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小説置き場(レイラの巣)コミュの【刑事】 8 ハッキング・サーファー

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 初出 2016/05/27 約3800文字

「おい。飯を食いに行こうぜ」
 少年課15年のベテラン刑事の梶山が、まだ配属されて間が無い岸田に声をかけた。

 岸田は20代半ば、梶山は40歳そこそこ。
 配属されてすぐに岸田は梶山と組まされた。つまり梶山は岸田の教育係というわけだ。

 声を掛けられて岸田は驚いたように読んでいた書類から顔を上げた。同じ部屋に残っていた数人の刑事達も驚いた顔をした。当然だ。まだ10時だ。
 驚いた刑事達は何も言わなかったし、もちろん岸田も黙って従った。
 このやる事なす事無茶苦茶な男、梶山に逆らう事は誰にだってできないだろう。

「忘れ物だ」
 岸田が読んでいた書類を机に置いてしぶしぶ立ち上がろうとすると、梶山はその書類を指さしてそう言った。

 新人刑事の岸田にだって何かがあると思うだろう。岸田は書類を持って、小走りに後を追った。
 梶山はそのまま署の駐車所に向かった。
そして置いてある岸田の通勤用の車を指さした。

「どこに行きます?」と運転席の岸田は振り向いて聞いた。梶山は後ろの座席でふんぞり返っている。

「いや、このままでいい」梶山はそう言って携帯を取り出した。

「あ、俺。

 調べてくれないか、この番号の携帯が今どこにあるか。
 あ? 拉致だよ。拉致。
 頭の狂った餓鬼がまたバカをやったんだ」

 そう言って番号を言った。

 岸田はその番号に覚えがあった。さっき読んだばかりの書類だ。
 確認した。確かに行方不明になった少女の携帯番号だ。

 この春に5年生になったばかり。昨夜、塾を出て帰らない。

 親が持たせた携帯は、何度架けても『つながらない』。
 電源が切られているようだった。
 両親は塾や友人宅に問い合わせをした。そして夜の10時になって警察に届けた。

 朝になっても連絡は取れなかった。
 ふらりと遊びに出て終電に乗り損ねたという事もある。だが、親に連絡しないとしても、どこかに、誰かに連絡は入れる。
 家出なら何かを持って出る。着替え。大事ななにか。親の財布からくすねた金。
 営利目的の誘拐ならとっくに連絡が入っている。

 刑事が調べても何もなかった。
 塾に行って、塾を出て、そのまま消えた。

 拉致。単純誘拐。もしくはわいせつ目的。
 書類を読んだ時に、それは岸田の脳裏にも浮かんでいた。

 担当もそう思ったのだろう。今朝になって少年課にも書類を回してきた。
 岸田の頭にもやりそうな少年グループはいくつも浮かぶ。
 だが、そいつらの犯行なら被害者はもっと年上、せめて中学生だ。そしてその夜のうちに返すだろう。
 そうすれば親がもみ消す。警察に届けはしない。そうたかをくくっている。
 いや親にも話さないかもしれない。

 危ないケースだ。拉致と監禁が目的。そして持て余して殺す。または楽しんで殺す。

「でも、ダメですよ。電源OFFじゃGPSも使えません」

 携帯に話し続ける梶山に、岸田はそう声をかけた。無視して梶山は話し続ける。

「結果はこの番号に知らせてくれ。俺は関わりたくない。
 はは、わかってるって? いい子だ」

 この番号というのは岸田の携帯番号だった。
 5分も立たずにメールが来た。『タブレットに送ります』とだけ書いてあった。
 アドレスなんて知らせてない。梶山が言ったのは岸田の携帯の番号だけだ。タブレットを持っている事も岸田は言わなかった。それなのになぜ。

 すぐに画像付きのメールがタブレットに届いた。
 画像は上空から撮ったらしい車の写真だった。埼玉に向かう高速道路上だとメールにあった。

 高速道路上の車を上空から撮っただって? どうやって?

「移動中だったか。ラッキーだな」と画像を見ながら梶山が言った。

 次にきた車の映像はほぼ正面、少し上からだった。
 でも、運転手と助手席に乗った少女がはっきり写っていた。
 少女はさっき読んだ書類に添付されていた行方不明の少女だった。

「こ、これは?」

 聞かないほうがいいかもしれない、と思いつつ岸田は聞いてしまった。

 にやにやしながら梶山が答えた。

「携帯に侵入して強制的に電源を入れさせたんだ。
 んで、監視衛星に侵入してGPSに合う車の写真を送らせたんだろう。
 で、そこらにあるネズミ捕りやETCに侵入して映像を送信させた。
 って事だろうな」

 岸田は途中から耳をふさぎたくなった。背筋が寒い。
 監視衛星って日本のじゃない。どこの国のだ。
 いったいいくつの法律に違反をしているのだろう。それよりもそんな事は可能なのか。

 脳裏に先ほどの梶山のセリフがよみがえる。

『俺は関わりたくない』

「あ、クリか?」

 また梶山が携帯をかけた。
 クリというのはマルボウの栗山だろう。
 対暴力団の刑事。はげた頭といい派手なネクタイといい、本人のほうがはるかに絵に描いたような暴力団だ。それも一昔前の。
 岸田は時々二人がヒソヒソと何かを話しているのを見かけている。

「今朝の少女の件、そっちにも回ってるか?
 そうか。それだ。

 ああ。みつけた。
 埼玉に向かっている。高速の出口に検問をはってくれ。
 いつものようにお前の情報屋からのネタって事でよ。

 情報料は俺に回してくれ。

 じゃ、明日な。いつもの店で。

 いいよ。いいよ。お前の手柄にしてくれ。
 俺の名前は出すなよ」

 切った後、梶山は岸田の肩をたたいて嫌な笑顔を見せた。

「情報と画像をクリんとこに送ってやってくれ。車のナンバーも写ってる画像な。
 クリの携帯番号はこないだ教えたよな。」と言った。

『ぼくの、ぼくの情報が残ってしまう、あっちにもこっちにも。手繰り寄せられたらどうしたらいいんだ』

 岸田の頭に『辞表』の2文字が浮かんだ。知ってか知らずか、梶山がせかした。

「き・し・だ・く〜ん。
 早く送ってやれよぉ。
 クリは暴力団担当だからさぁ。いろいろあるって事で終わるさぁ。
 お前に迷惑はかけねえよ」

『だったらなんで自分の携帯を使わない。なぜ僕の携帯なんだ』

 そう思ったが声には出せなかった。

 恐る恐る送った。
 その間に次のメールが来た。

 車の持ち主の情報だった。持ち主の免許情報も、事故や交通違反の情報もついていた。
 一体今度はどこに侵入したんだろう。
 戸籍。学歴。職業。就職先。次々と届く。

 それから持ち主の弟の情報が送られてきた。

 なぜ、弟? 免許につけられた写真と比べてわかった。車を運転している男は車の所有者じゃない。

 弟のだというSNSが届いた。だが、本名じゃない。ハンドルネームを使っている。
 どうやってたどり着いた? なぜたどり着けた? 声に出たのだろう。梶山が答えた。

「は、最近のSNSは登録時に携帯番号を入力させるからな。簡単に身元は割れるぜ。
 犯罪をやる気なら、完全に自分の情報を消すぐらいはしろよなって事だ」

『そんなバカな。確かに携帯番号は登録するが、だからって。
 どこに侵入すればいい?
 SNSの顧客リストに侵入したのか?』

 そのSNSにUPされている本人の写真が、今、少女の隣で車を運転している男だった。

「兄貴の車を持ち出したのか。未成年だったなぁ」

 梶山は両の手をこすり合わせてにやついた。岸田は『嫌な笑い方だ』と思った。

「東京の大学に進学して、埼玉で一人暮らしを始めたってとこか。

 高校の時からやりたくてうずうずしていた拉致監禁てやつをついにやっちまった。
 今ならまだ少年Aで済むって思ったかね?

 バカだねえ。こんな事をやらかしたら逆送されて通常の裁判だ。
 大学はうまくして退学。放校かもしれん」

 梶山がうれしそうに語る。言葉数が増えている。

 未成年の人生を合法的につぶす。
 そのために少年課の刑事になった、と言ってはばからない男だ。
 また一人つぶしたのだ。さぞかしうれしい事だろう。

 放校だったら入学した記録も抹消される。今まで取った単位もだ。岸田は溜息をついた。
 手に入れた幸運を、未来に向かう切符を、手放した事に気がつくのはきっとずいぶんと後になる。
 次の大学を受けたところで入学を認める大学は少ないだろう。

「少女の被害を少なくするために逆送にはしないと思います。
 家裁だったら非公開です。少女の名前は出ません。証言も最小限度で済みます」

 岸田は精一杯、梶山に逆らってみた。

「それに今はまだただの誘拐だけですから」

「ああ、そうだったなぁ。そうなるかなぁ。
 ・・・つまらん」

 梶山がバリバリと頭をかいた。
 岸田は胸をなでおろした。少女のために。

「いっそとっととガキを殺してくれりゃ、完全に逆送だったのになぁ。そうすりゃ、死刑もあるしな。
 一般人てなぁ、非情だね。陪審員はあっさり死刑判決を出す。
 正義の名の元にだったら殺人もやるってわけだ。

 ああ、そうだ。惜しい事をした。もうちっと待ちゃ良かった。殺したかもしれん」

『な、なんて奴だろう。なんて奴。こんな奴がどうして刑事なんだ』

「簡単に拉致られるガキなんざ生かしておくこたぁねえんだ」

 ハンドルに置いた岸田の手が震えた。

 また梶山が携帯電話をかけた。

「もういい。充分だ」

 次々と送られてきていたメールが止まった。

「止めないと洗いざらい送ってきやがるんだ」

『すでに洗いざらいじゃないか?』

 岸田はそう思ったが声には出さなかった。
 家族構成から親の勤め先まで、写真付きで送られてきていた。

「さあて部屋に戻ろう」

 あくびを噛み殺しつつ、梶山が言った。

 部屋に残っている刑事は居なかった。

 手の空いている者は少女の事件に駆り出されたのだろう。
 確保、逮捕の知らせはもう少し先だ。

 逮捕したからと言って裏付けの証拠は必要になる。
 防犯カメラの映像。目撃者。早いほうがいい。きっとなかなか帰って来ない。

 梶山は部屋の隅の長椅子に横になり目を閉じた。

「ゆんべはあんまり寝てないんだ。邪魔するなよ」

 そう言って5分後にはいびきをかいた。

『このためか?
 ゆっくり寝るために。街に駆り出されるのを避けるために。こんな事をしたのか?
 こいつならやりかねない』

 立ちすくみ、梶山の寝顔を見ながら岸田は思った。

 しかし、どんな理由であろうとも。そしてこんな奴だが。こんな奴のおかげで少女は助かった。
 殺されなかったとしても、長期になれば傷はそれだけ深い。

『これで良かったんだ』

 岸田は自分に言い聞かせた。しかし。

『でも。
 やっぱり何かが違う・・・』

 そう思わずにはいられなかった。

 さっき駐車場から建物に戻る短い間だったが、日差しが岸田の襟足を刺した。
 梅雨の晴れ間の短い太陽だが、真夏を匂わせ、じりじりと焼いた。

 思い出したように噴出した汗を拭く。
 エアコンの冷気が岸田の心を冷やした。

END

あとがきに替えて
 ハッキング・サーファーって言葉は私の造語です。ネット・サーフィンとかネット・サーファーって言葉から作りました。
 念のために検索をしました。別の意味ですでにある、って事は無さそうです。
 ハッキングでサーファーってちょっと文法的におかしんじゃないかって気もしますが、そこは目をつぶりました〜。英文法なんてわかんないも〜ん。

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