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2026年11月04日11:16

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国連は、世界全体で平和を守るために「集団安全保障(しゅうだんあんぜんほしょう)」という仕組みを掲げました。これは以下のような理想のルールです。

日本国憲法が策定(制定)された1946年前後における「日本が攻撃された場合の国際的な防衛の仕組み」について、ご質問のような話を聞かれたのですね。
結論からお伝えすると、「その他の国すべての国が、日本を守るためにいつも攻撃国を必ず正攻撃(反撃)する」という、法的に強制力のある自動的な約束(条約や法律)は当時も今も存在しません。
しかし、なぜそのような話が生まれたのか、当時の背景には理想とされた国際秩序の仕組み(集団安全保障)が関係しています。詳しく解説します。


1. なぜそのような話があるのか?(国連の「集団安全保障」という理想)

憲法第9条が作られた当時(1946年)、ちょうど第二次世界大戦が終わり、国際連合(国連)が誕生したばかりでした。
国連は、世界全体で平和を守るために「集団安全保障(しゅうだんあんぜんほしょう)」という仕組みを掲げました。これは以下のような理想のルールです。
• どこかの国がルールを破って他国を攻撃(侵略)した場合、国連の加盟国全体が協力してその侵略国を制裁(攻撃)し、平和を取り戻す。
当時の日本政府の原案や議論の中には、「日本は憲法9条で軍隊を放棄するが、もし日本が侵略された場合は、この国連(国連軍)が日本を守ってくれるはずだ」という期待や前提がありました。ご質問の「その他の国すべてが守るために攻撃してくれる」というお話は、この国連の集団安全保障の理想像からきていると考えられます。


2. 現実にはどうだったのか?(自動的な約束にならなかった理由)

この仕組みは、現実には「いつでも必ず守ってくれる自動的な約束」としては機能しませんでした。理由は主に2つあります。
• 米ソ冷戦による国連の機能不全
国連が軍事的な制裁を行うには、安全保障理事会(安保理)の決定が必要です。しかし、すぐにアメリカを中心とする資本主義陣営と、ソ連を中心とする共産主義陣営の対立(冷戦)が始まり、互いに「拒否権」を使い合ったため、国連が一致団結して侵略国を攻撃する仕組みは実質的に機能しなくなりました。
• 強制力のない仕組み
国連の集団安全保障は、各国が自動的に参戦する仕組みではなく、安保理の要請や各国の意思に基づきます。そのため「いつも必ず正攻撃してくれる」という確定した法律の約束ではありません。


3. その後、日本はどうやって守ることになったのか?

国連による防衛が現実的ではないと分かったため、日本は別の方法で安全を確保することになりました。
• 日米安全保障条約(日米安保)の締結
日本が独立を回復した1951年(昭和26年)、アメリカとの間で日米安全保障条約を調印しました。これにより、「日本が攻撃された場合は、アメリカが日本と協力して防衛行動をとる」という個別の同盟関係によって国を守る現実的な仕組みが作られました。
• 自衛隊の創設
1954年(昭和29年)には、自分の国を自分で守るための必要最小限度の実力として「自衛隊」が発足しました。

憲法9条ができた当時、「世界全体(国連)で侵略国を処罰し、軍隊を持たない日本をも守る」という新しい時代の理想(集団安全保障)が議論されていたのは事実です。
しかし、それは「すべての国がいつも必ず日本を助けるために攻撃してくれる」という絶対的な法律の約束にはならず、冷戦の到来とともに理想通りには機能しませんでした。そのため日本は、独自の防衛力(自衛隊) と、アメリカとの同盟(日米安保条約) によって安全を保障する道を選び、それが現在まで続いています。






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