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2018年06月29日16:23

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オリジナル小説 「Kühleborn(キューレボルン)」

少女の願いは、死んだら人魚か水妖(ウィンデーネ)になることであった。彼女が確かにそう願ったのか、それとも自分がそう思いたがっているのかは分からなかった。それは今となってはどうでもいいことだ、目の前の冷たい水のなかに漂う少女の美しい死に顔を、男はずいぶん長いあいだ眺めていた。口は半開きで、鼻とともにだいぶ前に空気の泡を吐きつくした。目は大きく見開かれ、端っこから血が噴き出した跡がもやのように漂い、水を薄く濁らせていた。はっきり死んだとわかる、激しい痙攣は、ほんの少し前だった。その痙攣で水がかき回され、髪の毛はゆらゆらとクラゲの触手のようにあたりを漂っていた。その光景を、男はこれまたじっくりと時間をかけて、フィルム式のカメラでパチリパチリ一枚ずつていねいに撮っていった。ライトをあててレフ板で光を柔らかくしながら、色々な角度から撮っていく。もう撮るものはないとみるや、注意深く新品のダイバースーツを着け、酸素ボンベを背負い、水のなかへそろりそろりと入り、自然に沈むがままに、身を水中に漂わせ、少女の溺死死体を背後から抱きしめ、そのままゆっくり浮上した。そうやって引き上げた身体を真っ白なタイル製の解剖台の上に横たえ、頭上のライトの淡い光のなかで目を見開き、口を半開きに開けたままの魂なき表情を眺めながら、ダイバースーツを脱ぎ捨て、バスタオルで身体全体を拭いて素早く手術着に着替える。急いでいるのは、血が沈んで死斑が浮き出ないようにするためである。そうなってしまっては、少女の美を停止状態にした意味がなくなってしまう。男は慣れた手つきで手術用ゴム手袋をはめると、素早く服と下着をメスで切り裂いて脱がし、全裸の状態にして、切り傷、擦り傷などが肌に出来ていないかどうかを点検した。無傷であることを確かめると、顔を横に向け、口を指で開き、胸部、腹部を強めに押して飲んだ水を吐かせた。次に全身に消毒液をスプレーで散布し、ホースで丁寧に洗い流し、髪の毛はシャンプー、コンディショナーでじっくり揉み込むようにして洗った。それから半開きの口のなかを消毒液を含ませた脱脂綿で洗浄し、上唇と下唇を縫合して口をうまく閉じ、目をくり抜いてガラス製の義眼をはめ、表情を整えた。その時点で男は何度も角度を変えて眺めながら、表情の出来に納得するまで視線を動かさなかった。やっと視線を外し、大腿部の付け根を切開し、動脈と静脈を露出させ、動脈にポンプでホルマリンと赤い色素を混ぜ合わせた防腐固定液を圧送し、静脈から全身の血液を排出する作業に入った。少女の美しい身体の線が崩れないように、両手のひらでさするようにマッサージしつつ、経過を注意深く見守る。溺死させる前に下剤と利尿剤を飲ませて糞尿を排出させたので、体腔には何も残っていないことは分かっていたが、それでも念のためにX線撮影で確認した。死後になってから体腔の内容物を取り出すと尿道と肛門が歪むので、生前のうちに排出させたわけである。男は少女に背を向けて、マスクを外し、ふうっと息をつくと、今度は針つきの縫合糸と持針器を手に、切開したところを丁寧に縫い合わせた。そして最後の仕上げとして、今度は新品の海綿を使って、ぬるま湯で全身を丁寧に洗浄した。髪の毛ももう一度洗う。タオルで水気を拭き取り、エアコンを送風モードにして柔らかな風が部屋じゅうを流れるようにする。その間、男は少女のために用意した下着、ダークブルーのワンピースを順番に丁寧に着けていった。死化粧は施さない。その理由は、そうやってエンバーミングを施した少女を再び水に浸けるからである。水のなかでも肌が生き生きとして見えるように、防腐固定液に混ぜた赤い色素は濃いめにしてある。男は少女の身体をストレッチャーに移すと、アコーディオン式エレベーターに乗り、冷え冷えとした地下室へ降りていった。手前の部屋に入り、ストレッチャーから少女の身体を両腕でゆっくり抱きかかえると、黒々とした水が張った円形のプールのなかに足からそろりそろりと浸けていった。白いニーソックスとともに履かせた革の靴の底には鉛が仕込んであるから、水中では立つように沈むはずだ。顔がすっと水中に沈み、髪の毛が水面にふわりと広がった瞬間、男の脳裏ではピアノ曲が始まっていた。ラヴェルの「夜のガスパール」である。鼓膜を軽く、柔らかく、リズミカルに叩く鍵盤の音が流れ、男の動悸を速める。気持ちが高ぶり、奥のドアから錆の浮いた鋼鉄の螺旋階段を降り、目の前の、二階建ての家ほどもある巨大な水槽に身を投げ出すように、ガラス面に両手を押しつけ、顔をくっつけた。ライトアップ。水槽のなかが照らされ、青々とした清らかな水のなかをゆらゆらと少女が降りてくる様が男の目を貫いた。脳裏のラヴェルは最高潮だった。男の脳内から湧き出るエンドルフィンは、死せる少女が天使に生まれ変わったと信じ込ませるには十分な量と濃さだった。男は絶頂に達し、膝をついたまま背後に仰け反り、白目をむいたまま気絶した。
最初に溺れた少女は男の手によるものではなかった。近所に住む幼なじみで、氷の張った池でスケート遊びをしている最中に割れ目にはまり、そのまま水中に落ちて溺死したのである。幼かった男は叫び声をあげながら氷を割ろうとした。氷の下でもがく少女は水中から男をまっすぐ見つめ、しばらくして視線は深い闇の底へ沈んだ。大人たちが駆け寄る間、男は少女が男だけに見せた�狷虻遶瓩魏薪戮眸睡蹐靴討い拭8�た瞬間は確かにはっきりしていたのに、秒単位で印象が薄らぎ、大人たちの影が視界に入った時はすっかり記憶から失せてしまっていた。だから、何度も反芻したのだが、男はどうしてもその瞬間を再現することが出来なかった。それは魂の奥底に深く突き刺さった棘だった。何度も夢に見た。夢のなかで、自分を納得させたいがあまり、ありえない光景を作りもした。小舟に乗っていて濃い霧が漂う湖の真ん中で真っ白に洗われる水面に顔を近づけると、鏡に映るかのように少女の顔が水面下に浮かび口をぱくぱくさせた。その口からはもはや泡は出ず、ただ水が吐き出されて水面を波立たせるだけだった。その唇は何を語ろうとしているのか。確かに理解出来る言葉のはずなのだが、何を言っているのか夢のなかではさっぱり分からなかった。脳が発熱し、夢が歪み、言葉に無理矢理意味が与えられる。吸い込まれた水が言葉となって発音されながら男の目を撫でるのをイメージして、あ・・・む・・・と唇が開いたり閉じたりする様を鮮やかに浮かび上がらせた。あ・・・い・・・む・・・I・・・am・・・I'm・・・“私は”・・・その瞬間、少女の唇からゴボッと泡が溢れ、はっきりした発音で男の耳を叩いた。Amen!・・・アーメン!・・・泡が渦巻くなかで、少女は微笑を浮かべながら両手を合わせて合掌し、男を笑顔で見上げながら水中深く沈んでいった。男はその様をいつまでも眺め、アーメン!の発音が解体していくのを感じた・・・あ・・・み・・・ん・・・・I・・・me・・・“私は私”・・・この展開のなかで男の脳裏では、少女は溺れながら神の言葉を発したのだと結論づけられた。人だけでなく、神も常に“私は・・・”と言い続けるのだ。そうして、最後には必ず“私は私”と言い終える・・・人も神も存在する限り、そう言うしかない。それ以外に言いようがない。
地下の巨大なアクアリウム装置。上のタンクは軟水で満たされており、少女を柔らかく溺死させるために使われているが、円形プールの装置は精製水で満たされ、純度、低温を保つための仰々しい装置がフル稼働し続けている。防腐処置を施した少女たちが少しでも腐る気配を見せないようにするためだ。プールのなかに漂う少女たちは十一人。背中を向け合って輪になるように配置されており、後一人で輪が完成するスペースが空いている。ラヴェルの「夜のガスパール」が鳴り響くなかで、男はライトアップした円形プールの周りをリズミカルに歩きながら少女たちに熱視線を送っていた。実際は魂のない表情でうつろに見つめ返すだけなのだが、男の脳裏では神の言葉を囁く聖なる微笑みになっている。ガラスに顔をくっつけ、少女たちの青白い唇に届かぬまでも、ガラス越しに恍惚のキスをした。おまえたちは私なのだ。私の手にかかったおまえたちはもはやおまえたち自身ではない。あの時氷の下で溺れた幼なじみと同様、溺れ死んでしまった私そのものなのだ。私は・・・。私は私・・・。水面を鏡として向かい合う私とおまえたち・・・神は常に我とともにありき。

我を地上に送りたまいし者、常に我とともにあり――父なる神は我を見捨てたまわず。

男の仕事場は広大な墓地を有する霊園の真ん中にある納骨堂のなかにあった。納骨堂は火葬に付された遺灰を納めた骨壺の箱がコインロッカールームのように並ぶが、外に立ち並ぶ無数の十字架の下は昔ながらの土葬なので、棺に納める遺体を整える、即ち死化粧を施すのが男の仕事だった。高度なエンバーミングの技術も持ち、ベトナム戦争で見るも無惨な遺体を何とか見られるように整えたのを初仕事として以来、多くの死者たちは男の手で生前の姿を保ったまま土の下に眠ることが出来、敬遠されがちの職業でありながら――それなりの尊敬を集めていた。事実、近くに建つカトリック教会の神父よりも神父らしい人物として知られ、五十に手が届く齢でも独身なのが高潔さのあらわれと評されていた。地元新聞が男を名士として記録すべく取材を試みたことがあった。しかし男を私的に知る者はいなかった。皆異口同音に答えるのは、子供の頃から納骨堂にいたということ――そして彼が何者でどこから来たのかを知る者はことごとく土の下だった。それで最後の手段、男自身にインタビューを申し込み、柔らかい口調で応対してもらえたが、記者は録音しメモした上にしっかりと男の印象を頭に刻みつけたにもかかわらず、記事としては成り立たぬほど何も残らなかった。まるで幽霊と話しているようだった。誰でもあり、誰でもないような人物・・・墓地の番人のことをアンクーというが、その墓地に最初に埋められた人物がアンクーになるのであり、それなりの存在感はある。男にはそれが全くなかった。記者はデ・ラ・メアの小説の一文を思い出して、それを男の印象とした。即ち。“幽霊はびっくりするほどの速さでやってきて、こちらの内部へ流れこんで沈んでしまうんです”
ある日、男は交通事故でめちゃくちゃにつぶれた青年を生前の姿と全く変わらぬ姿にしてみせて、遺族たちの感謝を受け、いつものように葬儀の助手として真っ黒なスーツ姿で参列していた。青年には妻がおり、そして天使のようにかわいらしい娘がいた。三歳だという幼女はかしこまって、母親に続いて父親の死化粧への感謝の言葉を述べた。その声は男の鼓膜を快く叩き、蝸牛の内部を絹のように柔らかく撫で、脳の内奥へと深く染み込み、男の心の奥底に眠っていた暗黒の泥濘を渦巻かせた。その泥濘のなかから鎌首をもたげ、するすると這い出てきたものが男の本体であり、存在であった。葬儀が進行するなか、男はハンケチで瞼を押さえるふりをしながら幼女を背中から見つめた。
幼女はアレクサという名前だった。その響きに男は即座に復讐の女神アレクトを連想した。アレクト、メガイラ、ティシフォネの三人の女神を合わせて、エリニュスと称し、アレクトは決して休まない女と表現される。その名の通り、彼女は毎年、父親の命日に母親とともに墓参し続けている。男はその背中を納骨堂の窓から眺め――顔を両手で覆い、その隙間からもう一度アレクサの美しさを見つめた。彼女こそが最後の犠牲者、十二番目の天使なのだ。脳内でラヴェルの「夜のガスパール」が鳴り響き、毎晩の円形プール鑑賞、その晩は特に言いしれぬ昂揚を覚え、男は瞼をピクピク痙攣させながら白目をむき、いつも以上に絶頂に達し、軽い死のなかに漂った。十一人の少女たちがブロンド、赤毛であるのに対してアレクサは真っ黒なほれぼれするような黒髪だった。最後の天使は復讐の女神、決して暴虐を休むことのない憤怒の神の名にふさわしい漆黒の髪。それが水のなかでぱっとひろがる様を思い浮かべて、男は涙と涎で顔を濡らして感謝の祈りを捧げるように跪いた。
十歳になったアレクサはいつものように墓参に来たが、母親の姿はなかった。墓参が終わっていつものように納骨堂に挨拶に来た彼女を部屋に迎え入れ、いつものように紅茶を勧めた。アレクサの好みは分かっていた。レモンティー、砂糖抜き。男はレモンを輪切りにしながら口を開いた。「お母さんは?」「ママ?」とアレクサ。「再婚したんです。それで遠慮したいって。だから一人で来ました」それを聞いた瞬間、男の手は輪切りのレモンを紅茶に浮かべるとともに小指で挟んだ睡眠薬と利尿剤、下剤の錠剤を入れ、スプーンで錠剤を潰して溶かした。いつものように紅茶を飲みながら談話。アレクサはこんなことを聞いてきた。「おじさまは今までに何人きれいにしたの?」その質問をまともに受けた男はほんとうに面くらい、答えに詰まった。考えたこともなかったからだ。記録を見れば正確な数は分かるだろうが、男にとって勘定は何の意味もなかった。だから――正直に、「数えてないね。外の十字架の数は神様だけが知っていらっしゃるから」と答えた。「いっぱい並んでるわね、あれじゃ神様でも数えるのは大変じゃないかしら。おじさまは――失礼を言うようでごめんなさい――天に召されたら誰にきれいにしてもらうの?」次の質問は男の胸を激しく打った。長い考え込み、「誰もいないな。私は死んだままの姿で土に還るだろうね」と答えて、そこでアレクサの眼差しが眠そうにとろけているのに気づいた。「そんなことは許されないわ・・・今まできれいにしてきたんですもの・・・誰かが・・・きれいに・・・すべき・・・よ・・・」そう言って「失・・・礼・・・」とよろけながらトイレに向かった。しばらく待ち、男は静かに立ち上がった。
タンクのなかでアレクサは夢の奥深くでまどろみながら溺れ死んだ。十一人の少女たちがそうしてきたように。そして男はいつものように、かつ最後の仕事として特に丁寧に――エンバーミングを施した。十歳のアレクサのために厳選したダークグリーンのワンピースを着せ、かわいらしいデザインの革靴を履かせて、静かに水中へ漂わせた。黒髪がふわりと広がり、藻のようにたなびきながら沈むアレクサに逆らって逆立った。無事降りたって落ち着くのを見届けると、男は次の一日じゅう何も食べずに過ごした。お昼頃アレクサの母親と継父が尋ねてきたが、今までの少女たちの親たちにそうしてきたように、真心を込めて行方不明に同情した。「お墓にお花を捧げているあいだ、お嬢様は泣いておられました。初めて一人でいらしたので心細かったのかもしれません」それを聞くや、母親は叫び声をあげて嘆いた。「私のせいだわ、私のせいで・・・!」彼女をぐっと抱きしめて継父は悲しみを共有した。男は二人を見送ると、静かに納骨堂のドアを閉め、戸締まりをし――利尿剤、下剤を飲んで胃腸のなかに何も残らないようにした上、肛門にカテーテルを差し込んで腸内洗浄をした。それからじっくりと風呂に入り、丹念に身体の隅々までブラシで洗った。髭はきれいにあたっていたが、もう一度剃刀で丁寧に剃った。歯磨きも執拗に繰り返し、舌までも擦ってきれいにした。「誰にきれいにしてもらうの?」とアレクサの声。誰もいない。だから自分できれいにするしかない。可能な限り。次に部屋を見回し、あらかじめ整理整頓してあることを見届けると全裸のまま本棚の後ろの隠し戸に入り、誰も入ってこれないように本棚を閉じ、戸を締め、内側から板で打ちつけて完全に密閉した。
螺旋階段を降り、タンクの部屋に入ると、壁一面に飾った少女たちの水中写真の数々に見入り、エレベーターが前もって停めてあり、コンクリートを流し込んだのが完全に渇いたことを確かめると、電気を消し、さらに下へ降りて円形プールの部屋に入った。装置を動かす動力源は下水道を通じて市の街灯と直結しているから、誰かが気づかない限り、プールの水はきれいなままに保たれるだろう。もうラヴェルを聴く必要はない。頭のなかは氷の下の幼なじみの顔と氷と水面を挟んで見つめ合っていた。彼女が何を言っていたのかは男のなかで光り輝く文字となって頭上に、少女たちの頭上にも燦然と輝いている。男は円形プールの水面に背を向けて座り、睡眠薬を飲んだ。ごくりと喉を鳴らし、眠気がひたひたと忍び寄ってくるのを待つ。脳が沈み込み、うつらうつらと船をこぎ始める。頭ががっくり後ろに傾き、その勢いでダイバーが身を投げるように男の裸身は背中から水中に沈んだ。本能的に口のなかに空気を溜め込むが、激しい眠気が筋力を弛緩させ、鼻腔、口腔から大量の泡を吐き出し、最後のひと泡まで吐ききり、男は目の端から血を噴き出して溺死した。男の身体はだんだんと透き通る水中を漂い、願い焦がれた通り、十二人の少女たちが輪を作っている真ん中へ降り立った。防腐処理を施している少女たちはいつまでも美しいままで、アレクサの黒髪もつやつやと漂ったままだが、防腐処理を施していない男の身体は日を追うごとに腐ってきた。腹はガスで膨れあがり、顔も醜くむくみ始めた。ガス圧で肉が裂け、腐った血が水中に漂うが、その都度濾過されるので少女たちを致命的に汚すことはなかった。一ヶ月経ち、男の血肉はほとんどはがれ、骨があらわになった。その様は少女たちの背中ごしに展開されていたが、少女たちの魂のないガラスの義眼は水槽のガラス面に映して見続けていた。アレクサも水中にゆらゆらと黒髪をひろげながら見ていた。
一年経ち、白骨化した男の遺骸は水中で相変わらず美しいままの少女とともに漂っていた。さらに三年経ち、天の配剤か、猛烈な嵐で下水道が水鉄砲のような勢いで奔り、水圧で壁が削れていき、男が接続した市の街灯の電線と装置の電源の部分が露わになり、ショートし、市全域の街灯を消した。嵐の後復旧したが、プールの水を純水に保つ装置は停止したままだった。水は純水ではなくなり、水温が上がり、だんだん濁り、ガラス面の内側に苔が生え始めた。少女たちの身体を白い綿、カビが覆い始め、濁った水のなかでさながら光り輝いているようになった。その真ん中で男の骨は次第に溶けていき、ついに何も残らなくなってしまった。十年経ち、緑と黒の入り混じった苔で完全に視界がきかなくなったなかで、十二人の少女たちもついに消滅した。
それからさらに二十年経ち、納骨堂は長い歳月のなかで管理人が二、三人代わって、地下室の存在や男、少女たちの記憶も秘密の彼方に去ってしまったが、水は今日も冷たく流れ、うねり、澱み、透き通り、凍り、溶け、温み、泡立ち、波打ち、沈み込み・・・ゆるゆると、するすると、ぽたぽたと、ぴちゃぴちゃと、ごぼごぼと、さらさらと、それ自体が人の心のように、男の妄執のように、少女たちの美のように、あらゆるものに形を変えながら大気のなかを永遠に這い回る。

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