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2014年09月03日19:56

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『For you』

 2006年ロス誕作。古い作品を調べていたら、この年から毎年ロス誕を継続して書いていることが分かった。
 サガがアイオロスのために誕生日ケーキを作る話…なのだが、拙宅のサガはとにかく料理が苦手という設定なのでこういう仕儀にあいなった。
 そのうちコピー本にするつもりでいるが、発行は来年以降になりそう。今までmixiに載せていなかったので載せることにする。


『For you』


 サガはボウルの中身を慎重に木製のヘラでかき混ぜていた。ボウルの中身は、卵と砂糖と小麦粉の混合物である。今日、彼がこの作業をするのは実にこれで三回目だった。
 親友であり恋人でもあるアイオロスの誕生日に、サガは手製のバースデーケーキを作って祝おうとしていたのだ。彼がかき混ぜているボウルの中身は、成功すればケーキのスポンジになるはずのものである。
 だがサガが休暇をとってまで朝から取り組んでいるこの作業を三度も繰り返しているのには、やはりそれなりの理由があった。というのも…。
「…なぁ。やっぱり手作りは諦めて、スポンジの既製品を買ってきてやったほうがいいんじゃないか?」
「うるさい、デスマスク。気が散る」
 背後のテーブルに肘を突いて見物している蟹座の黄金聖闘士の言葉に、サガはそっけなく答えた。
「いや、でもあんたの料理下手は周知の事実だからなぁ。絶対、そのほうが時間も節約できるって」
「気が散るといっているだろう!」
 苛立たしげなサガの返答に、はあ、とデスマスクはため息を吐いた。
 そうなのだ。今日、三度も同じ作業をするはめになったのは、聖域では知らぬ者のないサガの「料理下手」に原因がある。
 まず最初に挑戦したときは、卵と砂糖を泡だて器でかき混ぜる段階であまりに力が入りすぎ、入りすぎたあげくに摩擦でボウルの底が抜けてしまった。ある意味、聖闘士としてのサガの力の凄さを周囲に再認識させはしたが、ケーキ作りとしては失敗以前の問題である。
 二回目に挑戦したときは、材料を全て混ぜるまでは上手くいってオーブンで焼きはしたのだが、焼く温度が高すぎて出来たスポンジは黒焦げだった。
 さらに三回目はというと、前回の失敗を踏まえてオーブンの温度を下げたところ、今度はスポンジの内部が生焼け状態のまま焼き上がってしまった。
 そして今現在、本日四回目の挑戦にサガは取り組んでいる、というわけである。
 サガは決して手を抜いたり、いい加減な作り方をしているわけではない。むしろ化学実験でもするかのような真剣な顔つきと精密さでもって、作業工程の一つ一つに取り組んでいる。
 だが、薬草を煎じるとかお茶をいれるとか、そういうことには見事な腕前を披露するサガが、なぜか「料理」となると、これがまったく駄目なのだ。もし「料理の守護天使」なるものがこの世に存在するなら、サガはよほどその天使から見放されてしまっているに違いない。
 さらに条件が悪いことに、聖域には電気もガスも通じていないのだ。ゆえに攪拌はすべて手作業でやらねばならないし、オーブン内の温度も薪の燃える加減で調整するしかなかった。
 その上に、サガがケーキのスポンジ作りに挑戦するのはこの日が初めて、とくれば、むしろ上手に完成させる可能性のほうがきわめて低いと考えざるを得ないだろう。
「何も、そこまで手作りにこだわらなくてもいいと思うけれどね」
 と、ケーキ作りでサガの補佐をしている…というよりも、作り方を指示しているアフロディーテが、いささか呆れたように言った。
「アイオロスは、あなたに祝ってもらえるだけで満足すると思うけれど?」
「何を言うか、アフロディーテ」
 木ベラの先についた生地をボウルの中に落とし、サガは言葉を続けた。
「あのカノンとて、ラダマンティスの誕生日には手作りのケーキを贈って祝ったというではないか! ならば私もアイオロスに対してそれくらいのことをしなくてどうする!」
 と、木ベラを握り締めた格好で大真面目な顔をしたサガが堂々と宣言してみせた。
 しかし彼の作業を見守る二人はそろって同じ感想を抱いたのだった。
 気持ちは分かるがどこか重要なポイントがずれている、と。
「…いっそのこと、あんたが自分の体にクリームとフルーツをデコレーションしてリボンで縛って、『はい、プレゼント。好きなように食べて』とでも言えよ。そのほうがアイオロスも絶対よろこ…ぶっ!」
 デスマスクが奇声を発したのは、ボウルが中身ごと彼の顔めがけて飛んで来たからだ。
「…おい、サガ」
 頭からスポンジのどろどろとした生地をかぶったデスマスクの視線の先では、顔を真っ赤にしたサガが木ベラを片手にわなわなと震えていた。
「ば、馬鹿者! 何を言うんだ! ア、アイオロスにそんな…、い、言えるわけが…!」
「…どうでもいいけれどね、サガ。生地はまた最初から作り直さないといけないよ」
 アフロディーテの指摘に、「あ…」とサガが短く声を発した。
 慌ててボウルを洗い、サガは改めて必要な材料をそろえにかかった。そしてこれ以上はないというくらい真剣な表情で、砂糖や小麦粉の計量をしている。
 だが見守る二人はすでに、サガが五回目のこのケーキ作りにも失敗することを確信していた。
 そして、アイオロスの誕生祝いのための夕食の材料を買い出しに行ったシュラとカミュに、ケーキのスポンジも買ってきてくれるよう密かに頼んでおいて正解だった、とも思ったのだった。

 教皇の間での仕事を終えて居住区にある自分の家に戻ってきたアイオロスは、玄関の扉の前に一人の人物がいることに気が付いた。すでに辺りは暗くなっていたが、青みがかった長い銀髪は、それが誰であるかをすぐにアイオロスに悟らせた。
「サガ、どうしてこんなところに…?」
 問うたアイオロスに、サガはいささかうつむき加減になって答えた。
「…あ、あのな、アイオロス。私は、努力はしたのだ」
「は?」
「その、頑張ったのだが、やはり上手くいかなくて…」
「一体、何を?」
 いぶかしむアイオロスの手を引き、サガは彼に家の中に入るよう促した。サガはそのままアイオロスを食堂へと引っ張っていく。そしてアイオロスが食堂に踏み入れた時。
「…うわぁ…!」
 目の前の光景に、アイオロスは感嘆の声を上げた。
 点火されたキャンドルが照らすテーブルの上には、フルコースのディナーが皿に盛られて整然と並んでいた。
 三種類の豆とシーチキンのサラダ、鯛のカルパッチョ、ホワイトアスパラガスのスープ、ヒラメのムニエル、トマトソースのボンゴレ・スパゲッティ、羊肉のローストなど、いずれも普段ならばアイオロスが自分で作って食べることはない品だ。
「これ、まさか、サガが作ったのか?」
 と、彼の壊滅的なまでの「料理下手」を知るアイオロスが不思議そうな顔で問いかけた。そんなアイオロスに、サガが心底申し訳なさそうに答えた。
「いや。料理は、デスマスクとカミュが作ったのだ」
「……。はは…、まあ、そうだよな」
 苦笑したアイオロスに、サガは一つの皿を差し出した。それは既製のスポンジの上に半分に切ったイチゴと缶詰の黄桃を交互に並べてデコレーションしただけの、実に簡素なケーキだった。
「サガ…、これは?」
「…私が作ったのは、これだけなのだ」
「え?」
 驚くアイオロスを前にし、サガは恥ずかしそうにぽつぽつと語りだした。憂いを含んでうつむいた青い瞳が視点を定められず左右にせわしなく動いて、室内を照らすキャンドルの光を瞳の中に反射させた。
「その…、お前に手作りのバースデーケーキを作って食べさせてやりたかったのだが、どうしても上手に作れなくて…。せめて生クリームでデコレーションを、と思ったのだが、クリームを作るのにも失敗して…結局、シュラが買っておいてくれたスポンジの上に、フルーツを置いただけのものになってしまった」
 すまない、とサガは言い、それから慌てて顔を上げた。
「あ、だが、これからもっと練習するから、きっと来年には…」
 サガはそこで言葉を止めた。アイオロスが彼を暖かく包み込むように抱きしめたのだ。
「いいよ、サガ」
「しかし、それでは…」
「その気持ちだけで、おれには十分だよ」
 胸の奥から湧いてくる熱い想いとともに、アイオロスはサガにそう告げた。ありがとう、と言い、抱きしめたままサガのこめかみ付近に口づけをする。
「あの…、いいのか? こんなものでも…?」
「もちろん」
 その言葉に、サガが大きく肩を落とした。生真面目な彼のことだから、アイオロスがどのような感想を述べるだろうかと不安に思って、ずっと緊張したまま玄関の前で帰りを待っていたに違いない。そう考えると、アイオロスは余計にサガが愛しくなった。
「…そう言ってもらえて、よかった。デスマスクなどは変なことを言い出すし…」
「変なこと?」
「ああ。…その、私の体をクリームとフルーツでデコレーションしてプレゼントしたほうがお前は喜ぶとか…。まったく、とんでもないことを…」
「………」
 それはちょっとやってみたいかも、と思ったアイオロスの口の端が笑みの形に歪んだ。そのわずかな変化をサガは見逃さなかった。身体を硬くし、アイオロスから半歩ばかり距離を置く。
「…アイオロス、お前、今何を考えた?」
「…。…え! いや、特に何も考えていないぞ?」
「本当か? まさかお前までデスマスクと同レベルのことを…」
「思っていない、思っていないって。サガ、気の回しすぎだ」
 笑いながら、慌ててアイオロスはサガをなだめにかかった。
 もともと潔癖な性格の上に十三年間を教皇として過ごしてきたこともあって、サガは色事に関してはおよそ年齢不相応な振る舞いを見せる。この種の発言を「冗談」として受け流すことすらできないのだ。
 そんなところもまた可愛いけれど、と思いながら、アイオロスは再びサガを引き寄せた。
「それよりサガ、一番肝心な言葉を聞いていないんだが…」
「肝心な言葉?」
 しばし考え、サガは「あ!」と、軽く声を上げた。
 やがてサガは透き通るような清楚な笑みを浮かべ、アイオロスに向かってこう言ったのだった。
「誕生日おめでとう、アイオロス」
「ありがとう、サガ」
 そうして揺れるキャンドルの炎の向こうで、二つの影が一つに重なった。


<FIN>

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