mixiユーザー(id:3879221)

2024年01月04日16:58

56 view

(読書)『日本人にとってキリスト教とは何か』(若松英輔著:NHK出版新書)

私は最近、キリスト教について知識を深めたいと考えていて、『キリスト教講義』という本や、遠藤周作の本などを読んできたが、その流れで、今回『日本人にとってキリスト教とは何か』(若松英輔著:NHK出版新書)という本を読んでみた。この本は、遠藤周作の小説『深い河』を題材に、日本人がキリスト教の信仰を持つとき、どのような形がありうるかを模索することがテーマになっている本である。興味をもった点が4点ほどあるので、紹介してみたい。

(1)人と人との出会いについて分析している文脈の中で、著者の若松英輔さんが、次のようなことを述べている。

−−
 量的なものにはいつも代替物があります。しかし、質的なものはつねに、世にただ一つのものなのです。(P88)
−−

 この文章を読んで、企業にとっての「人材」というものに対する認識は、常に「労働力」という量的なものとしてとらえたがっているということを連想した。企業のマネジメンサイドは、「人材を大事にしよう」というマインドがなかなか育たないのが現状である。その背景には、企業のマネジメントサイドが、個々の人材に対して、「嫌なら辞めろ、代替の人材ならいくらでもいるんだぞ…」と思い込みたがっていると思う。実際には、企業は労働市場からおあつらえ向きの代替人材の供給を受けることは容易ではない。だが、企業のマネジメントサイドは、そのことを意識したがらない傾向があると思う。

(2)同じく人と人との出会いについて分析している文脈の中で、哲学者の九鬼周造の哲学を紹介している。九鬼は、人間と人間の出会いの偶然の意味するところを深く探求できるのは、哲学よりも文学であると考えていたようだ。私自身は、一般論として哲学書と文学書のどちらが好きかというと、哲学書のほうが好きだ。だが、文学の言語には哲学の言語では表現しきれないものが表現できる場合があることは認める。例えば、夏目漱石の有名な作品『こころ』に、登場人物の次のようなせりふがある。

−−
 しかし悪い人間という一種の人間が世の中にあると君は思っているんですか。そんな鋳型に入れたような悪人は世の中にあるはずがありませんよ。(角川文庫版P81)
−−

 こういう思想は、文学作品の中で緻密に造形された登場人物に言わせてこそインパクトのある命題になるのであって、例えば哲学書の体裁をもった本の中の記述として、「人間の中には鋳型に入れたような悪人は存在しない」のような命題を打ち出しても、ほとんど説得力は持ち得ないだろう。

(3)本書の「信仰」について記述している章の中で、ベルナノスというキリスト教作家の次のような言葉が紹介されている。

−−
 信仰というものは、99パーセントの疑いと1パーセントの希望だ。
−−

 これは遠藤周作が『死について考える』(光文社文庫)という本の中で紹介していることを孫引きしたものであるが、私としては大変気に入った。このベルナノスの言葉を私なりに解釈すると、「信仰する」という行為(行動)は「しきい」が低いことなのだと思う。つまり、誰でも信仰をもつことが可能である。逆に言うと、例えば「疑いの感情を99パーセントも持っているようじゃ、信仰しているとは言えない」とか、「少なくとも50パーセント以上信じる気持ちで満たされていなければ、信仰しているとは言えない」などという考え方を持つ必要はないということなのである。このため、「信仰している人間の集団は、その信仰している内容で意識の統制が行われているファシズム集団だ」のようなイメージを持つ必要は全くないということでもある。

(4)本書のP162〜163に、「アラヤ識」とキリスト教との関連について述べている部分がある。「アラヤ識」とは、仏教の言葉である。仏教における「識」とは、心的活動だけでなく、存在世界そのものの生起に直接的に関与すると考えられている。意識と存在とが分かちがたく結びついている動的なもの、それが「識」である。「アラヤ識」はその最も深い場所にあるとされる。

 一方、遠藤周作は、「キリスト教は長く意識的な宗教として育ち、無意識と信仰の関係は今世紀になるまで黙殺するか、軽視してきた」としている(P163)。おそらくキリスト教だけでなく、その発生母体であるユダヤ教やイスラム教なども同じだろう。ということは、自己が信じる宗教の教義と、他人が信じている宗教の教義との間に、論理的に相容れない部分があると、この「相容れない部分」を明晰にとらえすぎるため、これが血なまぐさい抗争の遠因になりうるのではなかと考えた。

【関連項目】

(読書)『キリスト教講義』(若松英輔/山本芳久著:文芸春秋)

https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1986481701&owner_id=3879221
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2024年01月>
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031