少年時代の私は。
好きな怪奇小説の中でも、特に「忍び寄る影」というシチュエーションが大好きだった。
江戸川乱歩の「緑衣の鬼」。
T.E.D.クラインの「角笛を吹く影」。
シャーリー・ジャクスンの「山荘綺談(現在、「たたり」に改題)」。
これらの影は特に印象深い。
イメージが果てしなく膨張する。
しかし。
絵画で目に見えるもの以外に、目に見えぬ影を意識させてしまった画家を知った時はほんとうに衝撃的だった。
その名はジョージ・トゥーカー(George Tooker)。
「The Subway」という作品で、中学の美術の教科書に横尾忠則と並んで載っていた。
横尾忠則のヘンな絵よりも、トゥーカーの絵に流れる「陰鬱さ」が一般に言うそれとは全く違った種類のものであることに、強く惹かれたものだ。
私は絵画というものは、どんな気分で観ても変わらぬものと、気分次第で全く印象が違ってくるものがあると考えているのだが、トゥーカーの絵はまさしく後者であった。
絵画を扱った怪談のシチュエーションに、絵そのものが動くというものがあるのだが、私は子供の時に初めて観て以来、迷宮のような地下鉄のなかをさまよう人々が「実際に」動き回るのを、今日に至るまで目撃し続けている。
それは、私自身の心のなかに忍び寄る影を強く意識する瞬間でもあるのだ。
アメリカの友人がトゥーカーの複製画を七月の私の誕生日に贈ってくれるとのことなので、あらためてトゥーカーを懐かしく思い出した次第・・・
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