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2024年06月01日22:48

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ミイダス

セーブザチルドレンジャパンが去年パレスティナの駐在員を募集してて、でも去年はまだ引退の準備ができてなかったので申し込まなかったのよね。で、今年もまた出るんじゃないか?と思っていて、出たら申し込もうかしらね?とか思ってて。で、去年のその求人広告を見ると、ミイダスという転職サイトに登録してそこから、というので登録してみた。

そしたら何よ、このサイト?まず現住所、海外在住を選べない。で、現住所は必須なので愛知県にしたら、トラック運転手の求人なんかも「マッチ」に出てくるのよね。学歴も最終学歴だけだし、職歴も職種をあるメニューのなかから選ばなきゃいけないし(まぁそれはいい)、いろいろ不便。で、設定もなにもしてなかったら「仕事の案内」のメールが来るし。早速設定全部オフにしてメール受け取らないようにしたわ。

しっかし、アタシもし1986年に日本で仕事辞めて海外でなかったらどんな生活送ってたのかしらね?とふと思ったりする。ま、自分的には考えられないけどさ。だって開発の勉強して途上国開発の仕事がしたくってたまらなかったからADBに受からなかったら国連のJPOとかで絶対出してただろうし。あと、当時は英国エコノミストの広告で出てる求人にまで応募してたし、ジャパンタイムズの月曜版で求人見てて、アルジェリアの石油プラントで事務・アドミの仕事してたのに申し込もうか?とか考えたりしてたし。ちょうどバブルの始まるちょっと前、日本の銀行のミラノのオフィスでの現地採用の仕事の広告も見た記憶があるわ。なので、あの後バブルの時に日本にいたら海外で働く、っていう広告がいっぱいあったはずなので、それできっと海外へ出て、「現地採用」の悲しい雇われお兄さんになってた可能性も高いわね。

それ考えると、人間のキャリアなんてホント、紙一重でまるっきり違うものになる可能性が多いわね。だって、アタシ、86年の7月に仕事辞めてメキシコにスペイン語勉強しに行ったので、11月にADBから電報が来なかったら、きっと87年の夏前までメキシコにいてスペイン語やってたはず。で、それから考えうるアタシの考えうる最悪のキャリアは、日本企業の現地採用で海外就職⇒バブル絶頂期で転職⇒バブルが終わってオフィス縮小、解雇⇒その他いろいろ現地採用で食いつなぐ⇒40歳位になって埒があかないし貧乏なので日本に帰る⇒もちろんそんな歳で日本で仕事ないし、氷河期なので就職なし⇒非正規アルバイト、派遣で食いつなぐ⇒引退なんて夢の又夢、死ぬまで働かなきゃいけない、って感じかしら?

いや〜、まそうだったら日本国籍があったし、最低でも当時すでにコロンビアの国際関係の修士も持ってるし、英語と他一か国語はペラペラになってただろうから、大使館の専門調査員とかになってたかしらね(https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1987661070&owner_id=25773567)?

ホント、ADBに雇われた⇒PhD⇒その後、ってので専門職以外の仕事したことないので、そうじゃない人生、どんなんだったかちょっとだけ興味ある。勿論、したくないけど
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