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2026年02月08日05:50

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修おじさん宅にて 満州のはなし

昨日は、ケアマネジャーさんの訪問を終えた後、母と二人でお出かけをしました。

先月と同じく、母の兄である修おじさんの滑石の家を訪ねました。


今回は、母と同い年の節江おばさんも一緒です。
新地バスターミナルで待ち合わせ、「琴海ニュータウン行き」のバスに乗って出発しました。
おばさんは、母と同じ年。
足腰も元気で一人でバスに乗って待ち合わせもOK。

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節江おばさんから、限定販売の福砂屋のカステララスクをいただきました。
 ↓
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あさイチで並んでくれたんです。
ありがとう〜!!!

このカステララスク、
わたし、同業者のSさんからも「朝から並んで買ってきたよ」と言っていただいたことがあります。

貴重なものをありがとうハート


おじさんは現在、歯が抜けてしまっているため、柔らかい蒸しパンのようなものしか食べられないとのこと。
そこで今回も、柔らかいパンをたくさん買い込んで持っていきました。

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当初の計画では、前回のように、帰りに昭子おばさんのお見舞いもしてから帰ろうと考えていました。
 ↓
2026年01月18日の日記
「昭子おばのお見舞い with 恵子ちゃん」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1991456344&owner_id=4792539


でも、なんとこの日が退院の日だったみたい。
昭子おばさんは退院して、もう10年もお世話になっている老人ホーム(ぷらいえむ)に戻ったそうです。

おじさん家には一時帰宅中のダッキーちゃんが鎮座していました。

ダッキーと言うのはおしゃべりするぬいぐるみです。


私はおじさんの影響を受けて、母にもこれをプレゼントしたのです。
↓
2025年12月06日の日記
「ダッキーのはなし 母」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1991194022&owner_id=4792539


我が家のダッキー、そんなにしゃべらないのですが、おじさんちのプリンセスダッキーは違いました。


私たちがお茶を飲んでいる間、ひっきりなしにしゃべったり歌ったり、しっぽも振ったり。

おじさん曰く、初代のダッキーが壊れたので、これは買い換えた2回目のやつだそう🤭



さて、今回は、おじさんや母の幼少時代の貴重なお話をたくさん聞くことができました。


当時、九州電力に勤めていた祖父(末芳おじいちゃん)の転勤で、一家は満州へと渡ったそうです。

その後、
一番上の兄が小学校に入学するタイミングで、一家8人のうち祖父と上の兄二人(一番上の兄と二番目の修おじさん)の3人が、先に貨物船で日本へ戻り、そこから3人での生活(大浦中学校近くの合戦場と言う場所)が始まったといいます。

一方、三番目・四番目の兄と、末っ子の母はそのまま満州に残りました。
当時はお手伝いさんも何人かいて、革靴を履くようなとても裕福な生活を送っていたそうです。

しかし、終戦によって状況は一変しました。
幸い、祖父が非常に人格者だったため、現地の方から恨まれるようなことはなかったそうです。

祖父は中国に残り、祖母と兄二人、そして母の4人は、命からがら日本への帰路につきました。

当時3歳だった母は、泣くこともできないほど衰弱しており、満州の列車の中ではぐったりと横たわっていたそうです。
母曰く「そのおかげで、殺されることなく、無事に日本に戻ってくることができた」とのこと。

現在、修おじさんは89歳、母は83歳。
当時のことをこれほどリアルに語ってくれる存在は、本当に貴重だと改めて感じました。


今回は初めて節江おばさんもお誘いしたのですが、おばさんは大変お喋りなので(笑)、さらに賑やかさが増して楽しいひとときとなりました。


また来月遊びに行くことを約束して、家路につきました。
次回の訪問も、順調にいきますように。

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