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2021年03月22日08:44

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レディ・デイの伝記


 6年前に出たビリー・ホリデイの評伝を、だいたい読み終えた。
 John Szwed 『Billie Holiday: The Musician & the Myth (ビリー・ホリデイ―音楽家として、そして神話として)』(2015)。
 面白かったし、すごく勉強になった。

 彼女自身の語りをダフティという人がまとめた自伝、『奇妙な果実』(原題 Lady Sings the Blues)は、内容があてにならないというのが定説らしい。
 著者のスウェッドは、その内容の疑問な部分を検証するだけでなく、あの本から抜け落ちた部分に目を向ける。
 なんと、たとえばオースン・ウェルズのような有名人たちや、レズビアン的関係にあった富豪の令嬢の家族からの、自分(あるいは娘)のことが書かれていたら訴えるという圧力(なにしろ麻薬事犯でムショに入った歌手の伝記だものね)に出版社がおびえて、本になる前に抜かれた部分がかなりあり、スウェッドはその内容の再生を試みているのだ。
 (ダフティが自伝とは別に書き残した記事類や、自伝の欠落を埋める一書をまとめようとしながら、その途上で亡くなった女性ライターの資料などが参照されている。)

 自伝の出だしが、エセル・ウォーターズの自伝と同じパタンだという指摘にびっくりした(後者、ずーっと積ん読だからなあ)。
 エセルとビリーには、奇妙な縁がある。 ビリーの母が、同郷のつながりからか、エセルの家で家政婦をしていたのだ。
 エセルはしょっちゅう、ビリーの母が働かない、無能だと文句をいっていたらしいが、その理由の半分は、娘の歌手としての才能を認め、脅威を感じていたからだったのではとスウェッドはいう。

 才能といっても、彼女にはベシー・スミスのような声量はなく、音域はただの一オクターブ。
 喉のスペックだけからいえば、アリサやエッタやラベルの足元にも及ばない。
でも、独特のリズム乗り(というかリズムの外し方)と、声音と、精妙な節回しと、即興の表現力で、他の人には真似できないすばらしい歌唱群を生み出した。

 自伝のタイトル(Lady Sings the Blues)は出版社の提案で、ビリー自身は気に入っていなかったという。
 たしかに、その持ち歌にはブルーズ曲もいくつかあるが、彼女はブルーズシンガーではない。 ブルーズを歌いたがらなかったから、カウント・ベイシー楽団を首になったという風説もあったほどだ(ベイシー楽団にはジミー・ラッシングというブルーズ歌手がいて、ビリーはバラード担当だったからそれはただの憶測で、実際は彼女のステージに日によって大きなむらがあったことが理由―少なくともベイシー側からの―らしいが)。

 ビリーは当初、自伝の題を「Bitter Crop」(「奇妙な果実」の歌詞の最後のことば)にしたがっていたそうで、とすれば邦訳(学生時代の大橋巨泉も訳者のひとり)の題は、ビリーの意志にかなり沿ったものだったといえるだろう。
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