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2021年12月21日02:12

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浅田次郎が描いた張作霖という人物

写真は
*浅田次郎著「蒼穹の昴」シリーズ:第四部 『マンチュリアン・リポート』表紙(講談社文庫)

浅田次郎の「蒼穹の昴」シリーズ:第四部 『マンチュリアン・リポート』読了。
どこまでが真実で、どこがフィクションなのか。
歴史的事件を小説に仕立てるための緻密な組み立てに、私は登場人物に思い入れたっぷりとなり夢中になって読んだ。

「蒼穹の昴」「珍妃の井戸」「中原の虹」(全4巻)に続くシリーズ、第4部ではついに張作霖が爆殺される。
「清」末期〜滅亡後の激動の中国近代史は複雑だが面白い。

張作霖の爆殺は紛れもなく史実だし、これに関しては今もって様々に取り沙汰される事件だ。
ざっくり書くと関東軍は満洲を統治するためには張作霖が邪魔だと考えたとされている。
浅田氏がどのような覚悟で執筆したのかは、映画監督の石川淳志さんと浅田次郎さんの対談で詳らかになっている。
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さて、かつて作家/脚本家の井上ひさし氏の執筆作業をなにかで読んだか見たかで知ったのだが
彼は史実に基づいた小説を執筆するにあたって、まず年表を作るという。
取り扱う時代の史実を書き込んだ年表に、今度は作品のために用意したフィクションを埋め込んでいくのだ。
資料として残る事実が骨子で、そこにフィクションと言葉と人物描写で肉付けをしていく。
あたかも、小説に書かれたことこそが真実であると錯覚させられる快感は作者にとっても読者にとっても本懐だろう。
その井上ひさしさんでもうひとつ。
「マンチュリアン・リポート」で昭和天皇の密使として大陸で爆殺事件の調査をする帝国陸軍中尉・志津邦陽の存在だが、
井上さんの「紙屋町さくらホテル」の登場人物で、やはり昭和天皇の密使として日本各地を回る元台湾総督/海軍大将・長谷川清を思い出させた。
日本という国の良心の象徴か。

そういう存在を与えなければならない程、爆殺を計画した関東軍は許されざる組織だと描かれている。
計画の首謀者は関東軍高級参謀・河本大作(こうもとだいさく)大佐ということになっているが、浅田次郎は関東軍の総意であったというスタンスで書いている。
河本は事件の2年後に引責退役処分となったが、その後、民間人として満鉄の理事となるなど輝かしい成功を収めているのだから、この説には説得力がある。
しかし巻末で「解説」を書かれた中国近代史研究家の渋谷由里史によれば、
この事件は政治、国際関係、ナショナリズムに及ぶ複雑でデリケートな問題で決着のつかない問題なのだそうだ。
本作の作者、浅田氏の勇気に敬意を評したい、とも書いておられる。

さて、「中原の虹」で貧民から大躍進した張作霖が非常に魅力的に描かれている。
男惚れする男であり、やがて万里の長城以北の土地で「東北王」と呼ばれ人々から愛され敬われる存在の彼。
しかし張作霖本人が語り部になることはなく、彼以外の周辺の人物によってのみ張作霖という人物が語られるシリーズである。
本作では前述の密使・志津と、擬人化された西太后の御料車・デューク(公爵)と、デュークを管理する英国人棟梁によって、張作霖のことが語られる。

大きな謎があった。
当時の情勢から考えて、東北王に収まらず中国全土の統治者にもなれたのに、奉天に退いたことと、爆殺されることになる御料者に関東軍の謀略を勘繰りながらも乗り込んだことである。
御料車内での張作霖の日本軍人の側近・吉永将との会話や、鋼鉄のデュークとの会話で最後の最後に明らかになるが、そこでいたたまれない気持ちにさせられた。
天皇と政府を欺いて関東軍が暴走して起こした列車爆発に対し、張作霖に男惚れした日本人側近の吉永の言葉がこれ。
「大和魂も武士道もこれでしまいだよ。俺たちがこの先どんなきれいごとを言おうが誰も信じない。俺たちは、祖先から受け継いだ血の、最も大切な成分を、この皇姑屯(こうことん)のクロスでぶち撒けてしまった。」
あまりにも虚しい。
吉永は元々スパイ的な立場で軍から張作霖との関係を続けるよう促されていたわけだが、張作霖という男に傾倒し過ぎたために、一緒に爆殺されかかったということだろうか。
事件後も関東軍は知らぬ顔で、生き残った吉永をそのまま任務に就かせている。

ちなみに、張作霖は即死ではなかった。
第5夫人のつましい家でみまかったということだ。

さぁこのあとシリーズは「天子蒙塵」へと続く。
先に読んでしまった「天子蒙塵」の一、二巻を読み返すか、先に進んで三巻目を読むか、どうする、アタシ?
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