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2016年10月22日02:08

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『海神の子』第2話

『海神の子』第2話

 ポセイドンによって女の身に変えられ犯されたカノンは、サイズの合わなくなった衣服を身につけ、ふらつきながらも海界にある彼の公邸にと帰還した。
 地上と海界をつなぐ水脈を通り、出口となる泉から姿を現す。すると、カノンの前に海界の「白き女神」レウコテアがニンフたちを従えて立っていた。海界のニンフたちのまとめ役にして海闘士たちの世話係、カノンの後見役でもあったその女神は、カノンの姿を見ると彼の前に膝を折った。従っていたニンフたちも同様にカノンの前に頭を下げる。
 純白の顔の中で鮮やかに色ついている珊瑚色の紅唇をレウコテアが開いた。
「お喜びを申し上げます、シードラゴン」
「な…に…?」
 思いも掛けなかった彼女の出迎えと言葉に、カノンが呆然とした。白い女神が言葉を続けた。
「ポセイドン様から御子を賜りましたこと、まことに慶賀すべきことかと存じ上げます。我らにとってもポセイドン様の御子をこの腕に抱けることは身の誉れ。我ら『白の館』のニンフ一同、シードラゴンのご出産がご無事に叶いますよう、これまで以上にシードラゴンの身辺に気を配ってお仕えいたします」
 海界に帰ってくるなり、レウコテアに頭を下げられ祝いの言上をされたカノンは、意表を突かれてしばらく立ちすくんでいたが、やがて彼は震える手で自分の腹部を撫でた。
「本当に…ここにいるのか、ポセイドンの子が…」
「はい。ポセイドン様からのお言葉を私も聞きました。双子の男児とのこと。きっと強く賢く美しい子がご誕生になるでしょう」
「……」
 カノンは青ざめ、唇を震わせた。
「い、いやだ…」
「シードラゴン…」
「いやだ、いやだ、いやだぁ!おれはそんなもの産みたくない!」
 カノンは両手で己の腹部を激しく擦った。そうすることで子を堕ろそうとするかのようだった。
「シードラゴン、いけません」
 レウコテアがカノンの手を握って彼の動きを制する。ニンフたちもカノンの体をつかんで暴れるのを止めようとした。
「レウコテア、いやだ!おれは産みたくない!子など堕ろしてやる!」
「なりません。ポセイドン様から賜った御子なのですよ。大切にせねば…」
「いやだ、いやだ…!産みたくない…!気持ち悪い…怖い…。助けてくれ、レウコテア…!」
「シードラゴン…」
 半狂乱の体でいやだと泣き叫び、蒼白な顔で自分にすがって助けを求めるカノンの姿に、レウコテアは悲しそうな顔になった。
『可哀想なシードラゴン…』
 立場上、ポセイドンに対しての批判を言うことは出来ず、懐妊の祝いを述べたレウコテアだったが、内心ではカノンの境遇に同情していた。
 肉体を女に変えられ、犯され、孕まさられ、子を産まされるなど、カノンには想像もしていなかった事態だろう。カノンがポセイドンに対してしたことを考えれば、どのような苦痛や屈辱が与えられても致し方ない。だがその「罰」をまさかこんな形で受けることになるとはカノンは思いもしなかったに違いない。
 肉体が女になったことへの嫌悪、犯された恥辱、男である自分が妊娠するという不気味さ、望んでもいない子を産み落とすという恐怖…カノンの精神はそれらの負の感情で押しつぶされそうだった。
『それでもポセイドン様はシードラゴンがお気に入りなのだ。だから罰にかこつけて己の子を産ませるなど…』
 己の子を身籠らせることで、カノンを双子座の黄金聖闘士として認めているアテナに対しても、「カノンはお前のモノではない、私のモノだ」と見せつけたいのかもしれない。処女神であるアテナには、カノンとの間に子を成すなど取れない手段なのだから。
 レウコテアは腕を伸ばしてカノンの体を抱擁し、その頭をぎゅっと柔らかな胸の中にに抱きしめた。
「大丈夫ですわ、シードラゴン。怖いことなど何もございません」
「レウコテア…」
「私がシードラゴンをお守りします。すべて私どもにお任せください。お気持ちを安らかに持って…ただ御子様の誕生を待てばよろしいのですよ」
「……」
 カノンは首を力なく横に振りながら、レウコテアの腕の中で泣いていた。

 ポセイドニア共和国の元首(アルコン)にして将軍(ストラテゴス)、政治と軍事の最高責任者にして統治者であるシードラゴンのカノンが、女になってポセイドン神の子を身籠った。
 驚天動地の知らせに、ポセイドニア社会は上から下まで蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
 古代ギリシャの伝統を受け継ぎ男性優位社会であるポセイドニアでは、女性の参政権を認めていない。なのに「元首」が女の体になったということにどう対処するのか、政界はまずそれで揉めた。
「女が元首で将軍というのはありえん。シードラゴン様にはひとまず公職を退いていただこう」
「だが誰を次の元首と将軍に選出する?シードラゴン様の代わりが務まる者などいないぞ」
「それに女性になったとはいっても一時的なもので、出産後はまた男性に戻られるという話だ」
「一時的なものなら、あえて職務を交代させる必要もないのでは?かえって混乱する」
「元首職は基本的に終身職だしな。一時的な代理のつもりで選出した人間が、シードラゴン様が男に戻られた後もずるずると元首の椅子にしがみ続けたら面倒なことになるぞ」
「しかし元首職は激務だ。執務を続けて、過労でもし母体や御子に万が一のことがあったら…我らはポセイドン神のお怒りを買うかもしれん。せめて休職していただいたほうが良くないか」
「しかし代わりがなぁ…」
「それについては、まずは可能な限りシードラゴン様のお仕事を減らすことにしよう」
「職務遂行がいよいよ困難になることがあったら、その時にはシードラゴン様には休んでいただいて代行を立てればよかろう。どうせ一時のことだ」
「ではとりあえず職務はこれまで通りシードラゴン様にしてもらうということで…」
 という次第で、結局は「これまで通り、お仕事お願いしまぁす」ということで決着がついた。妊婦に休まず働けとは、ポセイドニア政界はなかなかにブラックな職場である。
 そしてポセイドニアの庶民はと言えば、「…まぁ、神様の御意志なら仕方ないんじゃね?」と事態を受け入れた。「ポセイドン様の御子を賜るのは恩恵だ。これでポセイドニアは神の祝福を受け、ますます繁栄するだろう」と前向きに受け取る者も多かった。
 カノン自身は女になった姿を人目になどさらしたくなかったのだが、かといって元首公邸の奥に引きこもっているだけでは統治者としての仕事を十分に果たすことは出来なかった。それでも彼の意向をくんで、代行を立てられるときは代行を立て、なるべく人前に出ない形で職務を続けることになった。
 もっともポセイドニアの市民は物珍しさで女性になったカノンの姿を見たがった。彼が列席する予定になっている競技会だの祭儀だのには見物人が押し寄せ、珍獣扱いされたカノンを「順応力が高いにもほどがあるだろ」と憮然とさせた。そして人々は女性に変わったカノンの姿を一目でいいからとのぞき見ては、「うぉ〜、あれが女になったシードラゴン様かぁ」「はぁ〜、別嬪さんじゃのぉ〜」と神の奇跡に感嘆の息をついて満足するのだった。
 「カノンが女になりポセイドンの子を妊娠した」話は聖域にも伝えられ、その話を聞いた双子座のサガは驚きのあまり飲んでいた紅茶を噴き出した。彼はさっそく「妹」になったカノンの見舞いに海界を訪ね、以後、足しげくカノンのもとに通うようになった。妊婦になった「妹」に、サガはカノンが「弟」だった時よりもずっと優しかった。
 そしてカノンが妊娠して二か月ほどたったその日も、サガはカノンの見舞いに海界を訪ねていた。
「カノン、体調はどうだ?」
 午後、書類仕事を一通り片付けたカノンは私室で休息していた。
 「女の格好などしてたまるか!」というカノンの意向で、着ている衣装は男性のものと同じ形をした、長くてたっぷりした袖と裾のある、ゆったりしたTシャツ型の衣装であるダルマティカだ。女性の場合、長袖で丈長のチュニックの上に、両脇を縫って両肩でブローチで留めるストラを身に着けるのがポセイドニアでは一般的なのだが、カノンはその格好を断固、拒否していた。仕えるニンフたちはカノンの豊かな銀髪を結い上げ、化粧もさせて、宝石類で身を飾らせたがったのだが、それもカノンは拒否し、「こんなにお美しいのにもったいない…」とニンフたちを残念がらせていた。
「ああ、サガ、来たのか」
 兄の訪問に、椅子に座っていたカノンが顔を上げる。
「アテナからいただいた日本産のリンゴを持ってきた。少し食べてみないか?皮をむこうか?」
「ああ、そうだな」
 サガは女官としてカノンに仕えているニンフに頼み、厨房から小ぶりなナイフと皿を持ってきてもらうと、持参したリンゴをむき始めた。
「つわりの具合はどうだ、カノン?」
「吐き気と頭痛が慢性的にして、気分が悪い…」
「落ち着くにはもう少し時間がかかるか…。食事は取れているか?」
「何とか…。これでもつわりとしては軽い方だと医者に言われた」
 サガがリンゴをむいている間、カノンはポセイドニアで発行されている新聞をいくつか読んでいた。
「…まったく、どいつもこいつも好き勝手言ってくれて…」
 ため息というには大きな息をついたカノンが、うんざりした顔で新聞紙を机の上に投げ出した。
「どうした、カノン」
「まあ、読んでみろ」
 不機嫌そうに顔をしかめたカノンは、サガがむいてくれたリンゴをかじった。サガが新聞紙を広げてみる。ギリシャ語に類似したポセイドニア語で記事が印刷された紙面には、「シードラゴン様が女性になったことについてどう思うか、市民に聞いてみた」というアンケート結果が載っていた。
 「早く男性に戻って欲しい…56% 女性のままでも構わないと思う…34% どちらとも言えない…10%」
 さらに「市民からの声」としていくつかの意見が載っている。
「シードラゴン様なら女でも問題なく職務が出来ると思うんで、このままでもいいです(40代男性)」
「どこかの国に攻められたら、妊婦だと軍の指揮に支障が出ると思うので、早く男に戻っていただきたいです(30代男性)」
「これを期に女性にも参政権を認めるべきです!(30代女性)」
「美人すぎて驚いた。ぶっちゃけ、やりたい(20代男性)」
「女体化したシードラゴン様の姿、すっごく萌えました!次の本はレウコテア様とシードラゴン様の百合本にします!(10代女性)」
「アフロディテ女神の裸体像を彫ってくれと依頼を受けたので、シードラゴン様にモデルになって欲しいです(30代男性)」
「今のうちに肖像画を描かせてもらえないかなぁ…(40代男性)」
「シードラゴン様の御子息の嫁御はぜひ我が一族の娘から出したい(50代男性)」
 などなどの意見が紙面を飾っていた。
 その他にも、「シードラゴン様の出産日はいつになるか」「子供の名前は何になるか」で賭けが行われており、予想の上位ランキングが掲載されている
「…ポセイドニア市民はずいぶんとノリがいいのだな…」
 呆れたような、感嘆したような吐息をついて、サガは紙面を閉じた。
「ノリがいいにもほどがあるわ!男が女になって妊娠したんだぞ!?少しは慌てろよ!まったく…」
 カノンは市民への不満を八つ当たりするかのようにばりばりとリンゴを噛み砕いた。
 リンゴを一切れ食べたカノンは、深いため息をついて椅子の背に身を預けた。
「…本当に、ここにいるんだな、ポセイドンの子が…」
 憂うような表情になったカノンが自分の腹を撫でる。
「…まだそんなに大きくなってないな」
 サガはカノンに近づいてひざまずき、「妹」の腹に顔を寄せて微笑んだ。
「まだ小宇宙も感じない…」
「でもいるんだ、確かに…。地上の妊娠検査薬も試した。超音波検査もした。確かに…双子の胎児がいる…この腹の中に…」
 カノンが唇を噛む。
「…今まで何度も秘かに堕ろそうとした…地上でも海界でも…」
「カノン!」
 サガが弟の告白に驚いて顔を上げる。カノンはこわばった顔で言葉を続けた。
「でも、出来なかったんだ…。その度ごとに地震が起きたり、器具が壊れたり、医師が倒れたり、不思議なことが起きて…」
 カノンは蒼白になり、恐怖に満ちた目で自分の腹を見下ろした。
「ポセイドンがおれを見張ってる…。おれを監視してるんだ…。この子たちを確実に産ませようと…神の力で守っている。この腹の中にポセイドンの分身たちがいる…。腹の中からポセイドンがおれを見てる…」
「カノン、落ち着け」
 震える弟の手をサガは握り閉めた。
「怖い…サガ…。この腹の中には化け物がいる…。怖い…産みたくない…」
「大丈夫だ、カノン。大丈夫だから」
「怖い…助けてくれ、サガ…」
 兄の体にカノンはぎゅっとすがりついた。
「大丈夫だ、カノン。産まれる子供は…ただの人間の子供だ」
 サガは怯えた子供をあやすかのように弟の背を撫でた。カノンは首を横に振り、震えながら言葉を漏らした。
「…いっそアテナにおすがりしたい。この腹の中の子供を消してくださるようにと…」
「カノン…」
 サガは体を起こし、カノンを見下ろして彼の肩に手を置いた。
「お前にとっては不本意な変身と妊娠なのだろうが、生まれてくる子には何の罪もないのだ。ポセイドンの子とは言え、せっかく芽生えた命を消すようなことなど…アテナがお許しになるはずがない。そんな真似をすればポセイドンの怒りだって…」
「…正論を言うな!」
 泣き叫ぶかのようにカノンが声を荒げる。
「お前の正論は…いつもおれを追い詰める…!」
「カノン…」
「いやだ…いやだ、産みたくない…」
 それなのに、カノンが秘かに子を堕胎しようとしていたことがレウコテアに知られてから、彼の周囲には今までにもまして手厚く侍女のニンフたちが配され、見守りが強化され、カノンが腹の子に危害を加えることが万が一にもないようにとの配慮がなされていた。
「大丈夫だ、カノン。この腹の中の子は化け物などではない。元気な、普通の子が生まれる。子が生まれたら、お前も男に戻れる。そうしたらお前の気持ちも落ち着く。しばらくの辛抱だ」
「……」
「お前ももうすぐ人の親となるのだ。この子たちだって、いずれ愛おしく思える日が来る。気を確かにもって、しっかりしなさい」
 そうやって慰め力づける兄の言葉を、カノンは首を振りながらうち沈んだ様子で聞いていた。

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