「森の歌」の特別練習には、東京混声合唱団から各パート1名、計4名の指導者が来た。最初に全体合唱の一部を練習した後、パートに分かれて2時間ほど練習し、最後にもう一度全体で合わせた。
バスは5人だった。前回の練習に初めて来ていた人は、今回は来ていなかった。この曲は初見だと言っていたから、やめたのだろう。まあ、正解だな。
バスの指導は、牧山亮さんである。ただ、5人のうち1人は体調が悪くてマスクをしていたので、実質4人。狭い練習室で、2時間、かなりこってりと指導を受けた。
https://youtu.be/ZXdq70w1KcQ
以前、合唱団OEK富山で東混のメンバーに指導してもらったときは、パートの音色を揃えることや、曲の細かな確認が中心だった。今回は、それとは少し違った。発声からかなり細かく見てもらった。声の出し方、響かせ方、音程、フレーズの作り方など、一つ一つについて具体的な指示が出る。
こういう練習は面白い。普段、自分たちは「この音を出して、この音符を歌う」というところに意識が行きがちである。しかし、プロの合唱団員から指導されると、同じ音符を歌うにしても、「どういう声で、どういう響きで歌うのか」というところまで考えさせられる。
音符を正しく歌えば終わりではない。その音をどんな声で出し、前後の音とどうつなぎ、フレーズとしてどう作るのか。そういうところまで踏み込んだ指導だった。
だが録音機を全体練習の部屋に置いたままにしていたので、最初はメモを取っていたが、指導のテンポが速く、とても追いつかない。途中から、予備の録音機を取りに行った。こういうときは、やはり録音しておいた方が後で役に立つ。2時間も具体的な指示を受けたのだから、その場で全部覚えておくのは無理である。家に帰ってから録音を聴き直し、自分の声を確認しながら練習する方が、はるかに効率がよい。
練習の途中で、牧山さんが昨年の富山での演奏会の話に触れた。
「一緒に歌いました」
「今年のカール・ジェンキンスも来たかったんです。ソリストのソプラノが芸大時代の同期なんで」
と、他の人には分からない話をした。
練習が終わって帰るときには、休憩中に紹介されたCDを買いたいと思い、その購入についても話した。
「富山の前からYouTubeで見てて知っていました。ああ、この人が来るんだなと思っていました」
自分は、指揮者やソリストと話すことはほとんどない。人見知りなのだ――というのは冗談で、やはり高校時代に植え付けられた「指導者は絶対不可侵」という感覚が残っているのだと思う。打ち上げなどで指揮者やソリストが近くにいても、何を話したらいいのか分からない。だから、こちらから声をかけることはない。
今回は、昨年の富山で一緒だったことや、以前からYouTubeで見ていたことなど、いくつか接点があった。だから自然に話ができた。まあ、特別なケースである。
さて、今日はまた「森の歌」の練習である。正直なところ、少し行く気がしない。昨日、東混の指導者から2時間みっちりと発声や歌い方を教わった。その翌日に、また「あのゲーゲー発声」が中心の練習になると思うと、せっかく昨日教えてもらったことが、別の方向に上書きされてしまいそうな気がする。
こういうときこそ、せっかく東混の人たちに来てもらっているのだから、合唱を専門にしている指導者から継続的に指導してもらえればと思う。
もちろん、指導者にもそれぞれの考え方がある。発声の方法も一つではない。だから、どちらが絶対に正しいという話ではない。ただ、昨日のような練習を経験すると、「合唱を専門に指導する人に教えてもらう」ということの意味を改めて感じるのである。
とはいえ、休まない。行けば行ったで歌うのである。
ただ、頭痛がずっと続いている。ぐっすり寝たはずなのに、目の奥まで痛い。妻からは「連休明けに脳検診を受けて」と言われている。たぶん、行くことになるだろう。
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