mixiユーザー(id:4632969)

2019年05月18日20:24

191 view

『まどろみ』

 2019年の双子誕作品です。聖戦後復活設定。
 色々と詩を引用してますが、サガとカノンがいちゃいちゃしてるだけの話です。もっとしっかりしたストーリーのある話が書きたかったのですが、どうしてもネタが思い浮かばなくて…。
 作中に使った詩は『ギリシア詞華集』(西洋古典叢書)の恋愛詩から、紀元前二世紀の詩人メレアグロスと帝政ローマ期の詩人ルピノスの詩、そして八世紀中国の唐の詩人・李白の「客中作」と同時代(九世紀)の詩人・李賀の「四月」です。
 海界の都市ポセイドニアについては『ポセイドニア・コモーディア』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3455689を参照。レウコテアの山荘でサガとカノンが過ごす話は『ギルガメシュの探索』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4709651にあります。
 昨年の話はこちら。『お兄ちゃんと一緒』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9629271


眠っているね、ゼノピラよ、優しい花よ。ああ、翼こそ持っていないが「眠り」(ヒュプノス)になって、君のまつげの下にそっと忍びこめたなら。
ゼウスでさえも優しく熟睡(うまい)に誘う「眠り」めが、君を訪れず、ぼくが君を独り占めできるようにね。

紀元前二世紀の古代ギリシャの詩人メレアグロスの恋愛詩

『まどろみ』

「よく来たな、サガ!」
 五月三十日の朝。カノンは海界の中心都市ポセイドニアにある自分の公邸で、双子の兄のサガを迎えた。サガは喜びもあらわに自分を出迎えてくれた弟の姿に「神の化身」と称される清らかで優しい微笑を返し、二人は軽く抱擁して再会を喜んだ。
 双子座の黄金聖闘士であり、教皇アイオロスの首席補佐官を務めるサガは普段は聖域で過ごしており、一方、双子座の称号を保持しながらも「海将軍筆頭・海龍」として海界を治めるカノンの日常生活の場は海の下だ。常日頃は別々の世界で別れて暮らす双子だが、自分たちの誕生日は互いに休みを取って二人きりで兄弟水入らずで過ごそう、と、カノンはこの日、兄を海界に招いたのだった。
 地上と海界、二つの世界は、自然の泉や川をつなぐ異空間である「水脈」を通じて行き来する。サガはこの水脈を操る術を知らないが、カノンは海将軍としての能力で水脈の操作が可能なため、カノンは兄のために聖域の泉と自分の公邸にある連絡用の泉をつないで、サガを送迎している。
 泉から現れた兄を抱擁から解放したカノンは、少し申し訳なさそうに言った。
「すまん、サガ。実は片付けないといけない仕事が急に入って…。すぐ終わるから、ちょっと居間で待っててくれないか?」
「ああ。お前も忙しくて大変だな。体など壊すなよ」
「多忙はお互い様だ」
 軽くサガの頬にキスし、カノンは兄を居間に案内した。自分に仕える実直そうな執事に兄のもてなしを命じる。
「ニカイア産の白葡萄酒があっただろう?あれをサガに出してやってくれ。つまみも軽く用意するように」
 弟の言に、サガは軽く眉をひそめた。
「朝から酒は…」
「いいじゃないか。せっかくの休みだ。お前も少しくらい自堕落にしろ」
 カノンはそう笑い、「また後でな」と、サガを残して執務室に行ってしまった。
 サガが戸惑いながら居間の長椅子に腰かけると、初老の執事は主人の言いつけに従って、金線で繊細な唐草模様の装飾がされた美しい薄紅色のワイングラスをサガの前に置いた。微発砲している白葡萄酒をグラスに注ぎ、さらにゆでた小エビやオリーブの実、数種類のチーズといった酒の肴になりそうな小品も、金色とコバルトブルーで装飾された白磁の皿に盛って並べられる。
 サガはワイングラスを手に取り、薄い琥珀色をした葡萄酒を口に少し含んだ。上品な甘さと馥郁たる芳香が口内と鼻腔に広がり、その味わいにサガは「朝っぱらから酒を飲む不謹慎さ」を忘れて、一気に上機嫌になった。
 「ニカイア産の白葡萄酒」は、海界では地上でいうシャンパンのような位置づけの高級白葡萄酒だというが、さもありなんという爽やかな口当たりだ。口の中で葡萄の香りとともに泡がはじける心地は、初夏の青空の下で葡萄畑を吹き抜ける清涼な風のようだった。軽い飲み口にサガはついつい杯を重ねてしまった。カノンは良いものを供してくれた、実に美味しい、と、心の中で弟に感謝する。
「蘭陵の美酒、鬱金香。玉椀に盛り来る、琥珀の光…」
 東洋の詩人が旅先でふるまわれた美酒を詠った詩をサガは思い出し、口ずさんだ。
 「蘭陵で産する美酒、その名は鬱金香。玉の杯になみなみと注がれて琥珀の光を放つ」と始まるその詩は、「主人が旅人たるこの私を十分に酔わせてくれるなら、他郷にいる寂しさなど感じない」と続く。
『待たされる時間は好きではないと思っていたが…』
 肴をつまみながら、サガは一杯、また一杯と酒杯を開けていく。
『こんな風に時間を過ごすなら、待つのも楽しいものだ』
 ふうっと酒精の香る息を吐きながら、サガは思った。
『いかんなぁ。どうもカノンに感化されて、私も「不良」になってしまったようだ。朝から酒びたりとは…』
 などと自省しながら、一向に酒を過ごすペースが遅くならない「不良」なサガであった。

「サガ、待たせたな…と…」
 仕事を片付けたカノンが兄を迎えに居間に入った時、酔いが回ったサガは眠気に襲われて長椅子に体をもたれさせて、うたたねをしていた。
 カノンは足音を忍ばせて兄に近づき、まぶたを閉じているサガの顔を覗き込んだ。
「こんなところで寝るなんて…。お前も仕事で疲れているんじゃないのか?」
 眠っているサガは、無論、カノンの問いには答えない。規則的に胸を上下させ、優しい寝息を立てている。
 カノンは間近でまじまじとサガの顔を見つめた。
『…まつげ、長いな…』
 美しく並ぶ兄の銀色に輝くまつげを見て、そう思う。端麗な鼻梁の先にある鼻からは、静かに呼気と吸気が出入りしている。眉毛は抜く必要も描く必要もないほど整っていて、肌は最高級の白磁のように滑らかで、しみの一つも何の欠点も見られない。顔の部品は人造のものかと思うほど完璧に配置されている。無垢で、透き通るように清らかで、気高くて、優しげで、そのまま絵に描くだけで天使像か聖母像が出来上がりそうだ。
『おれと同じ顔のはずなのに…』
 何でおれより綺麗に見えるんだろう、と、カノンは兄の寝顔に見惚れた。
『キス…したいな。していいかな』
 思わず兄に触れたくなってそっと指先を伸ばす。カノンの指がサガの唇に触れる間際、
「ん…」
 サガが目を覚ました。
「…ああ、カノン、仕事は終わったのか?」
 サガが傍らにいる弟に気づき、軽くあくびをする。
「ああ…」
「どうした、呆けたような顔をして?」
 すぐ近くにいる弟は妙に反応が鈍く、そのことにサガは小首をかしげた。その仕草さえカノンには愛らしく見える。
「いや…。お前の寝顔に見惚れてた」
 カノンが正直に告げると、サガはぷっと噴き出した。
「双子だぞ。お前と同じ顔ではないか」
「いや、そんなことはないぞ。お前の顔は美と愛の女神(キュプリス)の美しさだし、口は説得の女神(ペイト)、体は花の盛りの季節の女神(ホライ)、声は叙事詩の女神(カリオペ)で、知恵と思慮深さは掟の女神(テミス)、そして手は手芸の女神(アテナ)だ」
 熱を込めてカノンが断言する。
「何だ、それは。兄を口説いてどうする」
 いよいよ愉快そうにサガは笑った。カノンが口にしたのは、古代ギリシャの詩人ルピノスの恋愛詩だったからだ。
「おれは本気なのに」
「馬鹿を言うな。そんな台詞は好いた女性にでも言うがいい」
 サガはどこまでも弟の冗談ととらえて笑っている。カノンは自分に真摯に向き合おうとしない兄の態度に口を尖らせたが、やがてふっと微かに笑んだ。
「なあ、サガ…」
 兄の顔にカノンが手を伸ばす。
「何だ、カノン?」
「キスしていいか?」
 サガは驚いたのか、それとも面白がっているのか、瞳をわずかに大きくさせた
「どうした、急に?」
「お前にキスをしたくなった。いいか?」
「…いいよ」
 サガが優しく微笑む。カノンは目を細め、最初に兄の右の頬に、それから左の頬に軽く口づけた。そしてしばらくサガと見つめ合ったあと、目を閉じて兄の唇にそっと触れるだけのキスをした。
「誕生日おめでとう、サガ」
「お前も、カノン」
「お前を憎んだこともあったが…、今はお前と一緒に生まれてきて良かったと思うよ、心から」
「私も…お前が弟で良かった」
「愛してるよ、サガ」
「私も、愛してる、カノン」
 そして二人は再び、軽く触れるだけのキスを互いの唇に贈った。
「うたたねをするなんて、お前も仕事の疲れがたまってるんだな、サガ。あまり根を詰めるなよ」
「その分、今日は羽を伸ばさせてもらうさ」
 カノンはサガを抱擁し、サガはカノンの背を軽くたたいて笑った。
「さあ、カノン。今日は出かけるのではなかったか?」
「ああ。おれの後見人だったレウコテアが郊外の山荘を貸してくれた。一日、そこで過ごそう。静かで、空気もいいし、風景も綺麗だ。無粋な雑用は全て遮断だ」
 カノンは兄の手を取って引っ張り、サガを立たせた。
「今は森の緑が美しいだろうな」
「そう。まさに東洋の詩にあったように、『暁は涼しく、暮れは涼しく、樹は蓋の如し。千山濃緑、雲外に生ず』という風情だ」
 九世紀、唐の詩人・李賀の詩「四月」を詠うと、カノンは兄の手を握った。旧暦四月、すなわち現在の五月から六月の初夏の風景を、「夜明けは涼しく、日暮れも涼しく、樹木は天蓋のようにこんもりしている。山々を見渡せば色濃い緑が雲の彼方に盛り上がる」と詠んだ詩だ。
「一緒に馬に乗って森を駆けよう、サガ。農民たちの畑仕事の様子を眺めるのもいい。それから弁当を用意して…二人で野原で広げて食べよう。草むらを転がりながら木漏れ日を眺めて、陽だまりで昼寝をしよう。子供のころのように」
「ああ。素敵だな」
 サガは笑い、弟と手を握ったまま公邸の外にと繰り出した。

<FIN>

【小説一覧】https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1585571285&owner_id=4632969
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2019年05月>
日 月 火 水 木 金 土
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031