ミドレスタント物語コミュの記憶

　明るい月が照らす夜の中。
　空を覆うのは幾千もの星の瞬き。
　黒の世界に輝く星々は夜にのみ咲く美しい花のようだ。
　左右を巨大な岩壁に囲まれ、切り取られた夜の断片。
　荒涼とした峡谷を流れる闇色の川。
　砂と岩だらけの色の無い場所だからこそ、その美しさはより引き立つ。
　ひづめと車輪の音が岩壁に反射して騒がしく聞こえる。
　それとて、この一年間耐え忍んできた戦場での怒号に比べれば子守唄のようだ。
　風を切る音ですら今この時には祝福の鐘のよう。
　肌寒い風を受けながら走る馬車の上には、五人の男女がいた。
　手綱を引いているのはまだ幼い少女だ。
　荷台に乗っていた銀髪の青年が皆に声をかけた。
　「この戦いが終わったら皆はどうするんだ？」
　その質問に真っ先に答えたのは白髪交じりの長髪に髭をたくわえた男だった。見た目には老人と言ってしまっても良さそうだが、その鋭い眼光が肉体の衰えを感じさせない。
　「とりあえず私は酒だ。近頃ちっとも飲んでなかったからな。」
　見た目からは想像できない程、軽い調子でその男は答えた。
　そして、何がおかしいのか場違いなほどの大声で笑いながら銀髪の青年に「お前は？」という風にあごをしゃくった。
　「俺か？俺はハノンの町に帰って道場でも開きながら息子とのんびり暮らしたいんだけどな。多分、クリストフが許してくれないだろう。」
　いたずらのような笑みを浮かべながら銀髪の青年は、すぐ傍らにいた白い外套に身を包んだ長い金髪をした青年に話をふった。
　「そんなことはありませんよ。…ただ、できることなら私と一緒にルスタリンの側にいてもらいたいとは思いますけどもね。」
　クリストフと呼ばれた青年はどこか気恥ずかしそうに銀髪の青年へと微笑みかけた。
　「ふふっ、本当に兄さんはデルマのことが好きなのね。」
　「・・・良いじゃないか。自分の契約者を尊敬していて何が悪いんだ。」
　少し拗ねたような表情をしてそっぽを向いてしまったクリストフをなだめるようにして、白髪の男がクリストフと同じ白い外套を着た金髪の女性へと声をかけた。
　「ダメじゃないかルスタリン、兄貴をからかったりしちゃ。それでなくても最近は君がニルと仲が良いって言ってしょっちゅうへそを曲げているんだから。」
　「ちょっとムジカ！余計なことは言わないで下さい！」
　大笑いする三人をよそにクリストフは一人顔を真っ赤にしている。
　そして、唐突に手綱を握っていた少女が口を開いた。
　「もぅ、先生も皆も緊張感無さ過ぎですよ。」
　注意するような口調ではあるが、そこには言葉程の強さは無い。
　彼女を含め、この場の全員が理解しているのだ。
　今、自分たちは平和への階段を着実に上っているということを。そして、その階段はあと数段で上りきることができる。
　緊張感が無いわけではない。ただ、その先に見える平和に夢を見てしまうだけ。
　しかし、それは罪ではないだろう。彼らはこの一年間、戦い続けてきたのだから。
　親しい友の死を見た。数え切れないほどの命を奪ってきた。
赴く戦地には黒い炎と剣のせめぎあう音だけがあった。
　振り返れば無限とも思える数の屍と、枯れることのない血と涙しか残されていなかった。
　そんな日々がようやく終わる。
　このまま何事もなく目的地に着くことさえできれば、明日の朝日が照らすのは死地に赴く兵士の慟哭ではなく、平和を望み続けた全ての人々の笑顔だろう。
　そして、それにはこの場にいる五人も含まれる。
　夢見た平和はもうすぐ手の届く所まできている。
　「そう言うなよ、ミコナ。ニルが上手く陽動してくれている。千二百もの大軍を動かして、ツクミの主要駐屯地に攻撃をしかけているんだ。私達の動きがやつらに気付かれることはまず無い。」
　先生と呼ばれた白髪の男は少女をなだめるように優しい声で答えた。
　膨大な戦力で攻め入ってくる相手を目前にした時、たった五人という少数の動きなど歯牙にもかけないのは道理。なればこそ、彼らはこれだけ落ち着いていられるのだ。
　しかし、どんなことにでも例外は起こりえる。
　そう、まさに彼らはその奇跡ともいえる例外に当たってしまったのだ。