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THE HARD-BOILED DIARIESコミュの「彼方」THE HARD-BOILED DIARIES

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元ボスとの久しぶりの飲み会だった。
「元」とつけるには深すぎる信頼を、おれは今でも彼に持っている。

その元ボスとのサシではなく、もうひとり、彼女が同席していた。
元ボスは彼女とおれにとってみれば、文字通りのボスであり、兄貴であり、
そしてキューピッドでもあった。
おれたちふたりを引き合わせてくれたのも、別れの危機から救ってくれたのも
彼だった。
今夜の飲み会は、そんな彼へおれたちふたりからの、正式な挨拶でもあった。

S宿の、いい仕事をする焼き鳥ダイニングを会場に選んだ。
正式な挨拶と言っても、三人が三人とも飲んべえだ。
レストランや会席は柄じゃない。
鶏好きのボスの好みを優先して店を選んだ。
適当な時間に集まりだし、なんとなくの飲み始め。
挨拶なんてそっちのけで、いつもの飲み会と変わらない仕事の話とバカ話。

生ビールのグラスを三人で30杯ほど空けたころ、河岸を替えることになった。
正式な挨拶なんぞできもしないまま、タクシーでO塚へ移動した。
二次会はボスのリクエスト。行き付けのジャズバーだそうだ。

O塚駅の南口。都道436号線の上ると青い看板が見える。
イタリアの伝説のスケコマシから名を採ったジャズバー。
地階へ降りるにつれ、セッションの音色が大きくなる。
往年の名曲を下敷きに、ウッドベースとサックスがアドリブを競っている。
そこへピアノが絡み、ヴァイオリンがちょっかいを出し、
しかしドラムはしっかりとリズムを刻む。

扉を開けると、音符の洪水とともにママがボスの名を呼びながら駆けてきた。
おれはボスが「ちゃん」付けで呼ばれるところを始めて見た。
ボスにとってここはそんな気の置けない店なのだろう。

ボスはキープボトル――I.W.HAPRERだ――をおれたちに奢り、
自分は生ビールのグラスを空け続けた。
セッションは続いている。
スタンダード、アレンジ、オリジナル。
ジャズメンも客も自由気ままに音楽を楽しんでいた。

突然、曲調が変わった。
『Over the Rainbow』。
名画『オズの魔法使い』でジュディ・ガーランドが歌った曲だ。
しっかりとスタンダードを踏襲した演奏。
さっきまでスウィングしていた客たちも、しっとりと聴き入っていた。
演奏が終われば、もちろん、スタンディングオベーションだ。
しかし、どういうわけかその対象はおれたちふたりだった。
バンマスのピアノマンが、この曲はボスからのおれたちふたりへのプレゼントだと告げた。

おれたちの挨拶もまだだってのに、先回りして洒落たプレゼントとは…。
おれは礼とともに、そう不平を漏らした。
ボスはこう答えた。

「別にお前らへのプレゼントってわけじゃない。梅雨明けに相応しいと思っただけさ」

素直におめでとうって言えないのか。
しかし、おれはこの人のこんな奥ゆかしさをかわいいと思った。

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