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2009年06月17日01:37

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草軽電鉄の軌跡【1】新軽井沢-旧軽井沢-三笠-鶴溜 

軽井沢、北軽井沢、草津。この3つの高原リゾートを結んでいた夢の鉄道、草軽電気鉄道。廃止から約半世紀、消え去りつつある、このフロンティアの軌跡を追いかけた。

軽井沢駅の北口を出て右側、土産物屋やバス駐車場のある一角が新軽井沢の駅があったとされる場所だ。現在も草軽交通の土地建物である。
フォトフォト

何本も引込み線があり、一本は貨物線として信越線の敷地内まで入っていたらしい。
ここから列車はスタートする。
フォトフォト
駅前から旧軽銀座まで、メインストリートの東を沿うように進んでいた。現在は土地開発と区画整理が進み、残念ながらその面影を見出すことは出来ない。
旧軽ロータリーそば、ハーフティンバーの瀟洒な外観の土産物屋兼タクシー乗り場の建物(草軽交通所有・左写真右)があるところに、旧軽井沢駅があった。
フォトフォト
線路は銀座入口のところで道路を横切り三笠通りへ。
この部分、町営駐車場入口前のあたりは、かつては草軽の専用道だったようだ。

松並木に入る。
フォト

三笠へ向かう車線の方が並木をはさんで20〜30cm高くなっているのは電車道の名残だ。
フォト三笠パーク入口で線路は左へ。以前からこの部分の上下線の離合に違和感を感じていたが、下り線が電車道だったとわかり氷解した。
フォト三笠から旧軽側を望む。段差が良くわかる。
フォト当時はもっと段差があった

フォト左への曲がり角の所が三笠駅跡
フォトフォト
駅を出ると三笠橋という小さな橋を渡る。コンクリートの基礎の内側に古い石積みの橋脚が見える。
この先は別荘地になっているのでロータリーに引き返し、ホテル鹿島の森から旧軽G.Cと離山をかすめる道に入り、鶴溜をめざす。別荘地内の線路もすぐに南限の道路をさらに南に外れ、鶴溜直前のカーブの手前まで森の中を走行するので車窓風景は似たようなもののはずだ。
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わざわざ鶴溜を経由したのには、当時招致運動では先行していた中軽井沢(沓掛)の住民に配慮したためだといわれている。
フォト
このはるか上の大築堤上に線路跡がカーブしている。
(ちなみにこの道を中軽方向に行くとカインズホーム前に出る。まっすぐ行けばトンボの湯に抜ける。)
フォトフォト
カーナビがあると良くわかるが、道が不自然に2重になっている、この広くなっているあたりが鶴溜駅跡で、同心円内側に線路跡が細い道になっている。
フォト

この道を少し三笠側に戻ってみると大築堤上を列車が走っていたことがわかる。両側が急な下り斜面になっている。古い写真でよく見かけたのはここだろう。この先はまた別荘地になる。

再び鶴溜駅跡に戻り、線路跡の道を通って小瀬温泉を目指す。(続く)







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