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2026年09月19日22:29

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結成60周年目前での「ボタン死す」か。

中田ボタンさん死去 肺がん闘病も力尽く…23年事実上の引退
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=8956158
上方漫才の「中田カウス・ボタン」の中田ボタン、亡くなる、ですか。昭和42年に中田カウスと漫才ユニットを結成、戦後を中心とした昭和期に上方の「しゃべくり漫才」を代表する兄弟漫才ユニットである「中田ダイマル・ラケット」に師事し(厳密には中田ダイマル・ラケットの弟子である中田アップが直接の師匠)、スピード感に富んだ話芸、更には、当時漫才師の衣装はスーツが常識だった中でデニム姿でマイク前に立ち、アイドル的漫才師の先駆的存在にもなったようです。
博打好きで女遊びが激しく、借金を重ねた私生活だったことでも知られ、カウスがボタンの私生活ネタをいじって笑いをとることも多かったようですが、上方漫才大賞を3回、上方お笑い大賞を1回受賞する実力派で、中田カウスとともに後進育成のために上方漫才協会を立ち上げ、上方漫才の発展に貢献した存在でしたが、平成31年2月ごろから「疲れが抜けない」「しゃべりにくい」などの症状を訴え、息が上がることも増え、検査入院となりました。3月には体調不良のため一時休養を発表、大阪・なんばグランド花月などの出番をキャンセルするほどで、令和5年には「区切りをつけたい」と吉本へ申し出てマネジメント契約を解消したほどでした。
その一方で、令和6年10月には、大阪・天満天神繁昌亭で行われた盟友である桂小文枝の55周年公演に出演、そこで、「ステージ4の肺癌」だったと明かしたとか。「血を吐きながら」舞台に出演、主治医から「余命3カ月」の診断を受けたことも同時に明らかにしていました。
来年で結成60周年を迎えようとしていた矢先、今月14日に大阪府内で亡くなっていたとのこと。享年78。合掌。
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