1955年5月18日に通商産業省(通産省、現・経済産業省〈経産省〉)が発表した「国民車育成要綱案(国民車構想)」を具現化したクルマとして、本稿0217にてスバル360を取り上げました。
その要綱にあった「1958年の秋には生産開始できること」という条件はクリアできなかったものの、三菱自動車は1959年10月の第6回東京モーターショーで三菱500を発表し、翌1960年4月に大卒初任給3年分の39万円で発売しました。
ホイールベース2065・全長3140・全幅1390mmのコロッとした車体のシャシーには、フロント・リヤともコイルスプリング+トレーリングアームの独立懸架のサスペンションが取り付けられていました。
最後部に空冷直列2気筒OHV493cc(21馬力)を搭載したRR(リヤエンジン・リヤドライブ)で、490kgの2ドア4座のサルーンを最高速度90km/hで走らせました。
当時は立派な小型乗用車でしたが、今では車体サイズ・エンジン排気量どちらに鑑みても軽自動車枠に入ってしまいます。
1961年6月に発売されたトヨタ・ パブリカに対抗すべく、その2ヶ月後の1961年8月に594cc(25馬力)に拡大したエンジンを搭載するスーパーデラックスというモデルが追加されました。
https://youtu.be/MSSVc9_Erco
しかし人気が出ないまま、1962年5月に13,289台生産したところで市場から消えていきました。
三菱500は、ドイツのゴッゴモビル(サルーン)を範としたと言われており、確かにそっくりです。
このサルーンのボディをスタイリッシュに焼き直したTS250クーペについては、本稿0199に記していますのて参照してください。
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