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2021年01月13日20:53

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『ただ人としての生を』第1話

 『聖闘士星矢』の二次創作で聖戦後復活設定。ロスサガ・ラダカノ前提。ただしオリキャラが出てきてサガとカノンと絡むので、オリキャラが苦手な方は注意。
 サガやカノンを始め、黄金聖闘士たちや三巨頭が普通の人間として大学で学生生活をしていて、パラレル設定のようで実は…という話です。
 今回の敵になった魔物の元ネタというかイメージは、アトラスのRPG「ペルソナ3」の敵キャラの「シャドウ」です。ちなみにこのゲームのラスボスは「ニュクス」でした。しかしラスボスより隠しキャラのエリザベスの方が段違いに強かった…。
 アケローオス河神はこちらが初出なので参照。『ハルモニアの首飾り』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3513947
 アルペイオス河神が出る話はこちら。『小っちゃくなっちゃった!』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8374971『アルペイオス河神の話』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10712879『クリスマスは家族で一緒に』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=14300247
 双子たちのオリジナル子供時代設定はこちらを参照。『雪解け』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3484101
 アケローオス河神にしろアルペイオス河神にしろ、一話限りのゲストキャラのつもりだったのに、なんでこんなに出張ることになったんだろう…。オリキャラが出張るのはまずいよなーと思いつつ、書いてて楽しいのであまり改善しません。あかんw


『ただ人としての生を』第1話

 ピ、ピ、ピ、と目覚まし時計の電子音が鳴った。カノンは夢と現実の間を漂いながら、枕もとを手探りでまさぐった。ベッドの端を右に左にとさまよった手が目覚まし時計に触れると、カノンは目覚ましのスイッチを切り、再び睡眠の海の中に戻っていった。
「…カノン、起きろ!」
 結局カノンを覚醒させたのは目覚まし時計のアラームではなく、人間の声だった。
「ほらほら!今日は朝から必修の講義があるんじゃなかったのか?」
 声の主は、カノンの家主で同居人のアケローオスだ。染めているのか、紺青色の癖のある短い髪に生き生きとした青緑色の瞳を持つ快活な男である。鍛えられたたくましい体に灰色のトレーナーとジーンズを着ている。それらの服の上に紺色のエプロンを身に着けた彼は、フライパンを左手に、おたまを右手に持ち、フライパンの底をおたまで叩いて「ガンガンガン!」と派手な音を立てていた。
「うう〜…あと五分…」
 カノンが寝汚くねばる。
「だめだ!早く顔を洗って来い!」
 いつまでも起きようとしないカノンに対し、とうとうアケローオスは実力行使に出た。カノンがくるまっていた布団をがばっとめくったのだ。うたた寝をするのに最適な暖気を布団ともにはぎ取られ、やむなくカノンは起床することにした。パジャマを着替え、薄手の青いセーターとベージュ色のパンツを着る。洗顔を終えて、あくびをしながら食堂に入ると、双子の兄のサガはすでに朝食を食べており、最後のデザートの林檎に取り掛かっていた。
「お早う、カノン」
「おはよう〜」
 ふわわ〜と大きく口を開いて、カノンは自分の席に着いた。カリカリに焼いたトーストに、オレンジジュースに、ベーコンエッグに、カットした林檎。ごくごく変わり映えのしない、いたって普通の朝食である。
 カノンは別々に食べる手間を惜しんで、トーストの上にベーコンエッグを乗せると、パンと卵を一緒に食べ始めた。
「今夜の帰りはいつごろになる?」
 すでに朝食を終えて食後のコーヒーを飲み始めているアケローオスが双子たちに尋ねる。ちなみに朝食を用意したのも彼である。彼は双子たちとの共同生活で家事のほとんどを担当していた。
「私は今日はバイトがあるので、遅くなります」
「あ〜、おれも」
 兄の答えに、弟も同じ返答を返した。
「夕食は?」
「帰ってから食べます」
「あ〜、おれも」
 またも兄の答えに弟が同調する。
「分かった。準備しておく」
「ありがとうございます」
「さんきゅー」
 丁寧に答えた兄に対し、弟が気軽に返事をした。
 アケローオスが壁にかかった時計を見る。
「そろそろ出ないと遅れるぞ」
「は〜い」
 もさもさと朝食を終えた二人は、改めて歯を磨いた。腕時計を身に着け、外套を羽織り、それぞれ自分の鞄を持つ。室内履きから外出用の靴にと履き替えて、二人が在籍する私立グラード大学にと出かける準備を整える。
「行ってきます」
「行ってきまーす」
 玄関で見送るアケローオスに双子たちが手を振った。アケローオスも手を振って彼らへの返事とした。マンションの扉が開閉し、双子たちは大学へと出かけて行った。
「さて…と」
 一人になったマンションの部屋で、アケローオスが室内を見渡した。
 食卓の上に置かれっぱなしになっている皿を片付け、食器洗い機に突っ込む。それからサガとカノンが共同で使っている寝室に入り、これまた二人が起きた時のままに乱れている布団を折りたたんだ。シーツの乱れを直し、ベッドメイキングをしながら、ふと部屋の隅の角にアケローオスが視線を送る。
 そこには黒い影が床に落ちていた。それはじわじわと広がり、不定形のしみとなって壁や床を侵食していった。まるで不定形のモンスターであるスライムが家を飲み込んでいくかのようだ。
「…ちっ」
 アケローオスは舌打ちした。そして彼が指をパチンと鳴らすと、世の指先から光が現れて、部屋の隅の黒い影にぶつかった。影は、光に飲まれて消滅した。
「…まだまだ浸食があるようだな。仕方ない、今日も『掃除』を頑張るか」
 アケローオスは自分のエプロンのひもを締め直した。そして彼はせっせと部屋の「掃除」に励むのだった。

 朝一番からの講義に出たサガとカノンだが、真面目に教授の話を聞いてノートを取るサガに対し、隣に座るカノンは教授の声を子守唄代わりにして、うとうとと寝始めていた。
「…カノン、寝るな」
 サガがカノンを肘で小突く。だがカノンの意識が覚醒に向かうことはなかった。
「う〜…無理〜…。サガ、後でノート見せて…」
 睡魔に負けたカノンは、とうとう机に突っ伏して本格的に寝込んでしまった。
「まったく…」
 弟の様子にサガがため息をつく。その時、彼の座る椅子の隣でコトリと音がした。
「……?」
 横を見ると、遅刻してきた同級生のアイオロスが後ろの扉からこっそりと講義室に入って、姿勢を低くして教授の視線から隠れて席に着こうとしているところだった。
「アイオロス…」
「しぃ…!」
 アイオロスが口に指をあてて、サガに静かにするように頼む。サガの隣に座ったアイオロスは、さらに図々しく彼に頼んだ。
「サガ、後でおれにも講義の前半のノートを見せて〜」
「………」
 はあ、とサガがため息をつく。とはいえ、後でアイオロスとカノンにノートを見せてやるつもりではある。
 サガとカノンとアイオロスは、私立グラード大学文学部の三年生である。専攻は古代ギリシャ・ローマ時代の古典だ。ただし真面目に学業に励むサガと違い、大学でサガと友人になったアイオロスは学業よりは部活のアーチェリー部の活動のほうに熱心だった。カノンに至っては、学業に不真面目な上に、部活もしていない有り様である。
 午前中の講義をサガは真面目に受講して、アイオロスとカノンはサガのノートをあてにして不真面目に受講した。不真面目というか、いつもアイオロスとカノンはサガの両隣の席を占めているのだが、講義中はそろって居眠りをして時間を過ごしているのだった。つまり、二人ともまともに講義を聞いていない。いったい何のために大学に通っているのか…と自分の左右で眠る弟と友人に呆れながら、サガは熱心に講義のノートを取り、後で彼らに見せてやり、ついでに自分の復習をするのが常だった。
 そして昼休憩の時間になると、俄然、元気を取り戻したアイオロスがいそいそと学食に向かった。
「おばちゃん!カツカレー!カツとご飯を特盛りで!生卵を二つ、トッピングして!」
「はいよ!いつもながら見事な食欲だねぇ」
 学食のおばちゃんが愛想よく笑い、アイオロスの注文通りの品を用意する。
「相変わらずよく食べるな…」
 生卵をカツカレーのルーにかけてかき混ぜ、山盛りのご飯とあえて口に運び始めたアイオロスに、隣に座るサガは感心したとも呆れたともつかない表情で言った。
「サガが少食すぎるんだよ〜」
 そう言われたサガが注文したのは、ホットサンドとサラダとコーヒーのセットである。兄の隣に座るカノンが注文したのはハンバーグ定食だ。
「うう…。おれ、文学とか全然好きじゃないのに、なんで文学部に進んだんだろう…」
 午前中の講義をほとんど寝て過ごしたカノンが、ハンバーグを切り分けながら愚痴る。
「さあ…?私に聞かれても…」
 兄のサガは弟の愚痴に首をひねった。確かに、勉強も不真面目、部活もしない、バイトはしているが、それほど遊び歩くわけでもない、と、いまいち何のために学生生活をしているのか、他人から見てもよく分からないのがカノンであった。
「あれかな?やっぱりサガと一緒にいたかったからかなぁ…?」
 カノンは自分で勝手に進学動機の答えを出し、ハンバーグを白米と一緒に口に放り込んで食べ始めた。
「相変わらず兄弟仲が良いようだな」
 その時、カノンの対面に座る者がいた。それは私立グラード大学法学部の学生のラダマンティスだった。彼はオムライスを手にしていた。
「あ、ラダマンティス」
 よう、と、カノンが挨拶する。
 学部が違うカノンとラダマンティスの交流は、次のような経緯で始まった。以前、ラダマンティスがエビフライ定食を注文してカノンの対面に座った時、カノンは「…うまそうだな」と内心思ってエビフライをじーっと凝視した。するとラダマンティスが、「食べるか?」とエビフライを一匹、カノンに譲ってくれたのである。それ以来、二人は友人としての付き合いが続いている。
「そういうあなたもカノンと仲が良いですよねぇ」
 にやにやと意味深な笑いを浮かべてラダマンティスの隣に座ったのは、彼と同じ法学部の学生のミーノスだった。さらに同学部のアイアコスもおり、彼らはラダマンティスの隣にそろって席を占めた。なぜかこの三人は一緒につるんでいることが多い。ミーノスは「私たち、実は異母兄弟なんですよ」と皆に言っているが、三人の容姿が似ていないので、誰も信じてはいなかった。
「あ、兄さん、いたいた!」
 男ばかりがそろって食事をしているむさくるしい一団に声をかけてきたのは、アイオロスの弟のアイオリアだった。体育学部の学生で、こちらは一年生である。何でもボクシング部期待の新星らしい。アイオリアは牛丼をご飯大盛りで頼んでいた。兄に似て、彼もまたよく食べる。兄弟そろって健康優良児で、食べっぷりも見ていて実に気持ち良い二人だった。
「カノン、次の土曜日は開いているか?」
 唐突にラダマンティスがカノンに尋ねる。
「ん〜?夜はバイトがあるけど…なに?」
「よかったら、おれと映画を一緒に見に行かないか?上映中のアクション映画だが…」
「いいけど…。なんでおれ?好みの女子学生でも誘えばいいじゃん」
 ラダマンティスの勧誘にカノンが小首をかしげた。
「いや…。その、好みの女子学生とかいないし…。かといって一人で映画を見に行くのも気が引けるので…」
 ラダマンティスが恥ずかしそうに言葉を濁す。
「そうか」
 と、あっさりとカノンは気持ちを切り替えた。
「いいよ。じゃあ、行こうか。昼は暇だし」
「うむ。ではチケットはおれが予約しておく」
「うん。頼む」
 ラダマンティスとカノンの会話に、ミーノスがいやらしそうな笑みを浮かべた。
「デートですか、ラダマンティス?」
「ち、ちが…っ」
 明らかに焦ったラダマンティスに、アイアコスも口笛を吹いてはやし立てた。
「ひゅー!若いっていいなぁ、おい!」
「だから違うと…!」
 しかし露骨にうろたえるラダマンティスを、カノンが一刀両断した。
「デートなわけないだろ。こいつとデートしてどうするんだよ」
「………」
 無情なカノンの言葉に、無言になるラダマンティスだった。
「苦労しますねぇ、ラダマンティス」
「まったくだ」
「…うるさい」
 憐れむような眼でラダマンティスを見たミーノスとアイアコスに、ラダマンティスは憮然と返した。
「映画か〜。いいなぁ。お前もおれと一緒に行かない、サガ?」
 アイオロスがサガを誘う。だがサガは無関心そうに答えた。
「なぜ私と?一人で行くのが気まずいなら、アイオリアと行けばいいだろう?」
「…いや、そうじゃなくてね…」
 これまた無情なサガの言葉に、返す言葉を失うアイオロスだった。
「兄さん、ドンマイ」
「弟よ、お前は良い奴だなぁ」
 慰めるアイオリアに、アイオロスがしみじみと答える。
「アイオロス、もっとはっきりと言わないとサガには伝わらないと思いますよ?」
 ミーノスがチャーシュー麺をずずーっとすすりながら言えば、
「うむ。兄弟そろって鈍いからな」
 と、餃子定食を咀嚼しながらアイアコスが相槌を打った。
 そしてサガとカノンの二人はと言えば、そろって「わけが分からない」という顔をしていた。
 やがて食事を終えた彼らは、それぞれまた次の講義にと散っていったのだった。
 
 サガは大学での講義を終えた後は、花屋でのアルバイトをしていた。花屋の店長はアフロディーテという名前で、美の女神にふさわしい華やかな美貌の持ち主だ。その名前がどれほど店長に似合っていると言えば、男性なのに女性の名前がついていることを誰も気にしないほどである。もちろん、彼の美しさから女性客への受けは良い。サガもその端正な容貌で女性客の受けがいいが、それ以上に彼は老齢の客に人気があった。時おりサガが花束を仕立ててにっこりと微笑みとともに年配の客に渡すと、「はぁ…天使様のようじゃ…。ありがたや、ありがたや…」と拝んでいく客がいるほどである。ほとんど新興宗教の教祖の扱いである。
 そんなわけで、サガがこの店でバイトするようになってから以前にも増して売り上げが伸びたと、店長のアフロディーテは喜んでいた。
「店長と言っても、私はアルバイト店長で、店のオーナーは別にいるのだけどね」
 と、店長のアフロディーテはサガに説明しているが、サガにとってはバイト代さえもらえればいいので、誰が店の主だろうが自分には関係がないと思っている。
 そしてその花屋には常連客もついていた。
 その夜も、その常連客が訪ねてきた。
「いらっしゃいませ」
 馴染みの客にサガが笑顔で接客した。常連客の一人は、サガと同じく私立グラード大学文学部の学生で、二年生のシュラである。ただし彼はスペイン文学が専攻なので、学年が違うこともあって大学ではあまりサガと接点がない。部活は剣道部で、部内では最も強い選手だと評判だ。だがサガは剣道とも縁がないので、この点でも彼とは接点がなかった。むしろサガよりもアイオロスがシュラと親しいらしく、同じ高校の先輩と後輩という関係だそうだ。
「…この青いトルコキキョウを一本、自宅用で」
「ありがとうございます」
 寡黙なサガの後輩は、色鮮やかな多数の花々の中から青系のトルコキキョウを選んでサガに渡した。サガが茎を切って短くし、包装紙に簡単に花を包む。
「いつもお買い上げありがとう、シュラ君」
「いえ」
 花を受け取ったシュラはサガに話しかける。
「サガ先輩も、元気そうで何よりです」
「ははは。ありがとう」
「では…」
 そうして花を手にしたシュラは店を後にした。
 シュラを見送ったサガが、店長のアフロディーテに言う。
「彼と…ルームメイトのカミュ君でしたっけ?いつも日替わりで花を買いに来てくれます。ありがたいですね」
「そうだねぇ。二人とも君の大学の後輩だそうだね?」
「ええ。でも大学ではあまり会わないのですけれど…」
 シュラとルームシェアをしているというカミュという青年は、やはり私立グラード大学文学部に在籍しているが、彼はフランス文学が専攻だそうだ。学年も一年生で、部活もスケート部に所属してスピードスケートをやっているらしい。何でも次の大会では大会新記録を狙えるとのことだ。だがこれまたシュラ同様、サガとは大学での接点があまりなかった。
 というわけでサガとこの二人の接点はないはずなのだが、なぜか彼らは一日交替でサガがバイトするこの花屋を訪ねて、花を買っていってくれるのである。おかげですっかりサガと顔馴染みになっている。
「あの二人はよほど花が好きなんですね。毎日、ルームメイトのうちどちらかが花を買っていくなんて」
「それもあるかもしれないけど…。二人とも、君のことが心配なんだよ」
「心配…?なぜ?」
 店長の言葉にサガが不思議そうな顔をする。
「うん…まあ…。そういうところ、前と変わらず鈍いよね、サガ…」
 ぼそりとアフロディーテ店長が呟く。
「????」
 サガはますます意味が分からないという顔で困惑した。
「うん、まあ、いいよ。とにかく、あの二人の目当ては君だろうってこと」
 にっこりと笑ってアフロディーテがサガに念押しする。
「店長〜…」
 サガの困惑はさらに深くなった。
「それはないと思いますよ?だって大学で二人に話しかけられたこともないし、プライベートなことは全然尋ねられないし…。特にシュラ君は無口で…」
「ははは…そうだね。まあ、あまり深くは考えないで」
 華やかに笑う店長の笑顔に、からかわれた、と思ったサガだった。

 カノンも兄と同じように、大学の講義が終わった後はバイトをしていた。バイト先はイタリアン・レストランで、店長はデスマスクという名前だ。もちろん本名ではないが、本人は「本名は秘密だ」とニヒルに笑っている。ただしその笑顔を「ニヒル」と思っているのは店長本人だけで、カノンなどは「単に柄が悪そうなだけ」と心の中でこっそりと評していた。もちろん心の中でそう思うだけで、面と向かって言ったりはしない。そんなことを店長に言って怒らせたら、バイトを首になってしまう。デスマスク店長の料理の腕は良いらしく、店は繁盛していた。
 そしてその店にも常連客がついていた。ジュリアン・ソロという名前の十六歳の少年で、「カノンを目当てに店に来ている」と公言してはばからない男である。
 その夜も、ジュリアンはカノンがバイトするレストランに来ていた。
「は〜い、カノン」
 注文したディナーセットを運んできたカノンに、ジュリアンが嬉しそうに手を上げて声をかける。カノンは露骨に嫌な顔をした。
「はい、本日のディナーセットです」
 スパゲッティ・ボロネーゼとサラダをカノンがジュリアンの前に置く。
「コーヒーは食後で良かったですか?」
「うん。デザートのティラミスを一緒に持ってきてね。にしても、いつもながらこの店のご飯はおいしいねぇ」
 スパゲッティをフォークに巻き付けて口に運んだジュリアンが顔をほころばせる。美味しい料理は人を幸せにする。カノンは口調を接客用のものから年下の友人に対するものに変えた。
「…というか、お前、未成年だろ?こんなに毎日、夕食を外食で済ませるとか…。いいのかよ?親はどうしてるんだ?」
「親はもう両方とも死んでるよ。家にいても、家政婦の作った夕食を食べるだけで、つまらないからね」
「…ああ、そりゃ…悪いことを聞いたな」
 あっさりと親の不在を告げたジュリアンの返事に、カノンが気まずそうになる。
「別にいいよ。資産はたっぷり遺してもらったから、生活には困らないし。おかげで気ままに暮らせるし、こうして君にも会いに来れるしね」
「………」
 両親の死を悲しむそぶりを全く見せないジュリアンの態度に、カノンは少し反応に困った。
「まあ、そうかもしれんが、未成年があまり遅くまで出歩くのも問題だろう?だいたい、おれに会いに来るとか、意味が分からんし…」
 可愛い女の子ならともかく、こんな年上の男を口説いてどうする…と思うカノンだった。それとも若いのにジュリアンはそっちの趣味があるのだろうか?面倒くさいな、と思カノンは思った。
「本当はねぇ、私が君たちの後見人になりたかったんだよ」
「????」
 困惑するカノンをよそに、ジュリアンが一方的に話し始めた。
「でもアテナがそれはだめだって言ってねぇ。あと、私には世話役とかは無理だって反対されて。それでアケローオスに君たちを任せることに…」
「????」
 カノンはひたすら大量のはてなマークを頭の周囲に飛ばした。
「い、いや…後見人とか、ますます意味が分からん…。後見人がいるような年じゃないぞ、おれたち。ってか、おれより年下で未成年のお前がおれたちの後見人をするとか、ありえんだろ?」
 戸惑うカノンがだが、ジュリアンの台詞であることに気付いた。
「え?あれ?お前、もしかして、アケローオスと知り合いなの?」
 サガとカノンの同居人で家主の青年のことをカノンが思い起こす。
「彼とは従兄弟だよ」
 ジュリアンがあっさり答えた。
「え?そうなんだ。今まで全然知らんかった…」
 それからカノンは視線を板張りの天井に向けて考え始めた。
「あ〜…。親が資産をたくさん遺したって…。そっかー。金持ちの一族なんだな。アケローオスの奴も仕事してる様子が全然ないのに、金に困ってる風がないもんなぁ。若いのにあんな広いマンションに住んでるし…あいつも資産持ちなんだ」
「まあ、そんなところ。…羨ましい?」
「まあ、ちょっと…。不労所得でニート生活…」
 それも気楽な生活でいいなぁ…と思うカノンだった。
「カノン!」
 バイト仲間のミロがカノンに声をかけた。彼は私立グラード大学の体育学部の一年生で、アイオリアの同級生だ。部活はフェンシング部だが、アイオリアと親しいらしい。カノンとは大学で顔を合わせる機会はないが、こうして同じバイト先で働く間柄である。その縁で、毎週末ごとに一緒にゲームセンターに通うゲーセン仲間でもある。
「だべってないで、手伝ってくれ。厨房のアルデバランのところで皿洗いをやってくれってさ」
「はい!今行く!」
 カノンが返事する。これまたバイト仲間のアルデバランは、やはり私立グラード大学体育学部の一年生だ。部活ではラグビーをやっているらしい。堂々とした体躯の持ち主で、年下なのに妙に「頼りになる兄貴分」な雰囲気がある。カノンとは職場で顔を合わせるだけだが、気さくでいい男だった。
 バイト仲間が同じ大学の学生ばっかりだなぁ、と不思議にも思うカノンだったが、私立グラード大学はこの近辺では一番大きな大学なので、バイトをしている学生も多く、そういうこともあるか、と一人でカノンは納得した。
「じゃあ、ジュリアン。おれは仕事に戻るから」
 客といつまでも話しているわけにもいかない、と、カノンはジュリアンとの会話を切り上げた。
「うん。また明日、来るからね」
「…いや、そんなに毎日来なくても…。店としては助かるけど…」
 ジュリアンのカノンへの執着に、カノンがこれまた困惑する。
「君に毎日でも会いたいんだよぁ。様子を確かめないと心配でさぁ」
「いや、お前に心配とかされる年じゃないから…。じゃあ、ジュリアン、あまり遅くならないうちに、家に帰れよ」
「は〜い」
 そうしてデザートのティラミスを食べるジュリアンを置いて、厨房に向かうカノンだった。

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