雨の深夜、ほとんど灯が消えた総合病院の前に、ぽつんとひとつ、白い服の女性の姿が浮かんだ。
車通りがほとんど途絶えた通りを、タクシーが一台やってきた。
女性は小さく手を挙げ、止まったタクシーに乗りこんだ。
「どちらまで？」
女性は、聞こえるか聞こえないかの声で、行き先を言った。
「Ａ街道の向こうの端ですね。 また、へんぴなところへ行かれるんですね、こんな夜中に。
なんて、すいません、はは、余計なお世話でした。」
「･･･」
「いやね、余計なこと口にしたのもじつは、仲間うちのうわさを思い出したからで。
この通り、夜中になるとときどき、出るっていうんですよ。
あ、すいません。 おどかすつもりで言ったんじゃないんですが。
でもまあ、その手の話って、眠気覚ましにはなりますからね。」
そのあと、運転手は、少しのあいだあれこれ話しかけたが、返事はない。
そこで間もなく、聞こえるのは、雨のなかを走る車の音だけになった。
「･･･あ、すいません。 乗ってますよね。
後ろを振り返ると、お客さんはいなかった。 車を止めてシートを見たら、ぐっしょり濡れていた、なんていうのは、勘弁してくださいよ。」
「･･･」
いつの間にか雨がやみ、それでも車は、道のはしの水溜りから水をはじき飛ばして走った。
「ここを右に曲がって、左ですね。
はい、着きました。
ところで、突然こんなことを言って、まことに失礼なんですが、あなた、もう死んでしまいたいと、思い詰めてますね。 こんなことになってしまって、とても生きてはいけないと。」
「･･･」
「おやめなさい。 バカなことを考えるものじゃない。 死んで花実が咲くものか、っていうのは、ほんとのことです。
私みたいに死んでしまった者にいわせれば、死にたいなんていうのは、生きてる者の贅沢ですよ。
わかりましたか！」
突然、室内灯を含めて、タクシーのあらゆる明かりが消えた。
女性は、自分のアパートの前の水溜りだらけの道に、ひとり、目をぱちくりさせながら立っている自分に気づいた。
＊＊＊
幽霊タクシーという一席、お後がよろしいようで。
●幽霊バスとか幽霊列車とかと同工の、幽霊タクシーの話があっていいのに（水木さんとかで読んだ気もする）、ネット検索で見つからなかったので、自分で書いてみました。
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