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元気な本棚 ほっこりコミュの外国の文学

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 波船タイトルは、外国文学のコーナーとなっていますが、伝記・評論なども含む大ざっぱなくくりになっています。

 〔目次〕

 1 『「赤毛のアン」の島で』 奥田実紀・著  文溪堂
 2〜5 エミリー・ディキンソン(アメリカの詩人)について
      絵本『エミリー』 マイケル・ビダード/文 バーバラ・クーニー/絵
                                 ほるぷ出版
      対訳『ディキンソン詩集』ーアメリカ詩人選?
                      亀井俊介/編 岩波文庫
      『わたしは誰でもない』 川名 澄/編・訳 風媒社
 6〜7 『絵本を語る』 マーシャ・ブラウン/著 上條由美子/訳 ブック・ブローブ社
 8 『ある小さなスズメの記録』 クレア・キップス/著 梨木果歩/訳 文芸春秋
9 『星の巡礼』 パウロ・コエーリョ/著 山川紘矢・亜希子/訳 地湧社
10 『モーゼスおばあさんの絵の世界』 − 田園生活100年の自伝
               アンナ・M・R・モーゼス/著 加藤恭子/訳 未来社
11『アンデルセン自伝』<完訳>− わが生涯の物語 大畑末吉・訳  岩波書店
                
12『アンデルセン童話集』ー完訳 〔全7冊〕 大畑末吉・訳  岩波書店
13『ジョン・万次郎』― 海を渡ったサムライ魂
          マーギー・プロイス〔著〕 金原瑞人〔訳〕 集英社
14始原への旅立ち 第2部
  『恋をするエイラ』上・中・下巻          
          ジーン・アウル・作  中村妙子/訳  評論社
15始原への旅立ち 第3部
  『狩りをするエイラ』 上・中・下巻
          ジーン・アウル/作  中村妙子/訳  評論社
16始原への旅立ち〉第4部
  『大陸をかけるエイラ』 上・中・下巻
          ジーン・アウル/作  百々佑利子/訳  評論社
17〈エイラ 地上の旅人 11〜13 〉
   第5部『故郷の岩谷』上・中・下巻  ジーン・アウル/作 白石 朗/訳
                     ホーム社:発行 集英社:発売

18 <エイラ 地上の旅人 15〜16>
   第6部『聖なる洞窟の地』 上・中・下巻  ジーン・アウル/作  白石 朗/訳 
                              ホーム社:発行 集英社:発売

20 『ゴッホは欺く』 上・下  ジェフリー・アーチャー/作   新潮文庫

21 『三つの冠の物語』 〜 ヒース・樫・オリーブ 〜
              ローズマリ・サトクリフ/作  ヴィクター・アンブラス/挿画
                                 山元史郎/訳  原書房 



              

コメント(21)

 「赤毛のアン」の著者である、ルーシー・モード・モンゴメリの伝記を読みました。

 本今日ご紹介するのは、名作を生んだ作家の伝記シリーズ?の『「赤毛のアン」の島で』 奥田実紀・著 文渓堂(2008年)です。(先だって紹介した『ピーターパン」の作者の伝記も、このシリーズの中の一冊です)
 このシリーズの本は、だいたいは児童書のコーナーに置いてあるのですが、この『「赤毛のアン」の島で』は、大人の本のコーナーに置かれていました。

 ですから、この「元気な本棚」でも、それにあわせて児童書のコーナーと文学のコーナーに分けて載せることにしました。日本の方が書かれた本ですが、『赤毛のアン』の作者の伝記ということなので、外国文学の方に入れました。どこに載せるか、判断するのが難しいときがあります。また間違っていたら教えてください。

 この本で、以前に読んだ他の著者による伝記では書かれていなかったこともわかり、感慨深かったです。

 作家になるまでの過程や、『赤毛のアン』が出版され、続編を書き続けることに気が進まなかったことなども興味深いですが、特に感慨深かったのは、結婚してからのモードについて書かれているところです。

 モードが、牧師であるユーアンと結婚したのは、1911年。36歳と晩婚でした。3人の男の子が生まれますが、次男は生まれてすぐに亡くなってしまいます。夫のユーアンは鬱病で、1919年からそれが悪化。牧師という職業がら、必死に夫の症状をかくし続けなければなりませんでした。

 1937年、夫の症状はほとんど一年中悪く、モード自身も、不眠症と坐骨神経痛に苦しむ。そのような中で、1938年も終わりごろになって、やっと「炉辺荘のアン」にとりかかる。この本が出版された1939年、第二次世界大戦が勃発。この本はモードの最後の作品となります。

 1940年夏、モードは右腕を痛め、それからひどい神経衰弱におちいる。翌1941年9月、文通相手に、もう回復することはないだろうと、手紙を送っている。長男が家庭を大事にせず離婚したこと、もうすぐ三男が兵隊にとられるかもしれない不安、夫のひどい状態を告げ、とうとうおしつぶされてしまったとうちあけた。

 1942年4月24日、モードは永遠の眠りにつきます。

 結婚して亡くなるまでの晩年、苦しいことの連続だったが、それでも乗り越え、作家として、書く喜びを忘れることはなかった。小説を書くことに光を見い出し生きた人生だったことに心うたれます。私自身晩婚で、今は50代半ばをこえた年齢になったこともあって、彼女の生きざまに深い感慨をおぼえました。
ペンエミリー・ディキンソン(アメリカの詩人)について  2008年12月20日 

 エミリー・ディキンソンのことを初めて知ったのは、バーバラ・クーニーの絵による『エミリー』という絵本でした。

 少し前に、『ルピナスさん』という絵本をご紹介しましたが、そのお話と絵をかいたのがこのクーニーです。『エミリー』の方は、絵をクーニーが描いていて、ストーリーの方はマイケル・ビダートが書いています。ほるぷ出版から出ています。

 エミリー・ディキンソンはアメリカを代表する詩人の一人なのだそうです。絵本のあとがきに簡単な紹介があります。

 <1830年、マサチューセッツ州のアマーストで生まれ、1886年、同じ土地で亡くなりました。エミリーは表面上は平凡な一生を送り、結婚もせず、両親の家に住みつづけました。ただ、年がたつにつれて、ますます隠遁ぶりがひどくなり、死ぬ前の25年間は、父親の屋敷のそとへは出ようとはしませんでした。

 けれど、たとえかぎられた小さなものでも、エミリーが住んでいたのは、すばらしい世界でした。エミリーは庭仕事の達人であり、自然のするどい観察者でした。また一生をつうじて、詩を書きつづけ、紙切れや手近にあったものなんにでも書きとめました。エミリーの死後、エミリーがつかっていた桜材の机の中に、1800編近い詩がかくされているのを、妹が発見しました。>

 <絵本「エミリー」は、“なぞの女性”エミリー・ディキンソンと少女の思いがけない出会いの日を、美しく格調高い絵で、描いています。詩人のおだやかな日常と、特別な世界をちらりとわたしたちにみせてくれるこの絵本は、アメリカの偉大な、そしてよく親しまれている詩人エミリー・ディキンソンの謎とそれを包みこむ世界の喜びを、よくとらえているといえるでしょう。>

 この絵本の素晴らしさをあまりくわしく内容紹介するよりも、そっと絵本のページをじかに開いてみていただく方がいいのではないかと思います。

 この本の絵は、イラストボードに中国シルクをはり、下地にジェッソ(石膏)を二度ぬったうえに、アクリル絵の具と色鉛筆、パステルなどを使って描いています。見応えがあります。

 手(パー)次回はディキンソンの詩などをご紹介できたらと思います。
 ペンエミリー・ディキンソン…2回目 (2008年12月22日)

 今日はまずは詩を一つご紹介します。対訳『ディキンソン詩集』―アメリカ詩人選? 亀井俊介・編 岩波文庫(1998)

「水は、のどの渇きが教えてくれる」

 水は、のどの渇きが教えてくれる。

 陸地は―はるばる通ってきた海が。

 歓喜は―苦痛が―

 平和は―戦いの物語が―

 愛は、形見の品が―

 小鳥は、雪が。

ニューイングランドの冬は、あたり一面が雪におおわれ、そのため鳥の姿や鳴き声が消えてしまい、かえってその存在が実感をもって迫ってくるのだそうです。

 『エミリー」』の絵本でディキンソンのことを初めて知ったことを、前回に書きました。この本のことが深く心に残り、もっとディキンソンのことを知りたいと思いながらも、何年もそのままにしてきました。散文的な毎日を送っている中年のおばさんである自分には、「詩」というものは入っていきにくいのです。

 ところが、最近読んだ『トットちゃんの美になる言葉』(黒柳徹子・著)の中に、徹子さんがディキンソンの詩を好きだということが書いてあって、うれしい発見だったり、『私が出あった世にも不思議な出来事』の中で紹介されていた本を借りてきて読んでいると、ディキンソンの名前が出てきたりして、読んでみようという気持ちがふくらんできたのです。

 まず一冊を借りて帰りました。詩集『わたしは誰でもない』川名澄(きよ)/編・訳 風媒社(2008)です。短い詩だけを選んである、素適な表紙の本でした
 
 検索しても他にあまりないようなので、資料室で尋ねてみました。すると、ベテランの司書の方が、短い間に何冊も本を探して来てくださって、ぶ厚い資料の中のディキンソンの項をパッと見つけて、しおりまで挟んでくださるではないですか。う〜んさすがはプロ、すごい!と心の中でうなってしまいました。

 こんなに本を積んでくださったら、申し訳なくて借りて帰らないわけにはいきません。とにかく3冊選んで、「さてどうしよう」と自信なく思いながら帰ってきました。

 やはり最初は入っていきにくかった。でも時間が経つにつれ、ゆっくりと効いてきました。すてきな詩にたくさん出会えました。

「わたしは誰でもない」川名澄/編・訳

 わたしは誰でもない あなたは誰ですか

 あなたも 名無しさん ですか

 それなら似た物どうしだわ

 秘密にしてね ばれたら ただではすまないから


 お偉いさん になるなんて うんざり

 おおっぴらですよ 蛙みたいに

 六月のあいだ 名前を唱えつづけるなんて

 もてはやす泥沼なんかに
 
 手(パー)次回はもう少し「詩」をご紹介したいと思います。 
 エミリー・ディキンソン…3回目 (2008年12月24日)

 ディキンソンの没後、千数百編にのぼる作品が発見されましたが、ディキンソンは、自分が書いた詩に題名をつけることに関して無頓着だったそうです。訳詩につけてある題名は、かつてアメリカ人の編集者が出版した選詩集に使われた題名をそのまま使用したり、訳者が便宜上つけた題名だったりします。

 ペン『わたしは誰でもない』川名澄/編・訳 風媒社(2008年)には、私のようにディキンソンの詩がはじめての人にも、入っていきやすい短い詩が集められています。

芽「おきゃくさんはおことわり」 
 
 おきゃくさんはおことわり  Not at Home to Callers
 はだかの樹がいう Says the Naked Tree-
 お仕立て上がりは四月 Jacket due in April-
 じゃあ ごきげんよう Wishing you Good Day-

クローバー「草原をつくるのは」
 草原をつくるのは    To make a prairie it takes
 クローバーと一匹の蜜蜂 a clover and one bee,
 一本のクローバーと蜜蜂 One clover, and a bee,
 そして空想 And revery.
 空想だけでも間に合うから The revery alone will do,
 もし蜜蜂がいないなら If bees are few.

パスワード「心からっていうのは」
 心からっていうのは たまにある
 肝に銘じて めったにない
 全力をつくして いよいよまれである
 愛をこめて ほとんどない
            Sometimes with the Heat
Seldom with the soul
Scarcer once with the might
Few-love at all

本「夏のそらがみえる」
 夏のそらがみえる    To see the Summer Sky
 それが詩である  Is Poetry,
 本なんかにないのである though never in a Book it lie-
 まことの詩は逃げる   True Poems flee-

 ハートさて、前回まさこさんが書き込んでくださった、夏の終りの微妙な変化をうたった、「悲しみのように ひそやかに…」ではじまる詩は、すてきでしたね。季節の移り変わりが、ディキンソン独特のとらえかたで表現されていて、惹かれます。
 手(パー)次回はそんな詩もご紹介できたらと思います。こんなに続けたくなるとは思わなかった…。あきれつつおつきあい願えるなら、また。 
 エミリー・ディキンソン…最終回 (2008年12月26日)

ペン「蜘蛛は芸術家として」
 
 蜘蛛は芸術家として
 雇われたためしがない―
 そのずば抜けた実力は
 文句なく認められているのに

 あらゆる箒や女中によって
 キリスト教世界の隅々までも―
 世に顧みられぬ天才よ
 わたしはあなたと握手します―

 ディキンソンは人の嫌う蜘蛛などもよくとりあげ、しばしばこれを芸術家にたとえたそうです。以下、注釈より―<ここでは、その天才がいっこう世間で認められぬことに対して、いわば仲間同志の握手を呼びかける。ディキンソン自身、みずから詩の公表を拒否してきた人ではあるが、ひそかに芸術家としての自負を抱き、認められぬことへの無念さを感じることもあったのであろう。ただし、この詩に焦燥や自嘲の調子はなく、全体にユーモアをたたえている。>

もみじ「詩人たちのうたう秋のほかに」

詩人たちのうたう秋のほかに Besides the Autumn poets sing
いささかの散文的な日々がある A few prosaic days
雪のちょっぴりこちら側  A little this side of the snow
靄のあちら側の日々―   And that side of the Haze―


いささかの肌寒い朝―   A few incisive Morningsー
いささかの身ひきしまる夕べ― A few Ascetic Eves―
消え失せた―ブライアント氏の「秋のきりん草」―
           Gone―Mr.Bryant,s“Goldn Rod”― 
トムソン氏の「麦の束」。 And Mr.Thomson,s “sheaves.”


静まり返った、小川のせせらぎ―
          Still, is the bustle in the Brook―
芳しい花弁は封印され― Sealed are the spicy valves―
催眠術師の指がふれていく Mesmeric fingers softly touch
たくさんの妖精たちの眼にー The Eyes of many Elves―


ひょっとしてリスは残ってくれるかも―
            Perhaps a squirrel msy remain―
わたしの気分を分けもつために― My sentiments to share―


授けたまえ、ああ主よ、陽の当たる心を―
           Grant me, Oh Load, a sunny mind―
風吹きすさぶあなたの意志に耐えられるように!
                Thy windy will to bear!


 注釈より―<詩人たちがうたう「詩的」な、あるいは感傷的な秋ではなくて、冬をひかえた、気持のひきしまる「散文的」な秋の日々である。ブライアントはニュー・イングランドのロマン派詩人。トムソンは英国の自然詩人。>

 ディキンソンは、当時の女性としては非常に立派な教育をうけました。ただひとつ、彼女が自分の意識を強めるにつれて、困難な問題が生じてきました。当時起こった信仰復興運動は、信仰の告白を要求したが、ディキンソンは自分に正直であろうとすると、どうしてもそれができなかった。彼女が1年でマウント・ホリヨーク女子専門学校(現在のマウント・ホリヨーク大学)を退学したのは、このことと関係があるのかもしれない、とあります。この間の彼女の悩みは、今日からは理解を絶する深刻なものであったようです。しかしこの試練を経て、彼女は精神を強靭にし、自分の生きる方向を見定めていったように思われる、とあります。
 
 ひよこ雪ディキンソンに信仰心がなかったわけではなく、教会の形式化した礼拝に参加することを嫌っていたのです。自然と交わることによって、天国へいたる思いをうたった詩もあります。とても素適な詩ですが、紹介していたら長くなりますので…。

 手(パー)今年の本の紹介はここまでにしたいと思います。いつも、つたない文章につきあってくださって、ありがとうございました。来年もどうぞよろしくおねがいします。よいお年をexclamation

 マーシャ・ブラウンは1918年生まれの、アメリカを代表する絵本作家です。今迄は、わたしの心の一部分のどうしても開かない部分が、絵本や幼年童話を読もうとするとき、その中に入っていくのを妨げていたのですが、いろいろな本を読んでいるうちに、少しずつ心が開いてきたのか、近ごろ絵本を読むのがとても楽しみになってきました。

 そんなわけで、有名な絵本作家のマーシャ・ブラウンの名前は知ってはいたものの、ほとんど描かれた絵本も読んでいなかったのです。

 ペンこの『絵本を語る』は、図書館での絵本選びに疲れ、何か選ぶとっかかりが欲しいと借りて帰ったものです。それをきっかけに、彼女の絵本をいろいろ借りて読んでいます。
 
 アメリカの絵本の最高の賞である「コルデコット賞」を、このマーシャ・ブラウンは何と三度も受賞しているということを知り、驚きました。二度受賞している人は知っていますが、それもめったにないことなのに。

 マーシャの絵本の創作は、決してワンパターンにおちいることなく、常に、今取り組もうとしている絵本に最もふさわしい技法をさがし、決して安住することがありません。そんな姿勢が三度のコルデコット賞受賞につながったのでしょう。

 絵本の創作について専門的なことも多くかかれており、興味深くもありますが、今の私の程度では、全部理解するまではいかないところもありました。ですが、この本に出会えて目が開かれたようで、大変喜びなのです。

 アメリカの絵本作家の名前が実に沢山登場し、知っている作家の数の方がずっと少ないのが、嬉しい驚きです。メモを取って、また順繰りに借りてきて読みたいと思っています。

 手(パー)次回に続きます。
 ペン毎年沢山の絵本が出版されるのは、日本もアメリカも同じのようです。
 マーシャ・ブラウンさんも、この本の中で、出版会の状況や絵本の中身についての問題点を述べられています。

 やや欠け月その中のごく一部ですが、多くの人に知られている、アンデルセンの絵本のことを例に引いて書かれているページから、少し書き出してみます。

 「アンデルセンは、イラストレーターにとってはもっとも高い能力が求められる作家のひとりです。あるものはアンデルセンのストーリーに述べられている事柄を楽しげに描いてはいますが、愛らしい魅力のほうを大事にして、うわべを飾り、深い意味をのがしてしまっていることがあります。子どもは彼のストーリーの、俗な寓話や普通の昔話をこえた何かを感じとる手掛かりすら与えられないのです。

時代の上すべりな飾りものでごまかされたり、いろいろな研究の網にかけられたり、こうしていくつかの民間伝承の源泉から、ひとりの並はずれた男の心と魂を通して抽出された物語の、詩的な意味を失ってしまうのは簡単なことなのです。

しかし、もしも画家がその真実を理解して自分の仕事に取りかかるならば、子どもの記憶に残されるのは、その挿絵に描かれている事柄よりもストーリーの詩的真実でしょう。

おそらく、アンデルセンの物語は、すべてのイラストレーターにできる類のものではありませんが、自分自身をすすんでそこにゆだねる者にとっては、たぐいまれな挑戦と満足を与えてくれるものとなるでしょう。(後略)」

 この『絵本を語る』をとおして、本当のものとそうでないものを見分ける目を養っていくこのの大切さをあらためて感じました。絵本選びの大切なヒントをいただけて心強いです。

 これまで、なぜか感動できない絵本があり、その理由をはっきり自覚できていなかったことも、この本を読んで、どうしてそうだったか納得できました。

 本物にふれないといけませんね。頭も心もごちゃごちゃして、時間の無駄なだけです。人生の貴重な時間をそんな風に浪費したくありません。

 マーシャ。ブラウンは、コルデコット賞を三度受賞しましたが、三冊とも全然作風が違います。

 本初めての受賞作品は『シンデレラ』で、二度目は『あるひねずみが』、三度目の受賞は「影ぼっこ(原題はシャドー)」です。

 猫他に、『すずの兵隊』『白鳥』『空とぶじゅうたん』『ディック・ウイッティントンとねこ』『こねこのフェリーチィエ』『長靴をはいたねこ』『小さな漁師ヘンリー』など、自身の作、昔話の再話など多数。
 マーシャ・ブラウンは猫好きだったということで、猫の出てくる作品がいくつかあります。
『ある小さなスズメの記録』 クレア・キップス/著 梨木果歩/訳 
                        文芸春秋(2010年11月)

 ペン独り暮らしの著者は、生まれて間もなく巣から落とされたイエスズメの雛を拾って育てる。雛は足と翼に欠陥を抱えていたので、生き残るチャンスがないと見なされ、巣から放り出されたのだと思われた。

 以来、外の世界で暮せないスズメとの親密な関係は、スズメが寿命を全うするまで(野生の鳥が老衰で死ぬなどということはほとんど起こりえないことだろう)、12年もの間続く。
 驚かされたのは、このスズメが、もとピアニストである著者の弾くピアノに大変興味を持ち、歌を歌うようになったことだった。(高い音色の旋律で、しかもトリルつきの)
 
 11歳の時に卒中で倒れるが、鳥を専門に研究してきた獣医に診てもらい、アドヴァイスを受け、奇跡的に持ち直す。そして、生まれて初めて、自分の変形した足を手のように使って、餌つぼを固定し、そこから餌を食べた。ぴょんぴょん跳ねるのがひどく大儀らしいときには、なんと左右の足を 変わりばんこに出して歩いた。

 この本が英国で刊行されたのは1953年。大反響を呼び、1年半の間に10版を重ね、その後多くの国々でも翻訳出版されているということです。

 図書館で借りた本には、表紙カバーがありませんが、もとは化粧箱入りで、箱や中扉の絵は、人気絵本作家、酒井駒子さんによるものです。プレゼント用ぴかぴか(新しい)に何冊も購入する人も多いということです。

 書き込みの中にこのような文章がありました。
 <こういう質感はデジタルではでないなぁ。
 しかもデジタルでは読みたくない内容だ。
 紙の手触りを楽しみつつ頁をめくりたい作品。>
                 まったく同感です。

夜『星の巡礼』 パウロ・コエーリョ/著 山川紘矢・亜希子/訳
                    地湧社(1995年)

 この物語の主人公は、秘密結社RAM教団の一員である。もうすぐマスターになれるところまできたが、試験に落ちてしまう。マスターとなるためには、サンティアゴ巡礼道を歩き、その道のどこかに隠されている剣を見つけ出さねばならない。それは、彼にとってどんな意味を持つのだろうか。

 スピリチュアルな内容だが、実際に作者本人の体験をもとにしているという。
巡礼を続けて行く過程の中で、彼をガイドする役目を帯びたぺトラスが課した「実習」がある。
芽種の実習 − まず地面にひざまずき、正座して体を前に倒し、頭がひざにつくまでまげる。腕は後ろにまっすぐに伸ばす。すべての緊張をとき、リラックスする。自分が小さな種であり、土の中に心地よく抱かれている感覚となってゆく。それから成長し、土から飛び出す時がやって来る。全身を伸ばし、どんどん成長していくイメージを持つ ― 。

台風他に、<スピードの実習> <直観力を養う(水の実習)> <青い天空の実習> <生きたまま葬られる実習> <音を聞く実習> などが課せられる。そのほとんどが、私たち読者も実際にやってみることが可能である。

パスワード「人生において、良き戦いを戦う」にはどうしたらよいか?
それがこの本のメッセージではないか。読者も、主人公の彼とともにさがしていくのだ。

 この本を読んで、サンティアゴ巡礼道を旅する人が増えたということだ。国内外で巡礼ブームが起こっているが、世界各国から年間10万人もの人がこの道を旅しているという。

 パウロ・コエーリョは現代ブラジルを代表する作家で、この作品は処女作。彼の作品は30ヶ国語に翻訳され、中でも『アルケミスト』は大ベストセラーになっている。

 もみじ『モーゼスおばあさんの絵の世界』− 田園生活100年の自伝
               アンナ・M・R・モーゼス/著 加藤恭子/訳
                未来社(1983年・初版 1991年・新版)2500円+税

 図書館にないと思って、いったんリクエストした“モーゼスおばあさんの自伝”ですが、日本語に訳する前の題名で調べていたためだと気づき、加藤恭子さんの訳で出ている本の題名で調べていただいたらありました。思いのほか早くにこの本を紹介できることになりました。

ペン前書きによると、訳者がモーゼスおばあさんの絵と初めて出会ったのは、アメリカ合衆国の北部、ニュー・イングランドに在住されていた1965年のことだったということです。
クリスマスクリスマスにアメリカ各地の友人たちから送られてきたカードの中に、モーゼスおばあさんのクリスマス・カードがあったことや、自伝を訳するまでの経緯などが書かれていて、興味深かったです。
 日本語に訳することをすすめられたとき、この自伝には、高名な画家となってからの話がほとんど出てこず、農場生活の描写ばかりがえんえんと続き、しかも、当時はまだ、モーゼスおばあさんは日本では全く無名であったため、最初は躊躇されたということです。

ペン新版のあとがきにはこのように書かれていいます。
 《彼女の存在がアメリカ人にとっての財産であるように、いつの間にか“モーゼスおばあさん”は日本人のものにもなっていたのである。ことに高齢の方たちにとっては ―(中略)
 90歳を過ぎても、まだ“人生の創造”を信じて『自伝』を書き、101歳で死ぬまで絵を描き続けたモーゼスおばあさん。これ以上の励ましが、考えられるだろうか?(中略)
 モーゼスおばあさんの作品は、若い人たちには“詩”を与えているのかも知れない。だが、年配の人たちには、彼女の作品は、その人生と相俟って、“心の友”なり“お手本”なりになってくれているのである。》

アートモーゼスおばあさんの絵12点と、新版の出版にあたり、新たに付け加えられた肖像写真も入っています。いっしょうけんめい誠実に生きた人生に触れることが出来、読後、さわやかな余韻が残りました。
 本『アンデルセン自伝』<完訳>− わが生涯の物語  大畑末吉・訳
                 岩波書店(改訳版−昭和50年)2000円

 本書には、ハンス・クリスチャン・アンデルセンが1805年に生まれてから、1846年(数え年42歳)までの出来ごとがしるされています。さらに筆を加えるつもりでしたが、やがて彼の命を奪った病気のために、残念ながらこの計画は実行されずに終りました。70年の生涯でした。

 本書は、こんな言葉ではじまっています。
 「私の生涯は波乱に富んだ幸福な一生であった。それはさながら一編の美しい物語(メルヘン)である」

 先日紹介した絵本 ―『アンデルセン自伝』には、生誕から、14歳でコペンハーゲンに出て行くところまでがえがかれていました。
 その後彼のたどった道は、いばらの道でしたが、故郷へ帰らずに耐えて留まり、やがて援助してくれる人に恵まれて、学校に行きますが、年齢が大きくなってからの勉学は大変で、彼が書いた作品に対して、綴り字の間違い、文法上の誤りなどについて、ことあるごとにあらさがしをされました。

 『即興詩人』で才能を認められてからも、長い間、このあらさがしのような批判に悩まされつづけましたが、国外でも彼の本が出版されるようになり、次第にゆるぎない評価を得られるまでになります。

 彼は、生涯独身でしたが、厭世的ではありませんでした。この本は、自伝というよりも、交友録の要素が強く感じられるほど、デンマークのみならず、各国の様々な人々との交流について書かれていて、人と人とのあたたかいふれあいを心の支えとし、知識階級との積極的な交流から大いに刺激を受けたことが伺えます。交流のあった同時代の芸術家の中には、ハイネ、シューマン、リスト、グリム兄弟などの名前もみられます。
満月『完訳・アンデルセン童話集』 〔全7冊〕  大畑末吉・訳
               岩波書店(改訳版・1981年)各1800円

 アンデルセンの自伝を読んだことから、同じ大畑末吉・訳による『完訳・アンデルセン童話集』を読んでみたいと思いました。

クローバーアンデルセンは1805年4月2日に生まれ、1875年の8月4日に亡くなりました。
ちなみに、4月2日は彼の誕生日にちなんで、「国際子ども本の日」となっています。

 アンデルセンの童話といえば、皆さまはどんなお話を思い浮かべられますか?
『人魚姫』『親指姫』『しっかり者の錫の兵隊』『野の白鳥』『エンドウ豆の上に寝たお姫様』『ナイチンゲール』『雪の女王』『みにくいアヒルの子』『赤い靴』『マッチ売りの少女』などなど・・・・・
 幼いころに親しんだ多くの童話 ― アンデルセンの作であると知っていたのや、知らないで読んでいたのもあります。
 私は、『裸の王様』や『パンをふんだ娘』のお話がアンデルセンの作だということを、この年になって初めて知りました。

 もし、これらの童話を読まない幼少時代を過ごしたとしたら、どんなにか味気ないものになったことでしょう。

クローバー完訳の文章は、やはり素晴らしいと感じました。
 挿絵は、アンデルセンの友人二人によって描かれたものだということですが、素晴らしかったです。これ以上の挿絵はちょっとないのではないでしょうか。

 当時のデンマークでは、アンデルセンの童話は、子どもだけでなく大人まで広く読まれたといいます。あちこちで朗読を所望されたことも、自伝に書かれています。

 

波『ジョン・万次郎』― 海を渡ったサムライ魂
          マーギー・プロイス〔著〕 金原瑞人〔訳〕
              集英社(2012年6月)1800円+税

 以前、中浜万次郎の子孫の方が書かれた万次郎の伝記を読んだことがあり、心に残っていましたが、アメリカの方によるこの本が、どんな視点で描かれているか、楽しみにしてページを開きました。心躍る物語に引き込まれ、大満足の読後感でした。
 著者が日本人の心を深く理解されていることにも、とても感銘を受けました。

 “彼の一生は、波乱万丈の冒険小説であり、壮大な立身出世物語であり、感動的なヒューマンドラマであり、また一方、激動の幕末から明治にかけての日本とアメリカ(その他のヨーロッパ諸国)の政治戦略の縮図でもある”( 訳者あとがきより)
 著者は、本書でニューベリー賞オナーをはじめ、数々の児童文学賞を受賞されています。日本では一般書として出版されていますが、広い年齢層に読まれるべき本だと感じました。

ハート達(複数ハート)万次郎の子孫と、万次郎を養子にし、心から愛し、教育を受けさせたホイットフィールド船長の子孫は、ふたりの友情を受け継ぎ、日米草の根交流サミットに参加しているということです。
 また、ふたりにゆかりの深いマサチューセッツ州フォアヘイブンとニューベッドフォードは、高知県の土佐清水市と、姉妹年として交流を続けています。

メール本書に登場する、万次郎が思いをよせた少女・キャサリンは実在の人物で、万次郎にもらった五月祭の小さなかごと手紙をとても大切にしていて、80歳になってもそばに置いていたそうです。素適ですね!


 ぴかぴか(新しい)この本を読んで、日本人として、万次郎さんのことをとても誇らしく思いました。
 著者が、日本の心をを深く理解されていることも、とても嬉しく感じられ、そう感じる自分の、日本人の遺伝子、先祖とのつながりも、あらためて発見した気がしました。
台風始原への旅立ち 第2部
 『恋をするエイラ』上・中・下巻          
       ジーン・アウル・作  中村妙子/訳  評論社(1985年)1800円

 始原への旅立ち 第1部『大地の子エイラ』(上・中・下巻)では、ネアンデルタール人に助けられた、クロマニヨン人の子供エイラが、氏族とのさまざまな相違点ゆえにぶつかる困難に耐え、乗り越えていくのですが、理解ある氏族の長・ブルンがその地位を退き、エイラを目の敵にする、その息子のブラウドが長となったとき、追い出されてしまいます。

やや欠け月第2部でエイラは、自分と同類の人を探して旅を続けますが、なかなか出会うことができず、住まいに格好の洞穴をみつけて、しばらくそこで暮らすことにします。
 火を起こし、食用・薬として植物を採集し、狩りをして、生きるためにあらゆることを自分でやっていかなくてはなりません。その生活を、作者はまるで映画のように、読者の瞼の裏に生きいきと浮かび上がらせてくれます。
 表紙裏に、当時の地図が示されていて、エイラのたどる道が線で示されていますが、それとは別の線がもう一つあります。クロマニヨン人(ゼランドニー族)の若者、ジョンダラーとソノーランがたどる道です。両者のたどる道は、“野馬の谷”というところで出会っています。
 第2部では両者の旅と生活の様子が、交互に展開します。そして2巻目の最後になって、ようやく出会うことになるのです。

台風これは壮大なロマンです。家事の合間にこの物語に入っていくとき、現実を飛び越え、古代の空気を思いっきり吸っているような気がします。至福の時間です。
 〈始原への旅立ち〉はこのあと、第3部『狩りをするエイラ』(上・中・下巻)、さらに第4部『大陸を駆けるエイラ』(上・中・下巻)へと続いき、第6巻で完結するということです。いつも長編を読み終える時は淋しい気持ちになるのですが、それはまだまだ先送りに出来そうです。

ハート第1部 『大地の子エイラ』(上・中・下巻)は、外国の児童書のコーナーで紹介しています。

台風始原への旅立ち 第3部
 『狩りをするエイラ』 上・中・下巻
        ジーン・アウル/作  中村妙子/訳  評論社

ウマまず第2部のあらすじから。氏族のもとを追放されたエイラが、自分と同じ種族の人間を求めて1人で旅をし、洞穴を見つけてそこで暮らしてみることにしますが、ここでもさまざまな出来事があります。野馬の仔を助けて連れ帰り一緒に暮らすうちに、友達のように心通わせる関係になります。また、傷ついた洞穴ライオンの仔を連れ帰り育てます。
 そして、はるか西の方から長い旅を続けて来た、ジョンダラーとソノーランの兄弟に出会います。うっかり洞穴ライオンのテリトリーに踏み込んだ2人がライオンにやられ、エイラが止めに入りますが、弟のソノーランは死んでしまいます。瀕死の重傷を負った兄のジョンダラーを、エイラは洞穴に連れて帰り怪我の治療をします。エイラとジョンダラーは愛しあうようになります。

やや欠け月第3部でエイラとジョンダラーは、第2部の終わりで出会ったマムトイ族のライオンキャンプの人達に招かれ、そこに滞在することにしますが、そこでも様々なドラマが展開します。
 マムトイ族はマンモス狩りに長けた種族で、その中のひとつであるライオンキャンプの人達は、地面を掘って半地下にし、マンモスの骨をたくみに使って骨組にし、雨や雪、寒さをしのぎ、何組かの家族が共に暮らせる大きな住居を作って生活しています。

 はるか昔である先史時代・ウルム氷期のヨーロッパの人々の暮らしが、細やかに生きいきと、そしてドラマチックに展開していくことは新鮮な驚きです。
 人々の使う、狩りや生活のためのさまざまな道具とそれを作る過程、皮をなめしたり、籠を編んだりして生活に必要な様々な物を作る方法、草原に育つ多種多様な植物とそこに生息するさまざまな生き物たちのこと、それらを採取したり、狩りをしたりして作る料理の場面などがドラマの中で細やかに生きいきと再現され、自分もその場で体験しているように心躍る気分になり、引き込まれてしまいます。
 ジョンダラーの恋敵・ラネクも登場。こちらもハラハラさせられます。

 第2部では、偶然に黄鉄鉱とフリントが打ち合わされて火花が散ったことで、火を簡単に起こす方法を発見する場面が印象的でした。第3部ではジョンダラーが考案した「槍投げ器」をライオンキャンプの面々に披露する場面なども出て来ます。
最初に野馬を飼い慣らし、仔オオカミを育ててみた人があり、人間の生活にとって役立つことがわかってきて、馬や犬を飼うことにつながってきたこともわかります。これらはお話の流れの中に自然に組み込まれているのです。

台風始原への旅立ち〉第4部
 『大陸をかけるエイラ』 上・中・下巻
          ジーン・アウル/作  百々佑利子/訳  評論社

ウマ第4部ではエイラとジョンダラーは、マンモスハンターであるマムトイ族のもとを離れて、ジョンダラーの故郷であるゼランドニー族のもとへと、長い旅に出ます。
 まず南をめざして旅をし、やっとベラン海(黒海)に辿りつきます。ここは母なる大河ドナウの行き着くところで、そこから川に沿って西へ西へと、源流をめざして進みます。
 ジョンダラーとソノーランの兄弟が旅したほぼ同じコースを、今度は反対に辿ることになるのです。ソノーランは亡くなりましたが、今度は、エイラと、二頭の馬・ヒンニーとレーサー、狼・ウルフと一緒の旅です。
 ゼランドニー族の暮らす土地は、今のフランスの辺りです。

 表紙は正直のところあまり好みではありません。エイラとジョンダラーも含めて、全体がイメージと違う。(各章の初めを飾る挿し絵は、力強くてとても素敵なのですが)このシリーズのようなスケールの大きな作品は、どうしても画家の力量が及ばない場合が多々あるような気がします。例えば、宮沢賢治の童話に触発されて多くの絵本が出版されていますが、作品の大きさには及ばないと感じるものがとても多いのです。この表紙も、いっそ少し省略して抽象性をもたせればいいのではないかと思ったりしました。



ウマ〈エイラ 地上の旅人 11〜13 〉 ジーン・アウル/作
                   白石 朗/訳  ホーム社/発行 集英社/発売

 『大地の子エイラ』(評論社)から始まるシリーズ〈始原への旅立ち〉を、『大陸をかけるエイラ』まで読み進んできましたが、その続きはまだ出版されていません。それで、ホーム社・発行で集英社から出版されている同じ本の訳のシリーズがあり、そちらを読んでみることにしました。
 このシリーズの原題は〈ARTH’S CHILDREN〉といいますが、集英社のシリーズでは〈エイラ 地上の旅人〉となっています。評論社・刊の『大陸をかけるエイラ』の続きにあたるのが、今日ご紹介する『故郷の岩谷』(The Shelters of Stone)です。

 エイラとジョンダラーは、マムトイ族の人々に別れを告げ、母なる大河・ドナウの源流に添って西へ西へと旅を続けます。そして、一年余りをかけてようやくジョンダラーの故郷であるゼランドニー族のもとへ辿り着きます。ゼランドニー族の暮らす土地は、今のフランスにあたります。

クローバージョンダラーの家族が住む、ゼランドニー族〈九の洞〉が根拠にしているのは、高くまでそそり立った石灰岩の崖です。この崖が風雪によって浸食された結果、覆いかぶさるように突きだした巨大な岩棚が形成されました。この突き出た岩棚は、その下に幅200メートル近く、奥行きが45メートルほどの空間を擁し、岩棚に守られた生活空間はじつに約9,300平方メートルにもおよび、ここでほぼ200人の人々が生活していました。
 他にも近辺に同じような岩棚が多く点在し、そこで生活する人々がいました。
 石灰岩は熱をよく吸収する性質をもち、午後の長く伸びた日ざしは岩谷奥深くまでとどいて、氷河期の冬の猛烈な寒さから人々を守る役目をしました。

 現在ロージュリー・オート洞窟と呼ばれているところ(フランス南西部・ドルドーニュ県のレゼジー・ド・タヤック村にある)が、このゼランドニー族〈九の洞〉のモデルになっています。

 フランスの遺跡でも特に有名な「ラスコー洞窟」は今から約1万5千年前のものだということですが、このシリーズの舞台になっている遺跡は約3万年以上も前のものだということです。

 作者はこのシリーズを執筆するにあたり、考古学と人類学の勉強以外にも、内科医、外科医、食用になる動植物コレクションの大家などにも教えを乞い、ヨーロッパ取材旅行では、フランスのさまざまな遺跡をはじめ、オーストラリア、チェコスロバキア、ウクライナをまわったとあります。

ぴかぴか(新しい)このロマンにあふれた物語に惹きこまれ、読み進んでいくうちに、いつの間にかはかりしれないくらい多くのことを学んでいることに気づかされます。

クローバー写真右は、フランス・ドルドーニュ地方にある「フォン・ド・ゴーム洞窟」の壁画。
 エイラ 地上の旅人 [15]〜[16]
 第6部『聖なる洞窟の地』 上・中・下巻  ジーン・アウル/作  白石 朗/訳 
                       ホーム社:発行 集英社:発売

 <エイラ 地上の旅人>シリーズも、『聖なる洞窟の地』上・中・下巻をもって完結することになりました。長い間かかってようやく読み終えましたが、家事の合間にこの本を読むのがとても楽しみだったので淋しい気がします。長編を読み終える時はいつも、もっと続いてくれたらいいのに、と思います。この先登場人物たちはどうなっていくのでしょうか。余韻が残ります。

台風第5部『故郷の岩谷』上・中・下巻では、ジョンダラーの家族が暮らす“ゼランドニー族9の洞”へ辿り着いたエイラとジョンダラーが、やっと「つれあい」になることが出来、ジョネイラという娘も生まれましたが、第6部では、ゼランドニ(霊的なことを司る人)の侍者となったエイラは「ゼランドニ」になるための修行をしていきます。その修行の一環として、大ゼランドニとともに聖なる洞窟の数々を訪れる旅に出ます。

 数々の修練を経て、一年にわたる太陽と月の動きの観察を終えるころ、エイラは女神から召命を受けますが、その時に身ごもっていた子どもを失います。
 このあと、「夏のつどい」に集まっているゼランドニー族のもとへ、遅れてようやく到着したエイラに大きな試練が待っています。

やや欠け月作者はこのシリーズで、「古代人の大らかな性について」書きたかったということです。
 古代では、赤ん坊を授かるのは女神が男女の霊を混ぜ合わせたからだとされ、男女の媾合(まぐわい)が子どもを生まれさせるのだということが、まだ解っていませんでした。夏のつどいでは、女神を讃える行為として、だれとでも自由に媾合っていいとされていました。
 エイラは、男女が交わる時に子どもが宿るということにひそかに気づいていました。女神から召命を受けた時に、女神はエイラのお腹の子どもの命と引きかえに、男女が交わる時に子どもが宿るという「知識の賜物」を、エイラに授けます。

 この新しい「知識の賜物」はさまざまな変化をもたらし、世界を大きく変えていくことになるのです。
ゴッホは欺く 上下 新潮文庫 ジェフリーアーチャー

舞台は、9.11のニューヨークのあのビルから始まり、9月26日に見事に事件は解決。
美術ブローカーが暗躍する、ゴッホの自画像(耳を切った)をめぐる物語です。
そして、この物語で重要な役割を果たす人物の一人が日本人の収集家(財閥)です。
東京の「ホテル西洋銀座」が、この作家のお気に入りのホテルだとかで、登場します。

サスペンスなので、ストーリーは言いませんが、9.11のあの出来事をこんな風に仕上げることができるのかと、創作のスケールの大きさにもびっくりしました。
ジェフリーアーチャーは最初に読んだ、「百万ドルを取り返せ」がとても面白くて、それ以来、読み物に困った時のアーチャーさん。 スピード感があって、この作家はやはり面白い。
クローバー『三つの冠の物語』 〜 ヒース・樫・オリーブ 〜
              ローズマリ・サトクリフ/作  ヴィクター・アンブラス/挿画
                       山元史郎/訳  原書房(2003年)1800円

本ローズマリ・サトクリフは、イギリスを代表する歴史小説家。児童文学、成人向けの歴史小説、ともにすぐれた作品が数多く出版されています。
 これまでにサトクリフの児童書を何冊か読みましたが、自分がヨーロッパの歴史に詳しければ、もっとスムーズに物語の時代背景を理解できるのにと感じ、その足りなさを補っていくのが、これからの自分の課題かなと思っています。


ぴかぴか(新しい)本書は短編集で、ヒース・樫(オーク)・オリーブの三つの冠にまつわる話がおさめられています。とても素敵なお話で、心洗われる思いがしました。

 三つの物語の背景となっている時代や場所はさまざまです。
 第一話は一、二世紀頃のブリテン島に住んでいたケルト人部族、第二話は、三、四世紀頃のピクト人と戦うローマ軍、第三話は、紀元前ギリシアのオリンピックです。どの物語にも植物の花や枝を編んでつくった冠が出てきて、物語の中で重要な役割を果たしています。そして、どの物語でも、二人の若者の間の友情が中心テーマとなっています。

ハート余談ですが、最近テレビで、サトクリフの原作である『第九軍団のワシ』の映画が放映され、見ることが出来ました。登場人物のほとんどが男性で、戦いの場面が多くを占めていますが、不思議と殺伐とした感じがないのです。これまでに読んだサトクリフの作品にも共通していることですが、作品全体を包むロマンを感じ、それにとてもひきつけられるのです。大好きな作家です。

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