mixiユーザー(id:1640816)

2018年10月26日16:26

480 view

博士の愛したイラストレーター �� 「ヴァージル・フィンレイ」

フォト


フォト


フォト


フォト


フォト


フォト


フォト


フォト


フォト


私が将来なりたかった職業のひとつに漫画家があり、小学校の頃、独学でペン画を練習したことがある。
その際、お手本にしたのが、水木しげる先生、そしてヴァージル・フィンレイの「点描」だった。丸ペンでもって、ちまちまと点をつけていって、陰影など効果的な絵を描くという作業だ。
水木しげる先生との出会いは、もちろん鬼太郎だったが、ヴァージル・フィンレイとの出会いは、国書刊行会が出したドラキュラ叢書のうちの1冊、「ク・リトル・リトル神話集」の挿絵であった。

上にあげたような妖麗なペン画の挿絵を一目見て、少年の私はすっかり心を奪われたものだ。

少年時代の私が描いたイラストを見返してみると、醜悪な怪物の群れのなかに一人立つ麗しい美女というシチュエーションが多いのだが、明らかにフィンレイの影響である。
当時を詳細に思い返してみると・・・
漫画作品のストーリーを練ることよりも、お気に入りの怪奇小説の挿絵を自分なりに描くことでペン画の修行をしようと、ガストン・ルルーの「胸像たちの晩餐」(創元推理文庫「ガストン・ルルーの恐怖夜話」に収録。海上遭難をお互いの手足を食べることで生き延びた紳士たちと、紳士たちの好意で手足を保つことが出来た美女の人肉嗜食の話)の挿絵を描いて、家庭教師などに見せたのだが、グロいだけで全く不評であった。
そこで気付いたのだった、私の絵のなかの美女には、エロを感じさせる官能的なものがない、即ち、フィンレイの最大の魅力が反映されていない、と。

気付いてからは、女体のデッサンに打ち込むようになり、当時の中学になかった美術部をクラブから立ち上げて、ミロのヴィーナスの石膏像、金髪美女のヌードグラビアなどを見ながら描くことを繰り返したが、いつしか絵よりも生身の女に走ってしまい、女をくどくための口を鍛えるのに絵よりも文章を練る方に力が入り、女色、男色に溺れながら現在に至る・・・

それだけに。

フィンレイのイラストを眺める度に、色々思い出してしまって思わず微笑んでしまうのである。

1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2018年10月>
日 月 火 水 木 金 土
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031