見当はずれのものがあったり、極めて浅いつぶやきや日記が目立ち、感心できるものは少なかったです。
私の象徴天皇制についての意見は、ここでは述べませんが、
1 判例に従っています。
友人の専門家のある書き込み(mixiではありません)をみて、膝を打ちました。
問題があるのは、宮内省。政治的な発言ではありません。
判例は、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E5%AA%9B%E7%9C%8C%E9%9D%96%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E7%8E%89%E4%B8%B2%E6%96%99%E8%A8%B4%E8%A8%9F
の、
愛媛県靖国神社玉串料訴訟です。
判例を守ろうとし、守らない宮内省を正しているだけです。すなわち、秋篠宮さんの個人的な意見の表明とは言い難いですから、政治的発言とは出来ないでしょう。
ということは、
2 秋篠宮さんは、大嘗祭を儀礼ではなく、宗教として捉えています。
愛媛県靖国神社玉串料訴訟で争われたのは、
香典や地鎮祭の費用のような、儀礼か、宗教かということです。
愛媛県は、儀礼として争いました。
ここで、考えなければならないのは、
3 大嘗祭は天皇がやるもの。われわれは、当事者ではありません。
ということです。
儀式次第を入手すれば、研究めいたコメントはできますが、それでは宗教かどうか判断できないということが重要です。
たとえば、ぼくが仏壇に向かい、金剛般若経を読んでいたとしましょう。
隣に所長が来たとして、
「やっちゃん君、今、読み間違えたよ。非微塵 是微塵 を是味醂と読んだよ。」
ということは可能でしょう。
しかし、ぼくの勤行が、信心があってのことか、単なる儀礼的な先祖供養なのか、研究なのかは、所長は知ることが出来ません。ぼくしかわかりません。
つまり、
大嘗祭が、宗教なのか儀礼なのかは、裁判所や宮内庁ですら決められないのです。実態がわかる人判断できる人は、大嘗祭の唯一の当事者である天皇しかいません。
浩宮さんや今上天皇は発言なさっていませんが、
秋篠宮さんがああいう以上、形式的な儀礼としての行事ではなく、宗教なのでしょう。
宗教であり単なる儀礼ではないなら、宮内庁や首相、あるいは裁判所が何といおうと、あの発言をするのは、当然です。
4 秋篠宮さんは、天皇制の血筋や伝統のような人文的側面、宗教的側面を守ろうとしているように思えます。
そもそも、政教分離は、アメリカが日本に強制したものです。この意味は大きいですよ。
5 「反日」などのネット右翼的発言は論外ですが、「政治関与だ」「秋篠宮はやんちゃだ」などというとらえ方では済まないですね。
新聞やSNSばかり見ていたら、ものごとのまともな捉え方は出来なくなります。
大嘗祭に公費 秋篠宮さま見解
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=5397791
ログインしてコメントを確認・投稿する