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2023年06月07日18:50

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小説を作成しました!「幽の残照(ほたるび の ざんしょう)。」

※ 作中の法律、資格は全て作中独自のものです。我々の住む世界のものとは異なります。

※ 一人称小説ですが、良かったら是非、朗読の台本としてもお使いください。
金銭が絡まなければ使用自由。
大幅な改変等はツイッター @annawtbpollylaまで要許可申請。

自作発言は厳禁です。 ※

※1 今作自体は小説という体裁で作られていますが、
声劇台本「二方美人。」のシリーズ作です。
当小説単独でもお楽しみいただけますが、 同シリーズ作や派生作品も読んでいただければとても幸いです。

(以下リンク)

「二方美人。」(1:4)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1958862956&owner_id=24167653

シリーズ内で最も関連性の高い作品「暁の欠片。」(0:3)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1960187172&owner_id=24167653

「二方美人。」シリーズ及び関連作品のみのまとめ
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1964303733&owner_id=24167653





「幽の残照(ほたるび の ざんしょう)。」


「優秀な学生じゃないですか、原田先生のゼミにはもったいない」「遊語(ゆうご)さんの事は心配してないから、あんまり考えすぎないで」「遊語さんはうちの店のエースだから」「この麻婆豆腐、鎖鳥(さとり)さんが作ったの?おいしいね」「みんなでお互いを助け合って頑張ろうね」「ありがとう、俺も将来姉さんみたいになりたいな」「ごめんね、俺のせいで男物ばっか」「ふざけんな、殺してやる」「二度と食うんじゃねえ、絶対にぶっ殺してやる」

 雑念。今日はどうにも集中力が低い。

 蒸し暑い。夜の十一時。今夜はひどく不愉快だ。いつもの公園で一人勉強しようにもこの蒸し暑さが不愉快で不愉快で、どうにも集中できない。そのせいかいつもは気にならない公園の電灯の、じじじという音まで気になって不愉快に感じてしまう。

 もう大学四年の春。特定賭博行為健全化管理士(とくてい とばくこうい けんぜんか かんりし)の試験まであと七か月。あとたった七か月。

 二年生の夏から始まった資格講座、ちょっと前まではずっと受講者の中でも上からずっと三番目くらい以内に居たのに。あとたった七か月。あと少しのところで。ここに来て一気に勉強についていけなくなってきた。そしてここでどれだけ踏みとどまれるかが大事なのに、こんな時にまた一つ、両親の知りたくもない事を知ってしまった。私の気力を大きく削ぐ事実。親同士の携帯電話でのやりとり。なんで、なんで。

 家にお金が無いのは知ってたから大学入ってからずっと月五万円、途中からは月七万円を家に収めてきたし、家にお金が無いのは知ってたから私自身と弟二人の三人分の学費を私が全部払うのにも納得した。そのために私はずっと奨学生で居られるように勉強してきて、大学の後毎日毎日賭博場でギャンブル中毒者相手に五時間働いてきて、やっと六百二十万円まで貯まった。緋鳥(ひとり)と飛鹿(ひろく)の二人。それぞれ入学金で百万円、授業料を一年で百万円。合わせて卒業までに一千万円と仮定して、本当なら来年私が卒業して緋鳥が入学するまでの間に一千万円全額貯めておきたかったけど、流石に無理だったからせめて八百万円。それだけあれば私の卒業後何か不測の事態があったとしても残り二百万円、二人の卒業までにそのくらいは加えて貯められるはずだから。

 管理士の一個下の資格とは言え、一年生の頃に取った特定賭博行為健全化主任者(とくてい とばくこうい けんぜんか しゅにんしゃ)の資格のお陰で、正式に主任者登録してからはバイトとしては破格も破格の時給二千円。休みなく毎日五時間働いて月三十万円。そこから税金、保険料、家に入れる七万円、どうしても削り切れなかった必要費、色々差し引いて毎月十七万円から十八万円を貯金に回して、高校生の頃に貯めてたお金と合わせてやっと六百二十万円。このままこれを維持できれば卒業までになんとか目標の八百万円に届く。

 だけどそれは全部、親も自分にできる事は全部やって、最善の努力を尽くしている事が前提の話。そうだと思っていたから私だってここまで、欲しい物も我慢したし、やりたい事も我慢したし、毎日毎日遅くまで起きてて眠くない日なんて無かったけど、それでもどうにかここまでやって来られた。

 なんでギャンブルなんてしてるんだよ。なんだよ、お前らのやり取り全部ギャンブルの勝った負けただけじゃないか。なんなんだよ、私も緋鳥も飛鹿も、何一つ話題にすら上がってないじゃないか。私はギャンブルのために家にお金入れてたんじゃないんだよ。大体、特に公営のギャンブルなんてそもそも国の財源確保のためのものなわけで、当たり前に客が勝つようになんてできてないんだよ。なんでそんな事も分からない。

 だめだ、雑念だらけで教科書の文字が全然頭に入ってこない。

 ごめん、燦花(さんか)。燦花は本当に凄い奴だ。燦花は一年生の頃からずっと、私や、私以外の色んな人達の悩みや弱音を聴いてあげていて、一緒に悲しんであげたり、一緒に今後どうしたら良いのか考えてあげたりして。何度も何度も私は燦花に助けられてきた。

 初めて燦花の存在を知ったのは大学に入ってすぐ。その時は正直そうやって本当は内心優越感に浸ってるだとか失礼な想像をして、うさんくさいと思ってしまっていた。だけどそれは私のただのひがみで、自分の捻じ曲がった部分に自覚があったから、まっすぐ善良に生きている人の事が信じられなかったんだ。

 私にまさか、弱味を見せられる友達ができるだなんて想像もしていなかった。相談に乗ってもらった時だけじゃない。この世の中にはこんな善良な人間が居るんだって事実だけで私は救われていたんだ。なのに、燦花に親の事も聴いてもらって、燦花がまた私のために悲しんでくれてたのに。私は今、全然立ち直れてなんてない。苦しいのは結局苦しいままで、全然勉強に集中できない。親の事はそれはそれとして、今やるべき事に集中する。そんな簡単な事ができない。ごめん燦花。私が弱いだけなんだ。

 ごめん雪那(せつな)。雪那は私の事、いつだってきらきらした目で見てくれて。「鎖鳥さんは凄い」って。違うんだよ。私は雪那に凄いって思ってほしくて。ずっと格好つけてばっかりで、それはなんだか嘘を吐き続けているようで。

 雪那はまっすぐ私を見ていてくれているのに、私はそんな雪那に、私の見せたいところだけを見せて、上手く私の事を誤解するように仕向けて。雪那、ごめん。燦花には見せられる弱いところが、雪那には見せられない。もしかしたら、自分は燦花と比べて信頼されてないんだと思わせてしまっているのかもしれない。きっと雪那には、どこか寂しい思いをさせてしまっているのだと思う。

 雪那、雪那。ごめんね。それは雪那が悪いだとか雪那を信頼していないだとか、そういうんじゃないんだよ。雪那の事は本当に大事だし、信頼だってしてる。雪那には、誰よりも寂しい思いをさせたくない。だけど私は、雪那がなんだか小さい頃の緋鳥や飛鹿みたいに見える時があって、それが嬉しかったんだよ。だから私の事、心配してほしくない。それだけなんだよ。


 だめだ、弱気になってる。勉強、今私がすべき事は勉強なんだ。問題集を解こう。この前の続きからだ。次の選択肢の中から間違っているものはどれか。選択肢一(いち)、顧客同士が麻雀を行う場所を提供する事を業とする施設(いわゆる麻雀荘)における、麻雀の勝敗に金品を賭ける賭博行為が合法となるためには、店舗と賭博行為健全化管理契約を締結している賭博行為健全化管理士及び賭博当事者のうちの代表者一名以上の署名……なわけないだろ。賭博当事者全員の署名な。あとついでに店舗の管理者の署名も必要だし、そもそも署名の前に管理士から重要事項説明を行わなければならない。

 一番上の選択肢がどう考えても間違いだと断定できれば実際の試験では他の選択肢を見る必要すらないから時間が短縮できて良い。だけど今は実際の試験じゃないから一応他の選択肢も復習がてら見て……。

「当店からの重要事項説明は以上になります。納得いただけましたら署名をお願いします。」

「遊(ゆう)ちゃんに見とれてて全然聞いてなかったけど良いよ良いよ、ほら早く始めさせてよ」「遊ちゃんこっちこっち。今日も遊ちゃんに会いたくて来ちゃった」「なあ毎日ここにお金落としてやってるんだから、そろそろデートしてくれないかな?」「なんでお前なんだよ、俺は遊ちゃんに持ってきてほしくてわざわざこんな高いコーヒー頼んでやったんだ」「おい、なんだこの出目!ふざけんな絶対イカサマだこんなもん、店長出てこい!なんだ店長居ないのか。なあ遊ちゃん、遊ちゃんは俺の味方だよなぁ?」

 頭が痛い。

 私の持つ賭博行為健全化『主任者』と、今取得を目指して勉強している『管理士』との間の大きな違いの一つ。主任者にも管理士にも公営又は公認の賭博場の中でお客さんに重要事項説明を行う義務があり、また、賭博場で行われる賭博に不正行為が無いか、掛け金が法定額以内かを監視しなければならない。管理士の方はそれに加えて、賭博行為自体を事業にしている店舗以外の、賭博行為が行われる可能性のある店舗とも契約を交わして、そこで賭博行為が行われる際に重要事項説明を行い、自己の責任の下に賭博行為に立ち会うという独占業務を行う事ができる。

 ただ、そのうち賭博場の中での重要事項説明と監視。私はこっちについては嫌という程実践経験を積んできている。何せ私の勤める賭博場は公営ではなく公認。必ず営業中は一人以上店舗内に主任者又は管理士が居なければならないが、私と店長の二人しか主任者は居ない。勿論管理士なんて人は一人も居ない。バイトの私が、店舗内での賭博行為の合法性を担保するという意味においては店長に次いで二番目に思い責任を負っている。

 だからこその破格の時給で、だからこそシフトが毎日五時間確保され続けている。実際賭博行為そのものについてお客さんの相手をするのはこのお店の正社員の先輩達。私は普段は軽食や飲み物を裏で作ったりテーブルに運んだりしながら、視界の隅に監視カメラの映像や各テーブルを捉えて賭博行為について監視をし続ける。そして重要事項説明とクレーム対応の際には、店長が居ない時は必ず私が行って対処しなければならない。何やらちぐはぐさを覚える。加えて、私がお店に居るという事はつまり店長が外に行って良いというわけだから、私がシフトに入るとは即ち、入れ替わりで店長は居なくなるという事でもある。だから私の居る時は責任の重さだけで物を言うなら、実質私が店長代理のようなもの。バイトの立場で。

 ちぐはぐではあるが、それでも私は主任者の名の下に責任を負っている。だからこそ、あんなおぞけの走るモラルの欠如したギャンブル中毒者達と話さなければならない時も、どうにか波風を立たせず、穏便に済ませなければならない。何の責任も無ければ毒の一つ二つも吐いてやりたいところだ。

 私の嫌悪する、あのギャンブル中毒者達。そうだ、私の親も……。いけない。だめだ考えるな。お客さん全員が迷惑な奴らなわけじゃない。私の親も、もしかしたらマナーを守って清く正しく賭博行為をしているのかも……。……ごめん、無理だ。もう嫌だ。なんだかもう、こんなに落ち込んでいる自分が嫌だ。

 モラルの欠片もなく、昔から何につけても自分が一番。自分の考えに賛同しない子供は家から追い出す、殴る蹴る。相手を理解しようなんて気は一切ない。そんな父親……父親さんにも、その父親さんの言いなりで、どんなに父親さんが酷い事をしようともいつだって父親さんの味方で私の事も弟達の事も全く守ってくれない母親さんにも、とっくに何も期待してないつもりだった。なのに、あの二人がこんな、二人のやり取りがほとんど全部ギャンブルの事ばかり。私の見てきた醜いギャンブル中毒者達と同じ。そう思った時、こんなにも落ち込んでしまっている自分が嫌だ。きっと無意識の中で、まだ少しでも期待している部分があったんだ。あんな人達に少しでも期待していた私が悪い。……でも、本当に?本当の本当に、こんな低いレベルですら期待したらいけないの?自分の親を、ここまで見下げ果ててもなお足りない?なんなんだよ、私が悪い?これでも期待していた私が悪い?

 今頃緋鳥と飛鹿は寝ているだろうか。深夜一時。勉強開始から二時間が経っているけど、普段の半分も進んでいない。緋鳥は多分まだ起きてるのかな。私は今日みたいなバイトが十八時から二十三時の日は特に、その後で帰って勉強しようとしてもどうしても遅くなってしまうけど、本当なら当たり前に、早く寝た方が良いに決まっている。

 夜更かしして良い事なんて何も無い。だけどやっぱり、緋鳥はまだ起きて勉強しているんだろうな。私が公園での勉強を終えて深夜家に帰った時、たまにお手洗いや飲み物を取りに来た緋鳥とすれ違う事がある。早く寝てほしいとは思うけど、あいつはあいつなりに頑張ってる。それでもやっぱりあいつの頑張りは肯定できない。見る度にやつれていって、あんなに頑張ってるのにどんどん成績も落として、昔は優しい目をしていたのに、今では見る影もない。高校に入ってからは特にひどくなる一方。似たような無茶をしている私が言えた立場じゃないし、きっとあいつが頑張っているのは、あいつの分の学費を出す私のためでもあるはずなんだ。

 飛鹿は……どうだろう。寝ていてほしいけど、あいつもどうせ寝ていないだろう。飛鹿は飛鹿で、夜中外に居る事が多い。学校が終わってもずっと家に帰らず、早朝になって帰ってきて、親が寝ている間に私が作れた日は私の作り置きしておいた夕飯を食べて、そうでない日は適当にインスタント食品でも食べて、そのまま寝て、毎日のように学校には遅刻して行く。学校でもよく喧嘩をしているようで、問題行動が多い。自分の将来をどう考えているのか不安だし、何かあるとすぐに「どうせ俺は馬鹿だから」と言い出すところも悲しくなってしまう。

 私はバイト、緋鳥は塾、飛鹿は……遊び?と、三者三様で夕食時には家に居ないから、家族が揃って食べるなんて事は今はほとんど無い。私も基本的には大学から帰ってバイトまでの間に夕食を作るだけ作って、味見の際に少し食べただけでそのまま出勤する。ごく稀に私と両親の三人で食事を取る時間がある時も、私は両親どちらとも会話をしない。父親さんは偉そうに母親さんに「箸」だの「おい」だの指示を出し、母親さんは無言でそれに従う。私はその光景に嫌気が差して、食べ終わるとすぐに食器を片付けて部屋に戻って、バイトの支度をするなり、バイトが無い時は勉強するためにこの公園に行く準備をするなりしている。

 私が両親と何か会話をするとしたら、それは父親さんから無茶ぶりをされる時だけだ。元々家に入れていたお金が月五万円だったのを月七万円にしろと言われた時も、色々言いたい事はあったけど、私はいち早くその会話を終わらせたくて「それは母親さんも同意見?」とだけ訊き、案の定母親さんは「私もそうしたら良いと思う」などと言っていたので「来月からね」と言い、それだけで会話は終わった。

 こんな家庭はとっくの昔に壊れている。独裁者の父親、その忠実な子分である母親、お金を稼ぎ合間を縫って家事をこなすだけの長女、勉強と義務感に心が擦り切れてしまっている長男、自分を諦めてしまっている二男。

 いいや、それでも。殴る蹴るの暴力はここ数年無くなっているし、ギャンブル癖についても私の貯金にまで手は出されていない。家に帰れば雨風はしのげるし寝る事もできる。食事だって、基本的には私が作っているとは言え、その作るための場所もある。それすら無い人達も沢山居る。家族に殺される事におびえ震えながら生きている人達も沢山居る。私はこれでも幸せな方だし、恵まれているんだ。

 バイト先で「あいつは資格持ってるからって俺達社員を見下してる」だの「ド底辺のおっさんどもに好かれてるのがそんなに嬉しいのかな」だの「あの子家が貧乏だから、お金になる物はちゃんと隠しておかないと盗まれちゃう」だの陰口を叩かれているのも、別にそんなものだろう。特別不幸ってわけじゃない。普通の話だ、きっと。禁煙のはずの部屋が明らかに煙草臭いのも別に普通の話だし、無駄に背が高く育ったせいでキッチンやテーブルで作業するのもいちいち腰が痛いのも仕方のない話だ。

 私の背がもっと低かったら。緋鳥よりも背が低かったら、緋鳥の着る服が全部私のお下がりになるなんて事にならずに済んだかもしれないのに。兄でも嫌だろうに、姉のお下がりなんて本当に嫌で嫌でたまらないに決まってる。なのに緋鳥はそんな私に「ごめんね、俺のせいで男物ばっか」なんて言ったんだ。着る服どころか学校で使う道具も、まして笛やハーモニカまでお下がりなんて本当に嫌だっただろう。飛鹿も、自分の兄がそんななのに自分は新品で全部揃えてもらえるの、きっと居心地が悪かったに違いない。

 だめだ、違う。そうじゃない。緋鳥や飛鹿は気の毒で、守ってやらないといけない。だけど私はそうじゃない。私は良い方で、嘆いている場合じゃないんだ。落ち込んでる場合じゃない、とにかく勉強する、それ以外にすべき事など今は無い。

 昔ならこんな時、屋烏(おくう)という自分の脳内に居る存在に向かって何か話しかけて、それで気持ちを少しでも整理しようとしていたのだろう。だけどせっかく今は生身の友達が居るのだから。今はその生身の友達と私の力だけでなんとかしたい。なんとかしたい、けど、なんとかなる気は全くしない。

 だめだ、やっぱり今夜はどうしても集中できない。やむなくそう悟った私は今夜の勉強を一旦諦め、家へと帰った。緋鳥はまだ勉強しているようで、私が部屋に入る際、飲み物を取りに廊下を歩く緋鳥とすれ違った。

 私はそんな緋鳥に夜食を作る事にした。品目はサンドウィッチ。具材はゆでたまごのと、トマトとレタスの。それとシーチキンと玉ねぎの。材料は食パンとトマト、そしてレタスだけコンビニで買い、それ以外は家に備蓄している分から使う。どうせ冷蔵庫の中身の管理は私の仕事だ。

 緋鳥。お前だけは昔から、私がお弁当作ると毎回じゃないけど、たまにくらいは「ありがとう」って言ってくれていた。ここしばらくまともに顔も合わせてないけど、それでも、たまに後ろ向いてぼそっと小さな声で「ありがとう」と言ってくれてるの聞こえてる。私がそれにどれだけ励まされてきた事だろう。今、私が夜食を作っているのは別に緋鳥のためじゃない。私のため。私が頑張るためだ。緋鳥、頼むよ。お前にまた「ありがとう」って言ってもらえさえすれば、もう少しだけ頑張れるかもしれない。だから頼む。

 二十分ほどして出来上がったサンドウィッチを持って緋鳥の部屋の前に行き、少しばかりの緊張を押しのけ、ノックをし、小声で「緋鳥、起きてる?」と声をかけた。起きているのは知っている。電気が外に少し漏れているのだから。

 少しして、無言で緋鳥が扉を開けた。すれ違うのではない、ちゃんと面と向かうのは数か月ぶりか、はたまた一年以上ぶりか。緋鳥の目の周りには強く隈ができていて、まぶたには何度もこすった痕があった。そしてにらみつけるような鋭い目つき。

「ごめんね、遅くに。緋鳥がいつも勉強頑張ってるから、夜食作ってみた。良かったら食べてよ」

 昔はどんな風に話していただろう。昔みたいにできているのだろうか。不安に思いながらも、言うと決めていた台詞を吐き出した。どんなに不愛想でも良い。背中向けてでも良い。どんなに小さな声でも聴き取ってみせる。だから。

「……どこ行ってんだよ。」

 緋鳥が発したのは、私の聴きたかった言葉ではなかった。震えている。昔私が着ていたスウェットの太もものところをぎゅっとつかみながら、曲がった背中で、赤い目で、怒気の混ざった震えた声で。

「夜、どこで何してんだよ。」

 その一言だけ。緋鳥は泣きそうな顔で、それ以上は何も言わなかった。だけど、心配をかけていた事は十分伝わった。家にはお金が無い、私はどんどんやつれていきながらお金を稼いでいる。私は毎晩毎晩、早朝近くまで出かけている。考えてみれば緋鳥が心配するのは当たり前だった。バイトが終わった後、夜な夜な勉強しに出かけているなんて恩着せがましくてわざわざ言おうとも思わなかったけど、言わなければ何かもっと危ない事をしているのではないかと考えるのは、身内として、私を大事に思う人間として、当たり前の事だった。

 私は緋鳥を抱き寄せた。緋鳥は何も抵抗せず、それを受け入れてくれた。頭を撫でながらゆっくりと、お前が心配しているような事は何も無い、ただ家に居ると落ち着いて勉強できないから、少し離れた公園の街灯の下で勉強しているだけ。心配かけて悪かった。緋鳥は本当に優しい子だ。お前が私の弟で良かった。そう、一つ一つ伝えていった。

 私が望んだ言葉は聴けなかったが、それよりもっと嬉しい気持ちをもらった。本当はこの後また公園に行くつもりだったけど、今日ばかりは息苦しいのを我慢してでも自分の部屋で勉強しよう。

 飛鹿の奴も、もしかしたら同じように私の事を心配してくれてるのかな。緋鳥が優しい奴なのは勿論だけど、飛鹿も飛鹿で良いところはあるんだ。あいつはすぐに手が出る奴で、よく問題ばかり起こしているけど、父親さんが私達に暴力ふるわなくなったきっかけ。あれは飛鹿が中学生の頃。どれだけ父親さんに殴られてもずっと殴り返し続けて、どれだけやられても抵抗を続けて、ついに母親さんが通報して警察が出動する事態になった時があった。

 あの当時はまだ家族五人で揃ってご飯を食べる事もたまにはあって、あの時の喧嘩は、父親さんが私に向かって私の作ったシチューのお皿を投げて、その時にシチューが飛鹿にもかかった事から始まった。だけど思うんだ。以前の飛鹿は、よく父親さんと喧嘩もしていたし、殴り合いも何度もあったけど、それでも父親さんの方が強くて組み敷かれて、それで喧嘩は終わってた。たとえどんなに父親さんの方が悪くても、飛鹿が負けてそれで喧嘩は終わり。その後私や緋鳥が抗議しても、両親はどっちも聞く耳を持たない。

 なのにどうしてあの時はどんなに殴られても締め上げられても「殺してやる」だなんて言いながら父親さんに殴りかかっていったのか。あれは気のせいとか私の願望とかじゃない。飛鹿は確かに言ったんだ。「二度と食うな」って。

 両親の事は諦めるけど、とっくの昔に諦めてるけど。ねえ、緋鳥。それに飛鹿。お前達の事は諦めなくても良いよね?私、勉強もバイトも頑張るからさ。今は全然上手くいってないけど、就活も頑張って、ちゃんと良いとこに就職するからさ。私が学費貯め終わって、緋鳥の受験が終わって、飛鹿も今の遊びに飽きて少しは家に帰ってくるようになったら、その時はきっと。





 以下の選択肢の中から「管理士資格の一年以下の停止」が処罰として定められている行為を全て選べ。この答えはイとハと二。ロは資格の取り消し、ホは一年以下じゃなくて六か月以下。

 賭博提供業の認可は行政法学上の……許可じゃない。特許。特許に該当するからこそその認可については裁量が広い。

 大丈夫。最近習ってよく分からなかったところも、ちゃんと一個一個復習して、一個一個潰していけば理解できる。最近成績が落ちてきていたのは、単に忙しすぎて復習の時間があまり取れなかったから。それだけだ。それで焦っていたけど、落ち着いて見ていけば大した事はない。何も限界なんかじゃない。

 私が幸せだの恵まれてるだのっていうのは、まあそれは無理があったけど。本当は不幸せで恵まれてない方だろうって思うけど。なあ緋鳥、ありがとう。お前のお陰で今の私は、あと少しだけ頑張れる。私がどん底ってわけじゃない事だけはちゃんと分かったんだ。



――以上――
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