スタジオポノックの新作オムニバス「ポノック短編劇場」。
3作とも力みなぎる作画アニメ。かつ野心的な意欲作で、経費回収が心配になるほど。
ここに、当初の予定にあったという高畑勲監督の新作短編が加わっていたらさぞやと思う。幻に終わってしまったのが惜しまれてならない。エンディングには高畑監督への感謝が捧げられていた。
『カニーニとカニーノ』米林宏昌監督・脚本作。
清流に棲む、擬人化されたサワガニの一家が主人公。美しく、メルヘンティックな舞台に、突然の災難で行方不明になってしまった父親を探す兄弟の冒険を描く。
3作の短編の共通テーマは「いのち」。度重なる災害で身近な存在と離れざるを得ない事態がいつ誰の上に起こるかもしれない今の日本において、この『カニーニとカニーノ』も今日的な題材と言える。
水の描写、水中・陸上・濡れた際の色指定の違いが見事。CGによる水泡と2D手描きのキャラクターとのマッチングへの挑戦。3DCGで作られた巨大魚の体に、デジタルハーモニーとも言うべきテクスチャーを貼り込んだ表現も面白い。
「トト」「カカ」等の単語だけでセリフらしいセリフはなく、それでも状況から感情はよく伝わって来るのだが、細かい点、例えば母カニが家を離れて一人で泳ぎ上って行くのは出産のためだろうという想像はつくのだが、観客としてカニの生態に詳しい訳ではないのでやや戸惑う(昇天的な描写にも見えるし)。擬人化されたカニの話と思えばリアルなカニも登場するので、これも戸惑う。(監督によればディスコミュニケーションの問題を投影していて、交流のない相手との意味があるそうだが、これは伝わらない)。
しかし、こういうことは試行錯誤。経験を重ねて先に生かしてもらえばいい。
リアルなタヌキの登場は高畑監督の「ぽんぽこ」への敬意の表われだろうか。全体に米林監督によるジブリの技術の継承と先へ進む意志を感じる。
カニーニとカニーノの兄弟のデザインは可愛らしく、かなり好み。ジブリとはやや異なる趣きを感じる。
『サムライエッグ』百瀬義行監督・脚本作。
百瀬監督は若い頃から天才アニメーターとして名を馳せていたが、この作品で見せる成熟ぶりはすごい。能力全開。表現も問題意識も構成・演出力も申し分ない。つくづく才人だ。
本作は社会問題になることも多い食物アレルギーをモチーフとし、主人公はタマゴアレルギーを持つ少年。
動く絵本のような画面。ジブリの様々な作品で見せた実力、CGを自在に使いこなす技量が如何なく発揮される。
監督談によるとモデルになった家庭があるらしいが、一観客としては、アレルギー患者に対して医院での負荷試験が定期的に行われていることなど全く知らなかったので、新しい目を開いてもらった思いもする。
アレルギーによって起こる様々なトラブルに見舞われつつも闊達に暮らす少年の日々。生き生きと躍動するアニメート。命に関わる大変な局面も多いが、常に寄り添って描く監督の姿勢に共感する。抜けた乳歯を成長の象徴として生かす脚本も上手い。アイスクリームを何事かを引き起こすものと意味ありげに見せる演出も見事。アレルギー発症シーンの凄まじさ。表現するものと技法の高いレベルでの合致。『ボックストロール』で食物アレルギーをあんな怪物として描いたスタッフは猛省を。
階段を駆け下りるシーンは百瀬監督自身の作画だそうだが、『クレヨンしんちゃん オトナ帝国の逆襲』にも通じるエモーショナルな画面で、『かぐや姫の物語』と合わせ、三大疾走シーンとも言えようか。
小学生の体育の場面で一人一人の動きを描き分ける作画の細やかさに舌を巻く。関西弁に誇りを抱くお母さんが、子供を気遣いつつも、ダンス教室という自分の世界をきちんと持って生きているのもいい。線そのものが躍動しているダンスシーンも見事だ(作画は橋本晋治さん)。
ひとつだけ気になるのは、母子密着で、父親の存在が薄いことか。ちゃんと関与はしているのだが。
『透明人間』山下明彦監督・脚本作。
前2作とがらりと変わって大人の青年が主人公。表現も3作それぞれに違うが、これは鉛筆の線の味を生かしたクロッキー風の画面。原画の座組がすごい。
主人公は単に身体が透明なだけでなく、存在感も薄く、他から認識してもらえない人間。「透明な存在」という設定が現代的な意味を持つ。切実な思いで見る人もいるだろう。
質量も無に近く、常に重りを持っていないと風に持って行かれてしまう。ここには、元々「飛ぶアニメ」が作りたかったという監督の思いが反映されている。雨に打たれ、その雨粒で顔の凹凸が浮かび上がる場面、透明な口で噛むごとに中身がはみ出すパンを食べるカット。何とも難しい作画が続出する。
転がるベビーカーから赤ちゃんを助けようと奮闘する青年。頼りなくガサガサした線で描かれた青年と、力強い実線で描かれ溢れるばかりの生命の輝きを見せる赤ん坊の対比。
青年の声はオダギリジョー。青年に助言する盲導犬を連れた老人の声は田中泯。存在感が抜群だ。演劇クラスタにも刺さりそう。
希望を見せつつも後味はほろ苦い。ただ、いかにも前2作とは対象が異なり、映画全体として誰に見せたいのかの問題は残る。子供から大人までと言ってしまえばそれまでだが、実際問題としてそれでは通るまい。オムニバス自体が日本では受け入れられにくいのだ。
アバンタイトルのあれ(映写機?)はどうしても「ラピュタの動く城」に見えてしまう。ここはジブリを全く想起させないポノックのオリジナル色を打ち出した方が良かったのでは。木村カエラの歌にはちょっと引いた。「トトロ」風に、乗せようという意識が見えるからか。でもエンディングでは館内の子供が楽しそうに唱和していたという話も聞く。
しかし、この作品を切実さがないという人は日頃余程幸福な環境にいるのだろうな。それはそれで幸せなことだが。
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