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2018年06月28日17:01

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mixi復活記念、オリジナル小説「姉の力」全体公開版。前編。

記憶の扉を開く度に。
姉さんの匂いが漂ってくる。
姿は見えないが、気配は色濃く感じられる。
僕は匂いを嗅いだら、素早く扉を閉じることにしている。
そうしないと、今、この現実でもほんとうに、姉さんが現れるからだ。
それだけ、姉さんは恐ろしい。
だから、僕は姉さんを何度も殺して埋めた。
しかし、姉さんは何度も埋めたところから這い出てくる。
脳裏の彼方から・・・
彼岸の深淵から・・・
かつて姉さん自身が強く望んだ迷宮の化け物となって・・・
僕の記憶の扉に向かって、ひたひたと歩いてくる。
僕はその度に扉を必死で閉じるのだけれども、何故、鍵を掛けて封印することをしないのだろう?
何故、また開くことをしてしまうのだろう?

・・・・・・

 私にとって従姉にあたる水上淳子と初めて出会ったのは、私が両親のもとを離れて、母の姉にあたる伯母の家に預けられた時だった。伯母の家は、かなりの旧家で、新潟は妙高山の赤倉にあった。そこの地主のひとつの家系だったのだ。そこで、私は幼年時代の終わりから少年時代の半ば頃までを過ごした・・・まろやかな匂いが立ち込める、赤倉温泉街の中の古くて大きい屋敷の中で。伯母には娘が二人いて、長女が淳子で、次女が環だった。二人とも、私という“弟”が出来たことを非常に喜んで、いつも目の中に入れても痛くないほどに可愛がって、一日のほとんどを費やして遊んでくれたものだ。二人のうち、環は私とそんなに歳が違わなかったが、淳子は私よりかなり上だったので、その遊びの中で、淳子は姉であると同時に、精神的な母親でもあった。
 思えば、淳子の私に対する溺愛ぶりは、環のそれとは明らかに性質が異なっていた。ずっと後になって私が耳にした淳子にまつわる逸話によると、彼女には幼少時から“白蛇少女”というあだ名をつけられていたくらい、怪奇じみた何かがあったとのことである。あだ名の由来は、彼女が偏愛した漫画家の古賀新一の作品の題名からきているそうだが、怪奇マンガに負けず劣らずの女の子だったというのだから、実にものすごい。聞くところによると、彼女は近所の男の子たちを苛めていて、その苛め方というのが苛烈を極めていて、オチンチンを引っ張ったり叩いたりしたあげく、ハサミで傷つけることを日課としていたというのだ。中にはほんとうに切り取られた子もいたそうだが、これは話の尾びれと思いたい。淳子の苛めぶりが親御さんたちの間で表面化するまで、彼女に“去勢”された男の子たちが何人いたのか知るよしもないが、後に私に語って聞かせた動機が実にひきつれた哄笑を誘う。「オチンチンのある男の子が羨ましくて憎かったから」と。“ない”ものが“ある”ものに対して恐るべき嫉妬を覚えたというわけだった・・・思わず戦慄してしまう幼い女の子の残酷な無邪気さ!・・・それ以来、父親の方針で放任主義で育てられてきたところを、百八十度転換して、徹底的な管理主義、即ち厳格な教育と躾のもとに、淳子は“白蛇少女”からまともな人間の女の子に洗脳されてしまったのである。母親、つまり伯母は、もともと昔ながらの女学校の生徒であり教師でもあったから、洗脳はたいして難しくはなかったろう。しかし、皮肉なことに、その徹底的な洗脳がかえって、淳子の“白蛇少女”をさらなる陰惨な段階にまでおしすすめてしまった・・・それが私との“遊び”であった。二人だけの秘密の“遊び”・・・原始的な衝動に基づいた、エネルギッシュな生命力の饗宴であった。世の人々と一般社会に生きるもう一人の私自身はその行為に、何か名状しがたいものを感じて大いなる恐怖を覚えるだろうが、当時の私たちにとっては、そのドキドキするような行為に気分を昂揚させるばかりだったのだ。
 一日の遊びのメニューはいつも同じだったが、飽きることは決してなかった。朝起きると、NHK教育の番組を見て、絵本や淳子の公式所蔵の中の学研の科学と学習を読んで、伯母たちを感心させた上で、昼間は環と山を散歩したりして遊び回る。夕方の逢魔が刻からが本番で、学校から帰った“白蛇少女”の淳子の参加で、私たちの遊びは最も楽しい段階に入る。かくれんぼや鬼ごっこで騒ぎ、家族からうるさいと窘められた時は、チェス、オセロ、トランプ、人生ゲームなどの静かな室内遊戯に耽り、淳子の非公式所蔵の怪奇マンガの世界に浸る。楳図かずお、古賀新一、さがみゆき、水木しげるなどのありとあらゆる怪奇漫画家の世界は、淳子というフィルターを通して、私を筋金入りの怪奇畸形嗜好に仕立て上げてしまった。夜、寝る前に、淳子が私たちのために、今日読んだ怪奇マンガのヒロイン、もしくは化け物になりきってみせるのである。その演技は、ほんとうに真に迫っていた。私はきゃっきゃっと喜び、環は怖がって泣いて逃げ回った。しかし、私でさえ、心の底から恐怖を覚えた作品の模倣がある。それは日野日出志の「わたしの赤ちゃん」だった。トカゲの赤ん坊を子供に持ってしまった夫婦の恐怖を描いた内容だが、淳子はその赤ん坊が産まれるシーンを独自にやってみせたのだ。その時の光景は、痙攣的な何かに包まれていて・・・とてつもなく恐ろしく、そして美しかった。ネグリジェの中に座布団を詰めて妊婦に化けると、実際に子供を産んだことがあるかのような苦悶を演じ、座布団を背中の方に回して大股を広げつつ、その暗闇の中から何かぬらぬらしたものを出現させたのである。それは一匹のアオダイショウだった。淳子は、下着の中に生きた蛇を丸めておくという、実に驚嘆すべき小細工をしていたのだった。淳子の何か、笑いを誘うような、この苦心ぶりは全く効果てきめんだった・・・私と環は、蛇なんか全然平気だったが、その時の雰囲気にすっかり圧倒されて、その蛇がいかにもあのトカゲの赤ん坊の仲間であるかのように、そこら中を逃げ回った。屋敷中の人間をびっくりさせるほど。もちろん、私たちは怒られて、就寝時間をさらに早められたが、奇妙なことに伯母は、いつもは容赦のない厳しさの割りに、自ら洗脳を施した淳子には甘かった。後の私には、伯母の淳子に対する態度は、何かを恐れているように見えた。・・・このようにして、私たちは様々なメニューで日々を遊んだ。
 シェークスピアの「テンペスト」に登場する魔物の奴隷キャリバンは、人間としてのふるまい、即ち言葉を教えられたために呪いの言葉を発することを覚えた。淳子の“白蛇少女”も、厳しい教育と躾の結果、さらに恐ろしい存在となった。原始性に言葉を加えた醜悪無残な化け物に・・・淳子は、自らの“白蛇少女”を恥じるもう一人の自分自身を持ってしまったのだ。簡単なことである。子供の頃、多くの男の子たちのオチンチンを切って喜んでいたなんて、将来のオムコさんが知ったら、一体どんな顔をするのかしら?というやつだ。そう、淳子は思春期に入っていたのであった。最も恐るべき段階に・・・少女と女の間を行ったり来たりする曖昧な時期に・・・女というものは、そういう頃が最も恐ろしく、そして美しい・・・
 薄暗い中で黒光りしている板張りの廊下。肌色に変色した障子。茶色に染まった畳。対称的に並ぶ和箪笥と洋服タンス。埃に煤けた人形ケース。難しい漢字を並べた掛け軸。永遠の笑みを浮かべている布袋の木像。見るものを常に厳しい目つきで睨む明治天皇の浮き彫りの肖像。襖を開けると、そこには荘厳な雰囲気の和室とうって変わって、実にメルヘンティックな女の子の部屋が広がっていく。畳の上に敷いた白黒のチェス盤模様のカーペット。キャンディキャンディなどの少女マンガのシールが無数に貼られた机。真っ赤なランドセル。クマかパンダの可愛らしいぬいぐるみが並んだベッド。当時のアイドルの西条秀樹の写真入りカレンダー。環の部屋を通り過ぎて、もうひとつ襖を開けると、そこには闇に包まれた“白蛇少女”の部屋が広がっていく。闇に慣れるまでは、真っ暗で何も見えないが、だんだん闇がぼやけていって、手編みの毛糸の掛け物に覆われたピアノが目に入る。その上に置かれた無数の赤と白の薔薇の造花。非人間的な流し目をくれるリカちゃん人形。柴又の親戚のところに遊びに行った時に買った白蛇の置物。百怪が潜む怪奇マンガの山。黒い牛革の学生カバン。壁にハンガーで掛かった赤いスカーフのセーラー服。ゴツゴツしたキズだらけの木製の机。中央に敷かれた布団は二つ。淳子と私のだ。私は、淳子によって女というものを骨身に染み渡るほどに教えられるまでは、そこで一緒に寝起きしていたのだ。
 “白蛇少女”が復活したのは、ひどく暑くて、何もかもが陽炎のように揺らめいて見えた八月のあの日だった。淳子が処女を失い、私が童貞を失った、決して忘れられない日・・・灼けつくような陽光。骨に響く蝉の鳴き声。ムウッと匂う緑に覆われた森。“白蛇少女”と遊ぶまで、私と環はいつものように森の中を散歩している。仲良く肩を並べて山道を歩いていると、だしぬけに六本足の獣が飛び出してくる。私たちは、当然、びっくりして悲鳴をあげる。しかし、よくよく見ると、それは牝犬にのしかかった牡犬という二匹の犬だ。子供心にも卑猥と分かりすぎるほど、牡は激しく腰を動かしている。ハッハッと舌を振り回しながら。私は何故か興奮する。気分が昂揚して、肉体を突き破って暴れ出したい衝動に襲われる。「環ちゃん、四つん這いになってよ」環は何を言われたのかよく分からないようだ。「僕たちもああいうことしてみようよ」私は思いっきりはたかれる。「やーよ、エッチ!」そして、環は石を拾って、獣どもに向かって思いっきり投げつける。哀れな鳴き声を発して退散する獣ども。「何だよ、ケチ。いいよーだ、淳子ちゃんにやってもらうもんね。羨ましくなっても仲間に入れてやんないからな」私がおやつに夢中になっている間、淳子が帰ってきて、環とともに部屋に入ってくる。喚く環の側で、淳子の目がいつもと違った色を帯びている。「・・・この子ったら、あたしに四つん這いになれって言うのよ!」環が私を指差してふくれっつらをしてみせる。淳子は、私の目の前で、いやに時間をかけて靴下を脱いでみせながら、何ともいえない微笑を浮かべる。「いけない子ね、清ちゃん・・・とてもいやらしいわ・・・今度から環にそんなことを言っちゃダメ。さあ、仲直りしなさい。そうね、かくれんぼをして仲直りってことにしましょう」意見が一致し、私たちは鬼を決めるためのジャンケンをする。淳子が鬼だ。しかし、どんなにうまく隠れても、“白蛇少女”はすぐに私たちを見つけてしまう。もういいかい?まあだだよ。もういいかい?もういいよ!最初に見つかった私が鬼だ。私はかなり時間をかけたが、押入れに隠れた環を見つけ、そしてベッドの下に隠れた淳子を見つける。今度は環が鬼だ・・・もういいかい?「清ちゃん、一緒に隠れよ、ね?」淳子が雪国生まれの独特の白い肌が光る手をたなびかせて、実に何ともいえないオイデオイデをする。「どこに隠れるの?」淳子の悪戯っぽい視線の先を追うと、そこには檜造りの古めかしい洋服タンスが浮かび上がっている。今でも、その光景は実に衝迫的だ。蔓と花が彫られた真鍮の取っ手にそれぞれ両手をかけて開くと、黒漆に輝く木目模様の奥には、濃い闇が広がっている。その手前の入り口には、何着かの洋服と何本かのネクタイがぶら下がっている。淳子が先に入り、洋服タンスの中で体育座りをしてみせる。長い黒髪、切れ長の目、すらりとした鼻、にやにや笑いを浮かべた紅い唇、白いセーラー服、紺色のスカート、真っ白な肌、ほんのり紅色に染まった裸足・・・“白蛇少女”がもう一度オイデオイデをする。私は身体全体が麻痺してしまったように、ガクガクと身体を揺らしながらゆっくりと中に入る。淳子の下になるように身体を滑らせて胡坐をかくと、淳子が私の両肩に真っ白な両足をかけてくる。首の回りに太股の感触が巻きつき、私の息がかかると、真っ白な肌がたちまち紅色に染まる。そして、淳子の手が扉を閉めて、辺りは完全な闇に包まれる・・・しばらくすると、防虫剤のきつい臭いの他に、甘ったるい汗の匂いが立ち込めてくる。「暑いよ・・・」「しっ・・・ほら・・・さわってごらん」淳子の手が私の手を取って、自分の胸にあてがってくる。私の手は、つるつるした布、ざらざらしたブラジャーを通して、柔らかな乳房の感触を味わっている。「どう・・・いやらしいことを思いっきりしてみたくない?」私の肉体は麻痺しきってしまい、精神的なものが実体化して肉体にとって代わろうとしている。淳子の乳房を揉んだ私の手に力がこもる。もう片方の手は、勝手に淳子のスカートを思いっきりめくりあげている。闇の中に白く輝く二匹の太い蛇。「何が見える?」「何も見えないよ・・・真っ暗で」「じゃ、見えない分、さわってよ・・・」闇の中で、お互いの肌が露出し始める。汗の匂いが防虫剤の臭いを駆逐し、その匂いの中に別の匂いが混ざり始めてくる。淳子が私の腹に尻を押しつけ、私の頭を抱きしめるようにして、頭皮をかじってくる。私は自分の身体の中から、一匹の熱い蛇が疾り出ていくのを感じつつ、淳子の乳房や肌をしゃぶり続ける。そして、私の耳の奥に、今でも鮮やかに蘇るあの悲鳴が突き刺さるのだ・・・「痛い!」と。ムウッと漂う血の匂い。喘ぎ声。私は何が何だか分からないまま、森の中で見た牡犬と同じことを続けている。そこで突然、全く、突然に、闇が白く弾ける。環の「見つけた!」という叫び声が飛び込んでくる。その時の環の表情は永遠に忘れられない・・・何か見てはならぬものを見てしまった顔つき。ゴヤかムンクを思わせる溶けかかった顔つき。そして、淳子と違って、原始的な感情を解放する術を知らない環は、自滅して・・・失神してしまう。慌てて外に出る私たち・・・淳子はまだ放心状態のまま・・・私は、そこで、洋服タンスを振り返る・・・扉の下から滴り落ちている真っ赤な血が目に入る・・・淳子の股間から流れ落ちているものと同じもの・・・そして、私は自分の真っ赤に染まったオチンチンに驚愕する・・・しかもそれは、今までに見たこともない無残なものになり果てている・・・皮がめくれてしまって毒々しい色のキノコみたいなものが露出している・・・硬く、そそり立ったまま・・・多分、そこで私は泣いたと思う。名状しがたい昂揚についていけず、私は自分というものを地上につなぎとめておくために泣いたのだ・・・大声をあげて。
 伯母と家族は、現在に至るまで、この凄惨なかくれんぼの真実を知らない。私が淳子に頭をかじられて、派手に血を流して洋服タンスと床を汚したと思ったままだ。伯母は言ったものだ。「これから、絶対にプロレス番組は見るんじゃありません。特に流血やかみつきのシーンはね」
 洋服タンスの一件以来、“白蛇少女”はしばらく鳴りを潜めていたが、私と一緒に寝起きをしているうちに、魔物は再び欲望を満たそうと行動を再開した。そして環は、仲間に入ろうともせず、私たちを遠いところから眺めるようになった。夜寝る時に、気分が乗った淳子は、いつも布団の中から私に向かってオイデオイデをする。私は身体をゴロゴロ回転させながら、素早く淳子の布団の中に潜り込む。ね、清ちゃん、愛し合うことって、普通はキスから始めるものなんだって・・・やってみようね。痛い!かじるんじゃないの。ただ、唇と唇を重ね合わせるだけ・・・そうそう。
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