将棋の格言に「三桂あって詰まぬことなし」というものがある。将棋を知らない人には、なかなかわかりにくい格言だろう。
桂馬は、いわば先が二つに分かれたフォークのような動きをする。前方へ2マス、その左右どちらかへ1マス離れたところに跳ぶ。他の駒と違って、途中に駒があっても、それを飛び越えて進むことができる。この桂馬が3枚もあれば、その独特の動きを組み合わせて相手の玉の逃げ道を塞ぎ、詰みの形を作りやすい。そこから「三桂あって詰まぬことなし」という格言が生まれたのだろう。
とはいっても、実戦で桂馬を3枚も持つことは、そうそうない。桂馬は攻撃力のある駒なので、持ち駒になれば比較的早く使われる。わざわざ3枚も手元に残しておくことは少ないからだ。この格言を知っていても、実際のプロの対局で「なるほど、これが三桂か」と思う場面には、なかなかお目にかかれない。
ところが、今回それが出てきた。
将棋順位戦B級1組第5回戦、渡辺明九段対佐藤康光九段の一局である。結果は先手の渡辺九段が141手で勝ち、これで5連勝となった。この将棋が妙だった。渡辺九段は飛車を2枚とも自陣に打ち守備要員にして、攻めは桂馬と歩を中心に進めた。ずいぶん変わった構想である。そして、その過程で桂馬が3枚になる場面が何度も現れた。「三桂あって詰まぬことなし」という格言を、まるで実演しているような将棋である。
ただ、名局だったかと言われると、自分は少し違うように思う。手に汗握る攻防が延々と続くような「熱戦」という感じではなかった。
毎年年度末になると、プロ棋士がその年度の好局、熱局を10局選ぶ。そこにこの将棋が入るような気がする。名局だからというより、「こんな将棋があったのか」という意味で記憶に残る一局だからだ。
ちなみに将棋には「四桂は死刑に通じる」という、いささか物騒な言葉もある。桂馬は全部で4枚だから、四桂は理論上可能である。ただ、「四桂」が「死刑」に通じるという語呂合わせから、縁起が悪いとして、ほとんど使われないようだ。
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