゼウスは自分に逆らったプロメテウス神をカウカソスの山に鎖で縛り付け、その内臓を大鷲に食らわせるという拷問にかけた。しかし三万年後、ゼウスの息子ヘラクレスが冒険の途上でその大鷲を射落とした。ゼウスは息子の偉業を喜び、またプロメテウスがゼウスの統治に必要な予言を教えたことから、彼を解放することにした。しかしかつてゼウスは冥界の河ステュクスの流れにかけて「プロメテウスを絶対に解放しない」という誓約をしていたため、プロメテウスの指に枷の鎖とカウカソス山の岩から作った指輪をはめさせて、束縛の象徴として、誓約破棄の罰を回避したのだという。
「馬鹿が…」
 ラダマンティスの正直な欲望の吐露に、カノンもまたひっそりと笑った。
 二人にも分かっていることがある。
 それは、人間であるカノンはいずれ死ぬ、ということだ。
 そしてもし転生が許されるなら、その時にはカノンはラダマンティスのことなど全て忘れるのだ。だがラダマンティスは、永遠に冥府の判官として存在し続ける。カノンがこの世界から消え失せ、異なる存在となり、彼のことを忘却した後でも、ラダマンティスはカノンのことを記憶し続けるのだ。
 この愛の誓いは、所詮、永劫のものにはなり得ない。
 それでも二人は、いま生きている限りは互いを愛し合おうと誓い、その誓約として口づけを交わしたのだった。

 そして「結婚式」を終えた二人がラダマンティスの寝室に入ると、元は重厚な内装だったその部屋は、ミーノスによって床やベッドに真紅の薔薇の花びらがまき散らされて、さらに濃いピンク色のフリルだのリボンだの花飾りだの枕だのシーツだのによって派手派手しく飾り立てられていた。
 そのあまりに「新婚さん、いらっっしゃい」なこってこてのデコレーションに、ラダマンティスとカノンは深く頭を抱えたのだった。

<FIN>

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