仕事で久しぶりに国分寺に行った。
何年ぶりになるのかも分からないくらい、久しぶりだ。
ここを歩くと、いつも玉川上水に沿って夜の街を歩いていた二十代前半の頃を思い出す。
私と一番長く歩いてた仲間は、「三平」というあだ名のクラスメイトの女の子だった。
一年中、よれよれのジャージに、バサバサの髪、くわえ煙草、そして漫画家の白土三平がそうであったように、ミリ単位で薄くなってしまったビーチサンダルを履き通していた。
そんな風貌だから、当然、風呂もほとんど入っておらず、私も含めて周囲からいい加減に入れと言われた時しか頭と身体を洗ってこなかった。
でも、みんな似たりよったりの貧乏学生仲間だった。
私たちは貧乏でも活き活きと毎日を笑って暮らしていた。
毎日の心の栄養になったのは、酒と煙草、ロックと麻雀、そしてソフトクリーム。
みんなで余分なブリキ製の灰皿に、五円、十円と貯金して、それがソフトクリームを買えるくらいに貯まると、みんなして「回し舐め」した。
あの冷たさと甘さ。
ある夜。
課題を居残りでやっつけた私と三平は、一本の缶ビールを回し飲みしながら、三平の棲む国分寺のアパート目指して、玉川上水沿いをてくてくと歩いていた。
濃い目のギネスを(たったひとつの缶ビールで十分に酔うには、経済的にもギネスを買う必要があった)ゆるゆると回し飲みしているうちに、いきなり三平が気持ち悪くなったと言って、玉川に向かって戻した。
「おめえ、またすきっ腹に流し込んだろ?」と私。
「うん、一昨日からなんにも食ってない」と三平。
しょうがねえなと、私は草の生えているところを探して、食べられそうな草をむしって、玉川の水で洗って、試しに食べてみて、うん、大丈夫だと確かめて、三平の口元に持っていった。
それをむしゃむしゃと食べながら、ギネスで流し込む。
そして、ゲロと一緒に体力も戻してしまって、ぐったりした三平をおんぶして、夜の街を歩いて帰った。
ほぼ、そんな毎日だった。
その度に、夜の街の風の冷たさと、やけに眩しい街灯の白さが蘇える。
蘇える度に耳に浮かぶは、THEE MICHELL GUN ELEPHANTの「ドロップ」。
ぶらぶらと
夜になる
ぶらぶらと
夜をゆく
じりじりと
夜になる
じりじりと
夜をゆく
神の手は
にじむピンク
ぶらぶらと
夜になる
ぶらぶらと
夜をゆく
なめつくした
ドロップの気持ち
じりじりと
夜になる
じりじりと
夜をゆく
神の手は
にじむピンク
三平たちと過ごした夜の街は、ソフトクリームの冷たさと甘さとともにいつでも心に蘇える。
だから、国分寺には、アスファルトに垂れた私たちのソフトクリームの染みがいつまでも残っている。
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