寝正月です。
正月の料理も食べました。
ヒットが、エビ好きの一番下のために、自分で竹串を刺してゆでた手巻き鮨の具です。
蒸すよりもゆでた方がうまい(この世で最もうまいエビは、ボタン海老でもイセエビでもなく、ゆでた車エビだと寿司屋の大将や漁師は口をそろえます)
酢と日本酒、白だしを入れたお湯でゆでるとうまい。
また、寿司屋で買ってきてもらった業務用の最高級いくらも最高でした。
美味しいから、ボリボリと食べてしまうか…と思いきや、少し食べただけで満足します。
意外とイマイチだったのは、サーモン。サーモンとしては非常にうまいのですが、突出してうまいというわけでもなかったので、クリームパスタになりました。
さて、寝正月か…というと、そうでもありません。
他人の論文の校正をやっています。
人のふり見て我がふり直せといいます。これが予想外に勉強になります。みんなが困るのは、要約です。
長い先行文献をどれだけ短くまとめるか。短くまとめた方が読みやすくなります。
これは、若いころは読みやすさの問題であり、本質の問題ではないと思っていました。そうではないですね。。
読みやすくするということは、自分の視点から再解釈するということです。つまり、これは、論文の一部です。
また、その自分の視点は他人に見せるものです。もちろん、論文はそういうものですが、他人に見せるということは、特定の人であれ、仕事のシステムであれ、社会であれを変えていくものです。
だから、ますます、論文なのですが、
面白いことに、全く、他人に通じない文章で覚えた私的な思い出は、記憶できません。
記憶できるように、たとえば、中森明菜の曲がBGMでかかっているセンター街で真っ赤なスニーカーが似合ったあの子などと、誰もが知っているものに仮託します。それは、表現というよりも、記憶の便宜です。
記憶の便宜と作品を混同するからこそ、たとえば、大学生の文学青年の失敗作の小説はつまらないなどといえます。
査読を通過するかどうか。
自分も一本書くことになりました。
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