1945年の誕生当時における国際連合(国連)の組織構造や仕組みは、主に第二次世界大戦の戦勝国(特に米・ソ・英・仏・中)が中心となり、二度とあのような大戦を起こさないための「強力な権限」を持つ組織として設計されました。
当時の国連の主な組織とその内容は、大きく以下の3つの特徴に分けることができます。
1. 中心となった主要な「2つの議場」
国連にはいくつかの主要機関が作られましたが、世界の安全保障を担う中心は安全保障理事会と総会でした。
安全保障理事会(安保理)
役割:世界の平和と安全に直接の責任を持つ、最も権限の強い機関です。
構成:5カ国の常任理事国(アメリカ、ソ連、イギリス、フランス、中華民国)と、任期2年の非常任理事国(当時は6カ国、現在は10カ国)で構成されました。
特徴:常任理事国の5カ国には、1カ国でも反対すれば決定を覆せる「拒否権(きょひけん)」が与えられました。これは、大国同士が一致協力しなければ世界の平和は維持できないという現実的な判断から作られた仕組みです。
総会
役割:すべての加盟国が1国1票の平等な投票権を持って話し合う議場です。
特徴:国際問題について幅広く議論できますが、ここでの決議には安保理のような「加盟国を法的に強制する力」はなく、あくまで「勧告(おすすめ・意見)」にとどまりました。
2. 武力制裁を可能にする「国連軍」の計画
前回の回答で触れた「日本が攻撃されたら、世界全体でその国を制裁する」という理想を支えるため、当時の国連憲章には非常に強力な軍事メカニズムが組み込まれていました。
国連軍の保有(第43条など)
加盟国は国連(安保理)との間で事前に協定を結び、要請があればいつでも軍隊(兵力や基地など)を提供する約束になっていました。
これにより、ルールを破った侵略国に対して、国連自体の指揮下にある「国連軍」が圧倒的な武力で制裁(正攻撃)を加えるという仕組みが想定されていました。
軍事参謀委員会(第47条)
常任理事国(5カ国)の参謀総長たちで構成され、国連軍の戦略的な指揮や武器の管理を行うための組織も作られました。
3. その他の主要な機関
平和維持(安全保障)以外にも、世界を安定させるための機関が同時に作られました。
経済社会理事会:貧困や病気、人権問題など、戦争の原因となり得る社会問題を解決するための機関です。
国際司法裁判所(ICJ):国家間の法律的な争いを裁判によって解決する最高裁判所です。
信託統治理事会:第二次世界大戦後に独立していない地域(植民地など)が、自立して独立できるように手助けする機関です。
当時の組織が抱えていた「誤算」
このように、当時の国連は「大国(常任理事国)が一致団結して、世界最強の警察組織(国連軍)を動かす」という非常に強力な内容でスタートしました。
しかし、憲法9条が制定された1946年頃には、すでにアメリカとソ連の対立(冷戦)が激化し始めていました。
双方がお互いの提案に対して「拒否権」を連発したため、安保理は完全に麻痺し、本来計画されていた「各国が兵力を出し合う常設の国連軍」は一度も結成されることがありませんでした。
結果として、国連は当初想定されたような「自動的に侵略国を攻撃して日本を守ってくれる組織」としては機能しなくなっていったのです。
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