mixiユーザー(id:1742111)

2019年01月10日00:42

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自分のことを「俺」というか「僕」というかという一人称問題はなかなか面倒だ。女の人であればほぼ「わたし」だけで統一されているので何も面倒なことはないけど、何故か男の場合はいろいろと種類があって大変なのだ。

一般的に90年代あたりまでは多くの人が一人称を「俺」で統一していた。がしかし、2000年代に入り徐々に時代の雰囲気が変わって「僕」が増えてくる。現在では若者は「僕」が結構多いように思う。

僕の場合、話す相手によって一人称を変えている。知らない人やそれほど親しいわけでもないような人や目上の人などに対しては「僕」を使い、昔からの知り合いに対しては「俺」を使う場合が多い。基本的には「僕」で統一している感じか。理由は今がそういう時代だからとしか言いようが無い。また、ネット上ではほとんど「僕」で統一している。

男の一人称は「俺」や「僕」だけでなく、「わたし」「ワシ」「あたし」「おいら」などいろいろある(他に「おいどん」「あっし」「わて」「わい」「うち」などもある)。ひとつに統一している人が多いようにみえるが、これらを場面場面でいくつか使い分けている人も案外多い。ちなみに僕の父親や親戚のおじさん達はみんな下町の江戸っ子だったので「あたし」を使っていた。夏目漱石の時代(明治)には「余」などもあったが、今はほぼ絶滅しただろう。

時代とともに「僕」が増えてきた背景には、尊大な態度が敬遠され謙虚であることが求められるようになってきたことなども関係してるだろう。昔は「俺」を使っても特に尊大な態度に見えなかったものだが、今では何故だか「俺」だとどこか偉そうに聞こえる。世間がより道徳的になってきたのだ。

また、それまでオカマ扱いだったようなふにゃふにゃした男(羽生結弦のようなフェミニンなタイプ)が市民権を持つようになり、すっかり主流のひとつになってきたことも大きいように思える。フェミニンな彼らには男っぽい「俺」よりもやさしい感じの「僕」が似合うだろう。

さらに大人が幼児化しているということも関係あるのかもしれない。昔は「僕」というのは子供が使うものだった。が、幼児化した大人が増えれば、「僕」でもそうおかしくはない。昭和のおじさんは趣味もファッションも”いかにも”な感じのおじさんばかりだったけど、今ではそうでもないという人がほとんどではないか(たまに40くらいでも超オッサンみたいな人もいるが)。全体的に若作りなのだ。趣味だって子供のころの趣味をそのまま大人になっても続けてるという人は多いだろう。漫画だって昔はおじさんは読まなかったが、今ではおじさん年齢の人でも普通に読む。ゲームなども昔は子供のものだったが、今では必死にケータイのゲームをやってるおじさんもやたらと多い。

そんなわけで今は「僕」の時代。とはいえ、やはり場面場面で「僕」の方がふさわしいときと「俺」の方がふさわしいときがあったりするのがややこしい。僕が10代を過ごした80年代などは「僕」という言い方にはどこかオカマっぽさや子供っぽさを感じるような価値観もあったので、同年代の人としゃべるときには一体どちらが正解なのかよく分からなかったりする。また、小学生くらいの人を相手にしゃべるときなどは(そんな機会は無いけど)、自分のことを「僕」というのはちょっと変ではなかろうかとか、70歳以上の人が相手のときに「俺」はちょっと違うかなあとか、いらぬことをいろいろと考えてしまう。

どうして日本語はこんなにも面倒くさいのかと嫌になるが、この一人称問題以上に面倒なのが敬語だろう。最近では何に対しても「させていただく」と言わなければいけない風潮になってきたようだが、本当に馬鹿馬鹿しい話だ。「俺がやる」ではなく「僕がやらせていただきます」なのだ。

で、気づいたのだが、この「俺・僕」問題というのも実は敬語問題なのではないか。相手や場面によって使い分けたりするときに上下関係や利害関係を気にするわけだから、根は敬語と一緒なのだ。

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