アイデアとしてはとても良いものですが，その前に更に効果的な活用法の検討を行うべきではないのか，少々気になるお話ですね。
茨城県は太平洋に面した県ですが，実は内陸漁業も盛んです。これは県内を利根川や那珂川という大きな川が流れている上に，霞ケ浦という日本第２位の面積を持つ湖が存在することによるものでしょう。そんな霞ヶ浦で獲れる魚といえば，ワカサギ(公魚)が有名ですね。しかしかつて年間1,000トンを超えていたワカサギの水揚げは2021年には何と35トンにまで激減し，この他に霞ヶ浦の名産とされるテナガエビも不漁が続いています。当然ながら漁業従事者の収入も減少し，2008(平成20)年には725名を数えた霞ヶ浦の漁師たちも2018(平成30)年には326名とかつての半分以下に減少してしまいました。霞ヶ浦が生き物の棲まぬ死の湖になってしまったわけではありません。出漁すれば魚が獲れることは獲れるのですが，それらの多くがハクレン(白鰱)などの市場価値の無い魚で，中には全長１mを超える大きなハクレンの個体も居たりして漁網を損傷してしまうこともあるようです。そこで茨城県漁政課はこのハクレンを魚粉にして鯉や畜産の飼料・及び農業の肥料として活用したり，或いは健康食品の原料にして商品価値を持たせることを検討しているというニュースです。
実はハクレンというのは，僕にとっても馴染みの深い魚です。もともとは中国産の魚で明治時代と太平洋戦争中の1942(昭和17)年と２度にわたってに日本各地に導入されたのですが，このハクレンというのは｢通常は川の下流に棲み，産卵の時期になると遡行する。中流で産卵された卵が下流に流されていく間に孵化する｣という変わった特徴を持っています。中国の大河では何の問題も無いことですが，距離が短く流れの急な日本の川では繁殖することが出来ず殆どが１代限りで終わってしまった中，利根川という大河においてだけは自然繁殖が可能で，今も利根川水系には｢日頃は霞ヶ浦に住み，産卵時には利根川を遡行する｣という形でハクレンが定着しています(霞ヶ浦も利根川水系に属し，魚介類は両方を行き来しています)。そしてハクレンは産卵時に飛び跳ねるという習性を持ち，それが行われるのがちょうど古河市付近です。このため古河市の対岸である旧栗橋町(現在の久喜市)ではハクレンを町の魚として位置付けていて，公共施設の水槽で飼われているハクレンを見たことがあります。また僕は，境町と旧関宿町(現在の野田市)とを結ぶ境大橋を徒歩で渡っていた際にバチャバチャという凄まじい音を聞き｢まさか，誰かが溺れているのか(。´･ω･)?｣と覗き込んだところが多くのハクレンたちが飛び跳ねていたということもありました。境町は古河市とは12kmほど離れており｢境でもハクレンが跳ねる｣というのは全くの初耳だったので，それを見て非常に驚いたものです。
そのハクレンを水産資源として活用出来ないか，という茨城県の問題意識は極めて正当なものと言えるでしょう。しかし｢魚粉や健康食品にする｣というのは少々ピントがズレていないか，少なくともまずその前に検討することがあるのではないか。僕はそのように思います。
そもそもハクレンは原産地の中国では食用にされる魚で，日本の河川に導入されたのも元々は食用に活用する為でした。具体的にどうやって食べるのか例によってWikipediaで俄勉強したところ，淡白な味わいを活かして唐揚げにしたりスープにしたり，或いは蒸して(例の清蒸でしょうか)頂いたりするようです。身だけではなくカブト(頭)も食用にされ，カブトだけの蒸し物やスープもあるということでした。特に内陸で海から遠い四川地方では好んで食され，唐辛子とともに煮込んだ｢水煮魚｣や，唐辛子や山椒で味を付けて青菜の漬物と合わせた鍋物｢酸菜魚｣などで賞味されるというお話です。中国ではそのように盛んに食べられているのですから，まずは食用魚として出荷することを考えるべきではないのか。
無論，この主張には幾つかの反論が寄せられることでしょう。まず｢そもそもハクレンは日本人の口に合わないのではないか｣ということが考えられますね。食用魚にしたくて導入したのに日本では商品価値が無いのですから，この指摘は一理あると言えるでしょう。しかし昭和17年や戦後間も無くと現代とでは，日本人の味覚は大きく変わっています。そもそも戦前・戦中の日本では四川料理はまだ普及していませんでした。テレビ番組｢料理の鉄人｣に出演して人気を博した陳建一氏(1956〜2023)の実父である陳建民氏(1919〜1990)の活躍で四川料理の美味が日本でも知られるようになったのは戦後かなり経ってからのことです。｢昔の日本人の口に合わなかったから，今の日本人の口にも合わない｣と即断するのは妥当ではないでしょう。
また｢中国のハクレンが美味だからといって，霞ケ浦のハクレンも美味とは限らない｣ということも考えられます。これはたしかに強ちには否定出来ぬ点と言えるでしょう。同じ種類の魚であっても棲息地によって味わいや匂いが全く違ってしまうという可能性は確かにある。実際，同じシジミ(蜆)でも，砂の上に棲む琵琶湖産のものと泥の上に棲む霞ケ浦産のものでは味も匂いも全く違います。ハクレンもシジミと同じかもしれません。しかしそれは確かめてみなければ何とも言えない話です。｢霞ケ浦のハクレンに商品価値無し｣と断定するには，まずは四川料理のシェフを招聘して霞ケ浦産のハクレンを検証・調理してみて本当に美味が不味いかを確認することが不可欠でしょう。因みに四川料理では唐辛子や山椒を使うので，少しくらいの匂いの違いであれば問題にならない可能性は高いと思われます。無論，四川料理には向かないが他の料理には向いているという可能性もあり，そちらについても検討すべきなのは言うまでもありません。
ハクレンに商品価値を持たせるというアイデア自体は全く妥当なものです。しかし肥料にしてしまうのと鮮魚として出荷するのではその商品価値には雲泥の差があるのもまた当然の話です。幸いなことに霞ヶ浦は東京・横浜といった大消費地にも近く，仮にハクレンを四川料理やその他の料理の食材として活用出来れば｢現状では�爐笋辰�いもの��｣のハクレンを最高の漁業資源とすることさえも視野に入って参ります。
まずはそちらの方策に向けて検討を行い，飼料・肥料や健康食品に使うのは｢鮮魚としては活用出来ない｣と判明してからにすべきではないか。僕はそのように考えますが，皆様のお考えは如何ですか。
茨城の霞ケ浦・北浦 未利用魚活用策探る 県が実証試験
https://ibarakinews.jp/news/newsdetail.php?f_jun=16810381863001
ログインしてコメントを確認・投稿する