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2022年05月02日07:33

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推理と推論

 
 推理小説って、日本語独特の言い回しだって知ってました?
英語だと、detective story か mystery story。 それ、直訳したら、探偵小説かミステリ(謎)小説だよね。

 推理小説って呼ばれるようになったのは、もちろん、お話のキイワードのひとつが「推理」だからだろう。
 名探偵○○の快刀乱麻の名推理、とかさ。
 じゃあ、その推理ってことば、英語でなんというのかを調べたら、なんとこれが deduction でした。

 古典中の古典、ドイルの名探偵ホームズもので例文を挙げると:

 「贈り物ですね」ホームズがいった。
 「ええ、そうです。」
 「チャリング・クロス病院からの?」
 「結婚のとき、いくらかの友人から」
 「おやおや、こいつはまずい」ホームズは首をふっていった。
 モーティマー博士はいささかおどろいたらしく、眼鏡のおくで目をぱちくりさせた。
 「どうしてまずいのでしょうか」
 「ただ、あなたのお話で、われわれの推理がくずれてきたのです。 ご結婚のとき、でしたね?」  (『バスカヴィル家の犬』阿部知二訳 創元推理文庫 1960)

 原文は:
 “A presentation, I see,” said Holmes.
 “Yes, sir.”
 “From Charing Cross Hospital?”
 “From one or two friends there on the occasion of my marriage.”
 “Dear, dear, that’s bad!” said Holmes, shaking his head.
 Dr. Mortimer blinked through his glasses in mild astonishment.
 “Why was it bad?”
 “Only that you have disarranged our little deduction. Your marriage, you say?”

 “deduction”は、論理学方面では、演繹と訳される。 
 “induction”(帰納)とペアになって、論理的思考の組み立てに関わる、科学の方法論なんかでもキイワード中のキイワード。
 でも、ホームズの「観察と推理」(しょっちゅうそれを見せびらかしては、「初歩的なことだよ」とかいいながら、ワトソンをびっくりさせてる)の自称「科学的」な方法には、じつは、演繹と帰納、さらにはアブダクション(仮説創成)までが駆使されている。

 なので、上のエピソードの場合にも、deduction のより幅広く非専門的な訳語、「推論」を当てたほうがいい気がする。
 上の抜粋の最後の部分を訳し直すなら、「ただ、あなたが、私たちのちょっとした推論をかき乱したというだけのことです」てな感じね。

 とはいうものの、正直いって、「推論小説」じゃ、なんか有り難みが薄いよね。
 コナンの推理が冴えわたる、が、コナンの推論が冴えわたるだと、凡庸に聞こえる。 それって、ただの推論なの? じゃあ、間違ってるかもしれないんだよね? って感じで。
 名探偵の、「たった一つの真実」を見抜く、千里眼のような並外れた思考力のオーラが、薄まってしまいそうに思えるのだ。

 というわけで、「推理」という、ある意味かっこつけたことばがこのジャンルのフィクションに当てはめられた(ひょっとしたら当てはめるために作られた?)ことで、ジャンルのマーケティング全体が少なからぬ恩恵を受けてきたんじゃないかと、ひそかに愚考するしだいです。
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