【ブックレビュー】ＡI原論

AI原論
（副題）神の支配と人間の自由
西垣通著
講談社選書メチエ


　先日読んだ「虚妄のＡＩ神話」https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1985646504&owner_id=29675278の解説が本書の著者によるもので、とても分かりやすく、また、自著を推していましたので(笑)読んでみました。著者はコンピューターや情報学が専門の工学博士であり、多数の科学書を執筆しながら小説を５冊も出しているという二刀流の異才の人です。


　世間ではシンギュラリティという言葉はかなり拡大して使われている印象です。ＡＩが進歩して人間の生活が楽で豊かになるという見方もあるでしょうし、ＡＩが人知を超えて絶対知に達すれば人間を滅ぼしてしまう、みたいな怖い予想もありますね。私自身は、意識を機械にアップロードして永遠の命を得る、というのを実現して欲しいです。「百億の昼と千億の夜」のゼン・ゼン・シティみたいな感じでしょうか。いや、トランスヒューマニズムというくらいですから、ハードウエア不要の意識生命体みたいな存在に憧れます。
本書の著者は、シンギュラリティ仮説に懐疑的どころか、それを唱えたり群がったりしている人達を強く批判しています。本書の目的を「ＡＩの本質をみつめ、今後のＡＩのねらいやゆくえを分析することにある」（Ｐ２０）としつつ、シンギュラリティのブームの背景にあるユダヤ＝キリスト教的な世界観とそれに基づくＩＴ企業等による世界支配を糾弾するのが本書の真の目的のようです。


驚いたのは科学者である著者が素朴実在論を否定している点です。


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　いわゆる「素朴実在論」とは、われわれ人間を取り巻く現実世界が客観的に存在しており、そこにわれわれが参加しているという考え方だが、大半のＡＩ研究者は一般人と同じくこの分かりやすい世界観を共有している。（中略）客観的実在などというものは、たとえ存在するにしても、われわれ人間がただちに認知できるわけではないのである。（後略）
・・・・・（Ｐ２６）

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　ところで、現代のほとんどの科学技術者は、無意識のうちに、人間と関わりなく事物が客観的に存在しており、実験と論理的推論によって真理に到達できると信じているだろう。これはいわゆる素朴実在論（naïve realism）である。相関主義にもとづく近代哲学では、素朴実在論は徹底的に批判され否定されたが、なぜか一部の科学史や科学思想の専門家をのぞき、科学技術研究分野の専門家のあいだでは暗黙のうちに残存しているのである。
・・・・・（Ｐ７５）


　私は唯物論を支持していますので、イデアや物自体の実在には懐疑的ですし、即自的存在がなくても人間は生きていけると思っていますので、本書で考察されている思弁的実在論もなかなか腑に落ちないのですが、素朴実在論がシンギュラリティ仮説やトランスヒューマニズムの根底にあると指摘されるとそれはそうだなと納得してしまいます。この考察は難解ですが非常にエキサイティングでした。いろいろ調べながらではありますが(笑)。メイヤスーに対する科学者技術者としての批判（Ｐ１１０〜Ｐ１１１）もなるほどなあと思います。


　シンギュラリティは来るのか来ないのか、来るとしてもいつなのか（本書の指摘が正しければ当分は来なさそうです）分かりませんが、自由意志と責任（Ｐ１１３〜）については、自動運転で死亡事故が起こっている事を思えば、もう対策は遅いかもしれません。そして、社会的判断の軽率な機械化、「普遍的な絶対知の体現としてのＡＩ」という発想の由来を、選民思想をルーツに持つ西洋の文化的背景に求める指摘が本書のハイライトです。


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（前略）まさにこの「形而上学」が、紀元前四世紀にプラトンとアリストテレスによって誕生したわけだ。即自的存在（物自体）に機械的な推論操作によってたどり着けるという現代のＡＩ学者の信念も、これときっちり重なっているのである。
・・・・・（Ｐ１４１）


　神も仏もない素朴実在論が究極まで進歩した結果、ＡＩは人間を超えて、即自的存在にアクセス可能となる、としたら、それはもう技術的特異点（シンギュラリティ）どころか人類史の特異点です。ですが、本書の主張によると、それは不可能のようですね。それどころか、現在は「拝金的選民思想」（Ｐ１６４）の時代であるように思います。


　他にも、ネオ・サイバネティックスやオートポイエーシス、心や生命、グノーシス主義、といったちょっと難しいですが重要なトピックが満載で、知的好奇心をグサグサと刺激されました。残念なのは、どうやら、脳をアップロードして半永久的に惰眠を貪るような存在にはなれなそうという事です。がっかり。


追記
　私の下手な紹介よりも、この動画を観る方がためになるかも（´・ω・｀）

https://www.youtube.com/watch?v=VRFv3QBseyA