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2022年07月18日15:08

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『最強の戦士だって歯医者は怖い』

 「海が好き!2022」https://www.pixiv.net/artworks/99001936の参加作です。
 時系列は原作の5年前、カノン23歳、イオ12歳の設定。
 作中の海界の設定はマイオリジナル設定のもの(『ポセイドニア・コモーディア』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3455689を参照)に準拠してますが、知らなくても読めます。
 私事ですが、作者が親知らずに痛みが出て急遽、歯科受診をすることになり、このネタを思いつきました。
 今回の話にイオを選んだのは、歯医者で怖がって一番違和感のないキャラだったから。でもアイザックが「我が師は言われた。誰を前にしても常にクールでいろと…!」と言いながら歯医者を前にして蒼白になってガクブルしてたとしても面白いなぁw
 去年の作品はこちら。『競馬の神様』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=15649311

『最強の戦士だって歯医者は怖い』

 カノンが双子の兄サガによってスニオン岬の岩牢に幽閉され、偶然にも海皇ポセイドンの魂を復活させてしまってから八年後。
 海将軍筆頭・海龍を名乗り、地上の粛清と支配の準備を着々と進めていたカノンの下には、数多の海闘士たちが集いつつあった。
 その中の一人、最強の海将軍の一人であり「スキュラ」の称号を持つイオは、ある日、奥歯に痛みを覚えた。
 イオは口の中の不快さを我慢しながらカノンから任された仕事を片付けていたのだが、朝から不機嫌そうな顔をしていた彼に、カノンが異変を感じてイオに尋ねた。
「イオ、どうした?朝から変な顔をして?」
 その質問に、イオはさらに顔をしかめた。何とか誤魔化そうとしたが、さらにカノンから追及され、とうとう彼は原因を白状した。
「いや…実は朝から歯が痛くて…」
 イオの報告に、カノンは別に気負うでもなく普通に答えた。
「そうか。では早く歯医者に診てもらうといい。地上の歯医者の方が技術や機器が進んでいていいだろうな。すぐに手配をさせる」
「…!」
 カノンの勧めに、イオはびょん!と後ろに大きく飛びのいた。
「…いや!いい!大丈夫だから!歯医者とか、わざわざいいから!」
「そういうわけにはいかん。虫歯は放置しておいても治るというものではないからな」
 あくまでも真面目にイオに歯科受診を勧めるカノンに、イオは全力で拒否をした。
「いいいいい!いい!まだ仕事も残ってるから!そんなに痛くないし、様子を見るから!」
「………」
 慌てふためくイオの様子に冷めた顔になったカノンは、近くにいたバイアンに視線を向けた。
「おい、バイアン。イオに付き添ってやれ」
「はい」
 素直にカノンの命令を受けたバイアンがイオに近付こうとすると、イオは全力で走り出した。
「いいいいいいいい!歯医者とか、行かなくていい!私は、絶対、行かなーい!」
「………」
 捕まえようとするバイアンの手をすり抜けて、全力でダッシュしてカノンの執務室を飛び出していった同僚の様子に、バイアンはため息交じりにカノンに答えた。
「シードラゴン、あれは私では無理です」
「…仕方ないな」
 肩を大きく落としてカノンは息を吐いた。

「嫌だー!!歯医者とか、絶対に嫌ー!私は絶対に行かないからー!」
「いつまでもやかましいわ!」
 ブルーのジャケットに白いシャツにグレーのパンツ姿という一般人の私服に着替えたカノンは、泣きわめいて抵抗するイオのTシャツの襟首をつかみ、受診の手配をしたアテネ市内の歯科医院に向かってずるずるとイオを引きずっていった。
「歯医者ごときでがたがた言うな!何がそんなに怖い!?」
「全部だよ!あの独特の雰囲気も、消毒薬の匂いも、きーん!っていう機械の音も、全部怖ーい!」
 歯科受診を恐れてもがくイオの抵抗もむなしく、彼はカノンに歩道を引きずられていく。
「いーやー!歯医者、いやー!歯医者、怖いー!無理矢理に受診させるなら、死んでやるー!」
「歯医者くらいで自殺するな!バカか、お前は!?」
「やだやだやだやだー!絶対、いやー!」
「それでも最強の海将軍の一人か!?『スキュラ』の称号が泣くぞ!」
 叱り飛ばすカノンに、イオはギャン泣きしながら抵抗した。
「海将軍でも何でも、嫌なものは嫌だー!シードラゴンのバカー!情け知らず!冷血漢!あんたには人の心ってものがないんだー!」
 イオの悪口をカノンはバッサリと切り捨てた。
「その通り!おれに情けなどない!だから懇願するだけ無駄だからな!」
「うわーん!いやー!誰か助けてー!シードラゴンに殺されるー!これはひどい虐待だー!」
 イオが周りの人々に助けを求める。
「人聞きの悪いことを言うな!ほら、歯医者の看板が見えてきたぞ!」
「ぎゃあああああああ!」
 道行く人々がイオの尋常ならざる様子に二人の様子を凝視した。図らずも人々の注目を集める羽目になってしまったカノンだが、周囲の野次馬たちは完全に無視することを決め込み、イオを強引に歯科医院に押し込んだのだった。

 そして。

「うう…っ。ぐす…っ。えぐ…っ」
 カフェニオンの椅子に座ったイオはべそをかきながら涙をぬぐった。
「お前なぁ…。そろそろ泣き止め」
「うう…だって、だって…」
「あのな…」
 イオの向かいに座るカノンは苦虫を一万匹ほどまとめて嚙みつぶしたような顔で、イオに怒鳴った。
「ちょっと奥の歯茎をつつかれて、抗生剤の飲み薬を出されただけだろ!歯を削ったわけでも抜いたわけでもないのに、泣くほどのことか!?」
「だって、だって…怖かったよぉぉぉぉーっ!」
 歯科医院での様子を思い出したイオは、おいおいとまた勢いよく泣き出した。
「ああー!もう…うるさい!その涙を止めろ!ほら、お前の頼んだ奴が来たぞ!」
 従業員が運んできた皿を見たカノンがイオに促す。その皿は、イオが注文したデザートの盛り合わせだった。バニラのアイスクリームにアップルパイ、ガトーショコラにイチゴのムース、チーズスフレにヨーグルトのクレープ、そして切ったオレンジにメロンにバナナにブルーベリーに…と、デザートの類をこれでもかこれでもかと盛りつけた大きな皿がイオの前に置かれる。するとイオの涙はたちまち引っ込み、きゅるるん!と笑顔に変化した。
「やったー!これ、前から気になってたんだよねー!いっただきまーす!」
 歯科受診の後、ぐちぐちとしつこく泣き続けるイオの機嫌を取るため、好きなものをなんでも食わせてやるからと、アテネ市内のカフェニオンで大盛りデザートをイオにおごる羽目になったカノンであった。
 もぐもぐと無邪気な顔で甘味をむさぼっているイオに、カノンが愚痴る。
「だいたいだ、ストレスで歯茎が腫れただけだと!?食事のたびに三度はお代わりをして、おやつもしこたま食って、訓練と称して暴れまくって、夜は誰よりも早く早寝を決め込んでるお前の生活のどこに、ストレスの要素があるんだ!?」
「え〜?あるよ〜?毎日、慣れない仕事を頑張ってるも〜ん」
 悪びれることもなくイオが答える。
「お前の生活でストレスで歯が腫れるなら、おれなんぞストレスで胃に穴が開くわ!」
 怒鳴るカノンの前には、彼が注文したビールが大ジョッキで運ばれてきた。やけのようにカノンはジョッキをあおり、冷たいビールを一気に喉に流し込んだ。
「あ〜、シードラゴン、昼間から酒を飲んで〜。いけないんだー!いけないオトナだー!」
「やかましい!これが飲まずにやっていられるか!」
 茶化すイオの言葉はガン無視して、カノンはビールをぐいぐい飲んだ。 
 半ば一気飲みして空になったジョッキを、どん!とカノンが机に置く。と、同時に彼はぐちぐちと呟きだした。
「…こんな頭の中がお子様な連中を率いて、おれは世界制覇をせねばならんのか…?ってか、出来るのか、これで!?これでアテナの聖域に勝つ…!?うう…おれ、頑張ってるよな!?精一杯やってるよな!?ちくしょー、誰か、おれを褒めろ…!」
 この時、海皇ポセイドンが降臨して、「お前はよくやっておるぞ、シードラゴン」とカノンを褒めて頭をヨチヨチと撫でてやれば、案外、カノンは満足してポセイドンにころっと転んだかもしれなかった。
 しかし残念ながらポセイドンは部下の慰労よりも自分の睡眠欲を最優先して、憑代たるジュリアン・ソロの中でぐーすかと眠っているのだった。五年後のカノンなら、海皇に「だからあなたはいつまでたってもアテナに勝てないんですよ」と言うかもしれない。
「ね〜、シードラゴン」
 スプーンですくったアイスクリームをほおばりながら、イオが尋ねた。
「ポセイドン様が地上を粛清したら、全然痛くない歯医者も出来るよね?」
「は…?」
 あまりにくだらない問いに、カノンが呆然となる。
「だから、『全然痛くない歯医者』。出来るよね?神様だもん。不可能はないよね!?」
「……。うん、まあ、出来るんじゃないか?」
 完全に投げやりに、カノンは適当に返事をした。こいつは「痛くない歯医者」のために地上を滅ぼすのか…と思いもしたが、そこが子供ならではの残酷さというものでもあった。
「うわーい、楽しみ。よし、決めた!ポセイドン様が目覚めたら、真っ先に『痛くない歯医者』をお願いしようっと」
「………」
 そうして無邪気にデザートをむさぼり続けるイオを前に、カノンは二杯目のビールを注文することに決めたのだった。

<FIN>

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