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2024年08月06日05:20

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『盛夏の祝祭』

 「海が好き!2024」https://www.pixiv.net/artworks/119740362参加作品です。
 『聖闘士星矢』の二次創作。原作の三年前で、カノンが海界に来てから十年後の設定です。カノン二十五歳、テティス十二歳、バイアン十五歳、イオ十四歳、カーサ十八歳、クリシュナ十六歳。アイザックとソレントはまだ海界に来てません。
 海将軍たちが夏の祝祭に着る衣装の打ち合わせをしている話。海界は直射日光が入らないので、盛夏でも最高気温は28℃とかじゃないかなぁ…うらやま…。
 マイオリジナルの海界設定を使っていますが、知らなくても読んでもらえるとは
思います。マイオリジナル海界設定については『ポセイドニア・コモーディア』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3455689あたりを参照。
 七月のうちにはネタは考えてたんですが、なかなか筆が進まなくて、「せめて、せめて八月の上旬中には…!」と自分に発破をかけて何とか間に合いました…。
 昨年の作品はこちら。『お坊ちゃまにも苦労はある』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20297067
  はるか様、今年の素敵な企画を開催いただき、ありがとうございます!
 
『盛夏の祝祭』

 はるか深い海の底、人間の世界と重なる別の次元に、もう一つの世界、海の神ポセイドンによって支配される世界がある。
 神話の時代に海皇ポセイドンに仕えた海闘士たちや、ポセイドン神を信仰して彼に従った人々がその世界に移り住み、現代まで古代ギリシャの神々への信仰と祭儀を変わることなく行っている。「海界」と呼ばれるその世界の中心都市は、主神であるポセイドンの名をつけて「ポセイドニア」と名付けられた。
 そして盛夏の時期、ポセイドニアでは「ポセイドニア建国祭」が開催される。通常は四日に渡って祭りが続き、四頭立て戦車の競走、レスリングや円盤投げなどの体育競技、合唱隊による賛歌、荘厳な祭列を仕立ててのポセイドン神への犠牲式、夜の街を色とりどりの提灯で照らし、最後の夜には盛大な花火を打ち上げ…と、四日間にわたって住民たちはお祭り騒ぎを堪能する。他の都市からの観光客も多く、ポセイドニアでは街中が祝祭の雰囲気に包まれて浮かれる期間である。
 特に四年に一度の建国祭は「大祭」として、通常の四日間から倍の八日間をかけて祭りが行われる。いつもの祝祭行事に加え、様々に飾りつけた山車の巡行、趣向を凝らした仮装行列、手漕ぎのボートによる競艇が追加で行われ、さらに賑わいは大きくなる。
 そしてこの年の大祭には、十五歳になる海馬のバイアン、十四歳のスキュラのイオ、今年十八歳になるリュムナデスのカーサ、今年十六歳になるクリュサオルのクリシュナ、と、海将軍筆頭である海龍のカノンを含め、今、海皇ポセイドンの意志のもとに集っている海将軍が全員、祭りに列席するということになり、これもまた街の住民たちの話題になっていた。
 これまでも例年のポセイドニア建国祭に、少しずつ集いつつあった海将軍たちは出席はしていたのだが、まだ年少だったこともあり、最初の挨拶にちょっと顔出しをする程度で、後は一般客として祭りを楽しむ側だった。
 しかし今年は四年に一度の大祭ということで、ポセイドニアの統治者であり、最高位のポセイドン神官として最高神祇官の職位にもある海将軍筆頭・海龍のカノンが
「四年の一度の大祭で、お前たちもそれなりの年齢になったから、いい機会だ。お前たちのお披露目がてら、それぞれに役目を受け持って大祭に参加してもらおう」
 という鶴の一声ならぬ海龍の一声で、四名の海将軍たちのポセイドニア建国大祭への本格参加が決定されたのだった。ちなみにカノン自身はというと、海界に来てから初めてのポセイドニア建国祭となった十六歳時の祭りには彼自身のお披露目を兼ねて顔出しをし、この世界での成人年齢となった十八歳以降は本格的に建国祭を仕切る立場側で働いていた。
 というわけで、十代の四人の海将軍たちはカノンによってそれぞれに仕事を割り振られ、バイアンは戦車競技に、イオは競艇に列席して、それぞれ開幕の挨拶と優勝者の表彰をしろとか、カーサは仮装行列の手配に加わって当日は行列の先導をしろとか、クリシュナは街区ごとに違うテーマで競う提灯飾りの調整をしろとか言いつけられ、単純に一般参加者として祭りを楽しんでいられた昨年までと違って、主催側として準備に忙しく過ごすはめになったのだった。
 そして今日、四人の海将軍たちは、海界のニンフたちの居城である「白の館」に全員が集合していた。この館の主であり、神話の時代から海界のニンフたちを取りまとめている「白の女神」レウコテアは、海闘士たちの世話役でもある。今日は大祭の時にそれぞれの海将軍たちが着る衣装の打ち合わせをするため、全員がこの館に集まったのであった。
「う〜、やっぱり動きにくいなぁ」
 競艇への列席時に着る長衣を身に着けたイオが、背丈よりも大きい鏡の前で自分の姿を確認しながら愚痴った。
 夏ということで半袖に膝丈までの萌黄色のワンピース型をした短衣の上に、長い衣を巻き付ける形式の、古代ギリシャ風の衣装である。短衣も長衣も絹一〇〇%で織られた高価な衣装で、金糸銀糸で神話の「スキュラ」を象った意匠が縁取りを飾っており、さらにそこに数々の貴石やガラス製の模造宝石が縫い付けられているという豪勢さである。
 だが夏に絹製の衣というのは、まず少年のイオにとっては
「暑い!」
 という感想が最初に来るのであった。イオ本人からして金糸銀糸や宝石類の豪華さに目がくらむ性格でもない。しかもなんと、開催の挨拶時、ポセイドン神への犠牲式の列席時、競艇への列席時、市民たちを招待しての夜宴への出席時、閉会の挨拶時などなどと、参加する場面それぞれごとに異なる衣装が用意されているという贅沢さである。
 市民にとっては「海将軍」も立派な「祭りの見世物」の一つなのだから、観客たちの目を楽しませないといけない…という理由らしいのだが、数々の衣装を試着して、感想と調整を求められるイオ本人にとっては、面倒なだけの話であった。
「で、本番では、この松の冠をかぶるんだろ?これ、ちくちくして痛くない?」
 ニンフが捧げる盆の上に置いてあった松の花冠をイオが手に取る。松はポセイドン神の聖木である。しかし祭りのために見た目の華やかさ重視ということで、今回用意されているのは生の松を使った花冠ではなく、銀製の松葉に金製の松ぼっくりが付くという、これまた豪華仕様の松冠であった。
 ぶっちゃけ、カノンは私生活面ではどちらかというとケチなたちなので、イオは「よくあのシードラゴンがこんな金のかかるものを許可したなぁ…」と思うのだが、私生活と公式行事は別、それに一度作れば後々まで使い回しができる、というのがカノンの考えだったらしく、建国祭のための予算は惜しまなかったようだ。
「葉の部分は内側に向かないように作られてますから、大丈夫ですわ」
 ニンフの一人がそう言ってイオの頭に銀製の松冠を乗せる。ごてごてと飾り付けられた自分の姿を角度を変えながらイオは大鏡で確認し、しかしどこかしっくりしないような表情を浮かべていた。ニンフたちはそんなイオの戸惑いはよそに、縁取りの位置やひだの位置を確認してチェックしている。
「まあ、これはこれで悪くない」
 イオの隣ではバイアンが同じように衣装のチェックをされながら、大鏡に映る自分の姿にうなずいていた。正統派なイケメンであるバイアンには華麗な絹と宝石と金糸の衣装が良く映えた。祭りでは女性の参加者たちから黄色い歓声が飛びそうな、ほれぼれとする美少年ぶりである。
 ちなみに鮮やかな青紫色を生地の基調にしたバイアンの長衣に対し、イオの長衣は浅葱色を基調にしている。縁取りも「スキュラ」を象って六つの獣の意匠を刺繍されたイオのものに対し、バイアンのものは当然ながら上半身は馬で下半身は魚をした「海馬」をモチーフに使った刺繍だ。
「いや〜、しかしこんな派手な衣装を着るのがこんな醜男では、衣装に申し訳がないやんすね〜」
 同じ室内で衣装チェックをしているカーサが照れ隠しなのかどうか、鏡の中の自分の姿に自嘲してみせた。
「この顔ではどうも衣装負けしますんで、仮面で顔を隠すか、どこかの俳優の顔でも借りましょうかね?」
 カーサは笑って自分の顔を撫で、冗談なのか本気なのか判断がつかぬことを、彼の衣装チェックを担当しているニンフにもこぼした。
「御冗談を。リュムナデス様も十分にご立派ですわ」
 こうして、こうして、ここをこうして…と、カーサの衣装を整えながらニンフがカーサに話しかける。
「ふむ。リュムナデスは変幻自在に姿を変える魔物だ。場面ごとに違う仮面をつけて登場したら、その方が見世物としては面白いかもしれんな」
 真面目な顔でそう言ったのはクリシュナだった。玄武岩の様に物堅い男なので、もちろんカーサに対して悪意や侮蔑の感情があってそのような発言をしているわけではない。単純に「祭りをどう盛り上げるか」を考えて、この提案をしただけである。クリシュナ自身も贅沢や華美な衣装は好まないし、いつもは質素と節倹を旨とするベジタリアンな生活を送っている。しかし祭りで民衆を楽しませるのも自分の役目の一つ、と割り切って、マネキン人形にでもなった心持ちで彼は衣装合わせに参加しているのであった。
「おー!そのアイデア、いいっすね!仮面、今からでも用意できますかね?」
 カーサもクリシュナの気質は知っているので、嫌味とは受け取らずに彼の提案を前向きに受け取った。
「仮面なら、これまで大祭での仮装行列で使ったもので、残してあるものがあるのではないかな?それを手直しすれば、使えるのでは?」
 バイアンもカーサにそう提案した。
「それだ!それなら数もあるし、時間もかけずに仮面を作れるっすね!バイアン、ナイスアイデア!」
 試着が終わったらさっそく良さそうな仮面をニンフたちと探すっす〜、とカーサが上機嫌に鼻歌を歌った。
 ちなみにカーサが試着している衣装の長衣は青藍色で、クリシュナの長衣は緑青色である。縁取りの刺繍も、カーサが称号に冠する「リュムナデス」は変幻自在の魔物ということで、貝、魚、タコ、イルカなどの様々な海の生き物をモチーフにしている。片やクリシュナは、「クリュサオル」はポセイドン神の息子の勇士ということで、剣、槍、盾、兜などの様々な武具を象った刺繍になっていた。
 他の場面で纏う衣装も、同じ青系統の色味でありながらも異なる色の長衣が用意され、縁取りの刺繍も金糸銀糸の割合や使う宝石の色の違いなどで変化を出している。下に着る短衣も、純白、明るい黄色、薄い灰色、濃い緑色などなどと、これまた少しずつ色合いを変えており、実に手が込んでいる衣装であることは、少年の海将軍たちにも分かるのであった。衣装一着当たりにどれくらいの金額がかかっているかは、誰も聞かない。聞いたら、怖くて衣装に袖を通せなくなりそうだからだ。
「バイアンさま〜、イオさま〜、カーサさま〜、クリシュナさま〜!」
 衣装合わせをしていた海将軍たちの耳に、場違いな明るい女の子の声と軽快な足音が響いた。
「こら、テティス!だめ…」
「見て見て!見てくださ〜い!」
 扉が開き、美しい金髪の少女と、彼女を制止しようとする年上のニンフが海将軍たちが集う部屋に入ってきた。
 少女は、人魚姫の海闘士であるテティスだった。まだ十二歳であるテティスは、海将軍たちにとっても「白の館」のニンフたちにとっても、一番年下の妹、という感じの相手である。
「ね、ね!綺麗な衣装でしょう!?」
 テティスは海将軍たちの前でスカートの裾をつまんで広げると、くるりと一回転してみせた。
 テティスは鮮やかな黄色をした裾の長いワンピース型の下衣の上に、明るい紅色の上衣を身に着けていた。両肩の部分をブローチで止めるタイプの上衣もまた、足首まで裾のある、袖なしの長いワンピース型だ。紅色の上衣には金糸で魚や貝、波模様の刺繍が縁取りされており、生地全体には真珠とムーンストーンがちりばめられて、きらきらと輝いている。さらに細長い白絹のストールを両腕にかけ、その裳裾がひらひらと波に揺らめくように動いていた。小さく可愛い両足には、真っ白に染めた鹿皮で作られたサンダルを履いている。
「やあ、テティス」
「それが君の衣装?可愛いね!」
「そう言えば、今年はニンフの合唱隊に初めて参加するのだったな」
「どこかのお姫様みたいっすよ!見違えたっす!」
 海将軍たちの賛辞に、テティスは「えへへへ…」と嬉しそうに照れ笑いをしてみせた。
 ポセイドニア建国祭ではポセイドン神への捧げ物として、市民の少女たちによる合唱隊の賛歌が複数の組で行われる。「白の館」のニンフたちの合唱隊もその一つで、年少のテティスは今年初めて合唱隊に参加することになったのだった。
 皆と一緒に合唱するだけではなく、独唱パートと舞踏のパートまで特別に用意してもらい、美しい舞台衣装もあつらえてもらったテティスは、大いに張り切っていたのだった。
「ほら、もういいでしょう、テティス。皆様のお邪魔をしてはダメよ?それに髪型もまだ…」
 だが美しい衣装に張り切りまくったテティスは、元の部屋に戻ろうと促した姉役のニンフの声を無視し、こう宣言した。
「私、シードラゴン様にも見てもらってきます!」
 そしてニンフや海将軍たちが止める間もなく、テティスは、とててて…と裳裾をからげて室外に走り出したのだった。
「いや、テティス、さすがにそれはまずいって…」
「シードラゴンの邪魔をしたら…」
 カノンの部屋に行こうとするテティスを制止しようと、海将軍たちが慌ててテティスの後を追った。カノンも今日は「白の館」で衣装の打ち合わせをしているのだが、彼だけ別室になっているのは、衣装以外にも打ち合わせをするべきことが多々あるからだった。部屋に乱入されて仕事の邪魔をされたも同然のカノンの怒りの雷がテティスに落ちることを懸念し、海将軍たちは彼女を止めようとした。
 だがテティスは意外な足の速さで廊下を駆け抜け、後を追った海将軍たちが止める暇もなく、カノンの居室の部屋をばーんと遠慮なく開けたのだった。
「シードラゴン様!」
 少女の声に室内にいたカノンが振り向いた。
 衣装の打ち合わせ途中だったカノンは、ちょうど建国祭の開催時の挨拶で身に着ける衣装の試着をしていた。
 テティスの掛け声に、純白の短衣の上に鮮やかな群青色の長衣をまとったカノンが振り返った。涼やかな切れ長をした水色の瞳が侵入者たちに向けられる。
 カノンが着ていた開催時の挨拶のための衣装は、統一性を出すために全ての海将軍が同じ色の衣装になっている。カノン用の長衣の縁取りの意匠はもちろん「海龍」、そしてポセイドン神の象徴たる「三叉戟」である。銀糸が多めに使われた刺繍のところどころにダイヤモンドとサファイアが縫い込まれており、銀糸と宝石に光が当たるごとにきらめいていた。そして深い青色の長衣の上には、輝く銀髪が波を打って流れ落ちている。
 堂々たる体格の美丈夫が古代ギリシャ風の見事な衣装をまとって立っている姿は、まさに神話の中の英雄が物語絵から飛び出して来たかのような風格があった。「海皇ポセイドンの代理人」と呼ばれるにふさわしい威厳と美の結晶で、なんなら「現世に降臨されたポセイドン神そのものだ」と言っても通用しそうなくらいである。
「ぐう…負けた…」
「オトナの魅力…」
「…天然物には勝てないっすね…」
「さすが海将軍筆頭…」
 四人の海将軍たちがカノンの姿にそれぞれにうなった。
 テティスもまたカノンの姿に見惚れたのか、しばらくぼーっとしていたが、やがてここに来た目的を思い出してはっと声を上げた。
「シードラゴン様!」
「どうした、テティス」
 いささか面倒くさげに、カノンは腕にかかっていた長衣の裾を整えながら少女に答えた。
「これ!見てください!私が今度のお祭りで着る衣装なんです!」
 テティスが両腕を広げて、自分の衣装をカノンに見せびらかす。
「ね?ね?綺麗ですか?」
 一生懸命にテティスがカノンに尋ねる。カノンは少し首をかしげて、さして興味もなさそうな風で言った。
「…ああ、綺麗だな」
「本当ですか!?」
 テティスがカノンの賛辞に食い入った。
「ああ、本当だ。良く似合っているな」
「うふふふ…」
 そう繰り返されて、テティスは心の底から嬉しそうに笑った。そしてさらに、テティスはカノンの前で自分が踊ることになっているパートの踊りを披露してみせた。
「今度のお祭りでは、踊りも踊るんですよ!こんな感じで」
「ああ…」
「ね?ね?上手に踊れてました?」
 繰り返して確認してくる少女の必死な様子に、とうとうカノンは苦笑した。
「ああ、上手だ」
 そしてカノンは手を伸ばし、テティスの金髪が揺れる頭を撫でた。
「本番では楽しみにしているからな。ちゃんと踊るんだぞ」
「はい!」
 カノンに褒められ、テティスは本当に嬉しそうに、誇らしげに、勢いよく返事をした。
「シードラゴン様、肩の部分を止めるブローチをお選びください」
 カノンの隣に控えていたニンフが、複数のブローチを並べた盆をカノンの前に差し出した。そこに置かれていたブローチを眺めていたカノンは、やがてその中から一つを手に取った。それはガーネットと黄水晶と紫水晶で作られたブローチだった。大きな黄水晶を中心に、ガーネットと紫水晶が花弁を模して放射状に配置されたものだ。そしてカノンは手に取ったそのブローチを、テティスの金髪の上にかざした。
「うん、良く似合うな」
「シードラゴン様?」
 カノンの様子にテティスが不思議そうな顔になる。カノンは真面目な顔のまま、こう続けた。
「このブローチはお前の金髪に良く映える。その赤い衣装にもちょうどいい。これはお前にやろう。今からでも背面の部分を細工してもらったら、髪留めに変更ができるだろう。どうもおれには赤い石は似合わんからな」
 そして無造作にテティスの手を取ると、美しい赤と黄色と紫色のそのブローチを、カノンはテティスの掌に握らせたのだった。
 自分の手の中に置かれたブローチを眺めていたテティスは、やがて我に返ると大きな声で言った。
「嬉しい!」
 ぱあっと大輪のヒマワリが咲くような笑顔をテティスは見せ、はしゃいだ口調で続けた。
「嬉しい!すっごく嬉しいです、シードラゴン様!ありがとうございます!大切にします!」
「そうか。じゃあ、向こうに行け」
「はい!」
 明るく返事をしたテティスだが、やがて声を潜めて内緒話をするようにカノンに話しかけた。
「あのね、シードラゴン様、テティスはね…」
「なんだ?」
 テティスはそーっと秘密を告げるようにカノンにささやいた
「テティスは…ジュリアン様の次に、シードラゴン様が好きですからね」
 少女の告白に、カノンは何とも言えない微妙な顔になった。
「…おれは二番目か」
「はい!一番はジュリアン様です!」
 何の屈託もなく、テティスが言う。ポセイドン神の力によって魚からニンフへと変化したテティスにとって、ジュリアン・ソロは命の恩人であり、夢の王子様であり、自分たちの主である神様そのものなのだ。最上位のこの位置は他の誰にも揺るがしようがない。
「でも、二番目はシードラゴン様ですよ!テティスは、シードラゴン様のことも、大好きです!」
「…そうか」
 はっきりとした少女の言葉に再びカノンは苦笑し、テティスの頭を大きな掌で撫でたのだった。
「さあ、テティス。お部屋に戻りましょう?まだ髪型を決めるのが残ってますよ?」
「はーい!」
 姉役のニンフに促され、テティスはカノンに手を振って彼の部屋を後にしたのだった。
「…負けた…」
「シードラゴンってさぁ…何気にたらしだよね…」
「やはり天然物は最強っすね…」
「さすが我らが筆頭…」
 扉の影からカノンとテティスのやり取りを目撃していた四人の海将軍が、またそれぞれに呟いた。カノンは他の海将軍たちの存在にも気付いた。
「どうした、お前たちまで?」
「え、いや…我々も衣装の打ち合わせの途中で…」
「ああ。それがお前たちの衣装か」
「はい、まあ…」
 カノンは四人の海将軍たちを値踏みするような眼差しで見た。
「うん、まあ、良く似合っている」
「どうも…」
 カノンの評価に、海将軍たちは居心地悪そうに言葉少なに答えた。どれだけ豪華な衣装を着ようが、カノンに並ぶと自分たちはまだまだ未熟な小僧っ子であり、見劣りする存在であることを改めて自覚した少年海将軍たちであった。
「着崩れないように、立ち居振る舞いを練習しておけ。式辞もとちらないように、きちんと覚えて練習しておくように」
「は〜い」
 一転して口うるさい教師のようになったカノンに、海将軍たちは適当に返事をすると、また自分たちの試着のための部屋に戻っていったのだった。
 ポセイドニア建国祭の開催まで、あと二週間ほどの頃の話であった。

<FIN>

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