小田原城は戦国時代に大森頼春が築城しました。1495年に北条早雲が政権を握り、以来100年間、5代にわたって続き、関東の首都として、また東海道の宿駅として栄えました。早雲は、室町幕府の支配を受けず、独立した権力をもった最初の戦国大名でした。
早雲の独立で、各地の豪族が戦国大名化していき、戦国時代が本格化するわけですが、中高年の星・早雲は、戦いを続けるなかで、梅干しを活用しました。食べ物の腐敗を防ぎ、健康にもいい。なにより、自分が好きだったので、小田原城下に梅の木を植えさせ、梅干しづくりを奨励しています。
紫蘇で巻いた梅干しを携行食として雑兵に持たせたといわれ、この「しそ巻梅干し」は、いまでも小田原市の名産で「かながわの名産100選」にも選ばれています。梅干し好きのせいか、早雲は長生きでした。
生年に諸説はあるものの、88歳の長寿を全うしています。戦国時代の平均寿命は40歳ほどといわれ、非常に短かった。早雲は梅干しを食べ、駿河湾や相模灘の旬の魚を食べて健康を維持したのではないでしょうか。
横浜開港と同時に、武蔵の辺境の地は一変し、外国人居留地が置かれ、貿易が盛んになりました。各地から諸官庁の高級官使が集まり、貿易、金融、海運などで賑やかになりました。横浜の中華街では、年間1600万人の集客力を誇る世界一のチャイナタウンです。
世界中にある中華街の中でも、最も安全で健全な場所です。外国から来た客は、「世界で一番美しい中華街」と感嘆しています。1928年3月、横浜駅の構内で初めて販売された。開発したのは、横浜駅で弁当を売る「崎陽軒」の野並茂吉です。
ちなみにスイスの再保険会社スイス・リーは「自然災害で最も危険な都市ランキング」を発表しました。世界616都市を対象に、地震、暴風雨、高潮、津波と洪水の5つのカテゴリーで被災する可能性のある人の数を推計。自然災害で最も危険な都市ランキングです。
1.東京・横浜(日本)。2.マニラ(フィリピン)。3.珠江デルタ(中国)でした。
横浜は旗色悪く、カジノ第1号の最有力候補に東京都が浮上しました。また、高速道路から横浜に停泊していたダイモンドプリンセス号を見ながらイベントがどんどんキャンセルされ予定がなくなるなか新型コロナウイルスの恐ろしさを知りました。
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