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2006年03月04日00:04

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「耽奇館主人の日記」自選其の五十五

2004年07月03日(土)
マーロン・ブランドの死に方。

名優マーロン・ブランドが逝去した。
享年八十。
合掌。
私が初めて彼を観たのは、テレビ映画で放送されていた「妖精たちの森」だった。
子供たちに殺される下男の役を演じていたのだが、広大な邸宅において、胸像か彫像のように、どっしりとした存在感と、その中で渦巻く人間のもろさの極端な二面性をこともなげに表現していたので、私は小学生の時の初遭遇の印象をずっと鮮明に記憶している。
後で知ったことだが、「妖精たちの森」は、文豪ヘンリー・ジェイムズの「ねじの回転」の映画化作品で、ブランドを初めて観たのが名高い幽霊物語だったことに、思わずニヤリとしたものだ。
この後が、世界的に有名な、「ゴッド・ファーザー」。
マフィアの大ボス、ビトー・コルレオーネ。
私は、ブランド演じる老いた大ボスが、庭先で孫と追いかけっこをしながら、発作を起こしてそのまま倒れるという死に方が一番好きだった。
後の、アル・パチーノ演じる後代のボスが、一人寂しく椅子から転がるように崩れ落ちるという死に方と比べて、家庭人の、何という理想的な死に方であることか。
次に、大作「地獄の黙示録」。
密林の奥地にて独立王国を築いた米国軍人カーツ大佐。
コッポラの求めたイメージに反して、でっぷりと太ったスキンヘッドの大男。
私は、ブランド演じるカーツ大佐が何故肥満体でなければならないのか、私なりに理解している。
神に捧げる生贄は丸々太っている必要があるのだ。
「殺される王」としての、生贄。
原作者のジョゼフ・コンラッドの「闇の奥」における、カーツの抱え込んだ地獄の闇を表現しようとした結果、ブランドは自らを生贄そのものと考えたのではないだろうか。
後の、原作を完全映画化した、「真・地獄の黙示録」にて、カーツを演じたのは、個性俳優のジョン・マルコヴィッチだが、あまりにも原作に忠実だったため、何となく物足りなさを感じた。
最後に、「DNA」。あのSFの名作「ドクター・モローの島」のリメイクである。
私にとって、モロー博士といえば、バート・ランカスターだったが、ブランド演じる新しいモロー博士は、「地獄の黙示録」のカーツ大佐がそのまま生き延びたような格好だった。
獣人たちの頂点に君臨する異界の王。
ラットマン演じる小人とともにピアノを演奏するシーンが微笑を誘ったが、最期もまた悲劇的だった。
私の中のブランドは、「妖精たちの森」の下男に始まり、「DNA」のモロー博士で終わったのだが、その演技の素晴らしさは、堂々とした、王のような死に方に集約されていたような気がする。
見た目で派手に死ぬのではなく、内面からゆっくり崩れ落ちるように死ぬ。
そこに、ブランドの、人間に対する深い愛情と信念を感じずにはいられない。
再び合掌。
今日はここまで。
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