石原莞爾平和思想研究会では自給自足を実践する試みとしてビオトープ水田を行い多くの子供たちにお米の作り方を体験してもらいました。その企画の一つとして、戦時中の食べ物を実際に作って食べるということも行ってみました。調味料がないので随分苦労しまし
高速道路を無料化した場合の経済効果について国土交通省が2年前に試算を行っていたことが明らかになっています。一般道の渋滞が解消されることなどから、直接の経済効果を2.7兆円と見込んでいます。朝日新聞が入手した資料によると、「3割引」「5割引」
電気冷蔵庫、電気掃除機、クーラー、戦後全盛の三種の神器はすべて戦艦大和に備え付けられてあり戦前からあったというのだから驚きです。我々は戦前と戦後の間には言語に絶する断絶があると教わっていますが、そんなことはありません。電化製品でなかったのは
石原莞爾平和思想研究会では自給自足を実践する試みとしてビオトープ水田を行い多くの子供たちにお米の作り方を体験してもらいました。その企画の一つとして、戦時中の食べ物を実際に作って食べるということも行ってみました。調味料がないので随分苦労しまし
19世紀以降、「欧米の先進国 VS発展途上国」という図式ができました。20世紀は、欧米先進国を、その他の地域の発展途上国が追いかけていった時代でした。そして21世紀の今、問われているのは「発展途上国が、いつ先進国に追いつき、追い越すのか」で
東京に着いた繆斌は、第一に緒方国務相に会いました。このとき繆斌が緒方国務相に語ったことは、「私は上海で過日、山県さん(注・山県初男、小磯首相と陸軍士官学校の同期生)に会ったとき小磯総理は真剣に中日全面和平について考えていると聞かされた。ご承知
高速道路とは巨大な詐欺のようなものだと思います。国土交通省が高速道路無償化の期限を現在の2065年から50年延長し、2115年にするための法改正案を国会に提出するというニュースが、2023年1月にありました。本来「道」は誰のものでもなく、ア
「女人禁制」は女性差別かという設問は、回答者に自由に答えさせているかのように見えながら、良識ある人には、予め決まった答えを選択させてしまいます。すなわち、「女性差別というほどのものではない」という現実的な答えです。この様な選択をする分岐点は
国力が比較にならない、日米開戦の昭和16年は満州事変以来、既に10年が経過していました。日本国は世界の白人を敵に回して、この上アメリカと戦争するなんて出来るわけがないと、好戦的な軍国少年はいざ知らず、大半の人間は思っていたそうです。日清戦争
アメリカのケネディと言えば「キューバ危機」を回避した理性ある偉大な大統領です。ソ連のフルシチョフ、キューバのカストロ、いずれも個人的には核使用は望まなかったのですが、核戦争寸前まで行ったのは事実です。人間は必ず間違いを犯す、理性のない人間も
過去に外務省機密費が官邸に上納されていたという事実を、政府関係者が暴露したことがありました。上納金は、佐藤栄作が政権を握ったときから始まっていると言います。1960年代、日本と韓国が、国交樹立を迎えようとしていた頃、官邸が所持していた機密費
昭和19年7月22日、東条内閣に代わって小磯内閣が成立しても、戦局の好転は得られませんでした。日本国の戦略基地であるマリヤナ諸島が敵手にわたった後は、敵機B2が、直接本土を空襲するようになって、時局は容易ならぬ段階に入ったのです。石原将軍は
寿司屋のつけ台に座って何でもいいから注文していいぞと言われたら「アワビ」をたらふく食べたいです。アワビは貝の中でも一番値段が高いかも。アワビは見た目一枚貝のようですが、巻貝なのです。そうそう寿司屋にあるのは「つけ台」で、カウンターではないの
昭和16年3月1日の待命後、しばらく京都にいましたが、秋九月に郷里鶴岡に帰りました。北に鳥海山の秀峰を仰ぎ、南に臥牛といわれる月山連峯を眺める荘内平野の中心地です。初め鶴岡市の南端番田というところの時雨荘に落ちついたが、後に高畑にある文豪高
幼稚園児の質問ですが、「ライオンとトラと闘ったらどっちが強いの」などと聞いてきます。難問です。(笑)ライオンはアフリカの草原、トラはアジアの密林、生息地が全然違うから、闘うも何も、接触さえありはしないのだが、そこを理解させようと、一苦労です。
読みたい本があれば読むのですが、難しい本だと眠くなります(笑)生涯に人は何冊本が読めるのか、計算してみたのですが、生まれた赤ちゃんから男女平均寿命をちょっと過ぎて死ぬまで、1日に必ず1冊本を読むとして、たった3万冊しか読めないのです。生まれた
東条軍閥の石原将軍に対する断圧は執拗なものがありました。憲兵を動員し、あるいは右翼団体の無頼の徒輩を動員し、石原将軍をもって赤だ、共産党だ、東亜連盟は敗戦主義だ、米英の第五列だとか、また当代まれにみる私生活の清廉な石原将軍を、遊蕩に耽ってい
満州から内地に帰った石原将軍は、浅原健三、高木清寿両氏の配慮によって、昭和13年9月1日から茨城県大洗海岸の魚来庵に、母堂ならびに銚子夫人とともに静養しましたが、ここで完全な健康治療もできなかったので、十河信二氏のお世話で東京大学病院に入院
早朝から温泉巡りを行いました。朝食は到着時に決めた8時という時間になってから会場へ行きバイキングとなりました。朝食後は会計を済ませて、記念写真のシャッターを外国人の従業員にお願いしたところ何も映っていませんでした。谷川岳ロープウェイに向かい
アメリカの財団の魅力は、アメリカの戦後の知性を代表する数多くの人物が財団に関わっている事だそうです。財団人が関係した財団は、戦後アメリカが生んだ最高のスーパーエリートの1人と言われる元国防長官ロバート・マクナマラです。また、ニクソン大統領の
人間の世界では2人以上が存在する限り、大なり小なりの「差別」「区別」は生まれてしまいます。ほとんど同族の小さな村社会の中でも、本家だの分家だの、外から入ってきただの、金持ち、貧乏、利発か愚鈍か、長生きだ、短命だ、結婚した離婚したなど、様々な
戦後、日本は米国GHQの占領下のもと日本人が長い年月をかけて培ってきた日本人の価値観を否定されました。戦前の日本の価値観が全て正しいとは思いませんが、昔からの日本人固有の価値観を否定されたのは事実です。敗戦国とはいえ、憲法までGHQの監視下
2024年6月25日、貸し切りバスに乗車して、東芝未来科学館に向かいました。東芝未来館は、1961年11月に東芝小向地区に「東芝科学館」として開設、2014年1月に移転し「東芝未来科学館」への名称変更を経ながら、今年で62年です。科学技術の
石原莞爾将軍は幼年学校生徒時代、正義観が強くまた弱い者に対する同情心が強く、そうした精神からでしょうが、満州人に対して深い愛情と理解を持っていました。石原莞爾将軍は、満州移民は既墾地に入れないで未墾地に入れるという考え方です。それはいろいろ
当時における日本国の陸軍首脳部の陣容は、次のようなものでした。陸軍大臣 杉山元大将(満州事変当時は陸軍次官)陸軍次官 梅津美治郎中将参謀総長 閑院宮載仁元師参謀次長 多田駿中将参謀本部第一部長 石原莞爾少将不幸にして、この蘆溝橋事件の処理方法
人間の行動の多くは、無意識で動いています。例えば、本棚から本を取ろうと思えば、足が勝手に歩き出す。何でもない動作ですが、実際その行動を一つ一つ意識していたら大変なのです。日常慣れた動作でも意識した途端にわからなくなる経験した事があるでしょう